2023年01月22日
述懐奉公
それがし、述懐奉公いたしける事、身におぼせえたる科(とが)なれば、ちからなし(平仮名本・因果物語)、
とある、
述懐奉公、
とは、ここでは、
公然とお上の非を訴えること、
という意味で使われている(高田衛編・校注『江戸怪談集』)が、
述懐奉公身を持たず、
という諺があり、
不平不満をいだきながらする奉公、
をいい、
(主人や君主に)奉公するのに気持ちよく働かず、愚痴ばかり言っていると、結局身の破滅になる、
という意味で使う。
述懐奉公身の仇(あだ)、
ともいう(故事ことわざの辞典・精選版日本国語大辞典)。同義で、
不足奉公(ふそくぼうこう)は両方の損、
という言い方もある(仝上)。
述懐、
は、漢語である。
依人而異事、雖似偏頗、代天而授官、誠懸運命、ナド、述懐ノ詞ヲ書過グセルニヨリテ(古今著聞集)、
と、
懐(おもひ)を述べ云ふこと(大言海)、
つまり、
己の思いを述べる、
意で(字源)、
述志、
と同じである(仝上)。古くは、
シュックヮイ、
と、清音。近世末頃から、
ジュックヮイ、
と濁る(岩波古語辞典)。本来、
思いをのべること、
の意から、漢詩では、
五言。述懐。一絶……道徳承天訓、塩梅寄真宰(「懐風藻(751)」)、
譴を蒙りて外居し、聊かに述懐(しゅっかい)し、敬みて、金吾将軍に簡す。一首(「文華秀麗集(818年)」)、
などと、
痛切な想いを述べること、特に、憂愁・忿懣・不平・愚痴・恨みなどに関する場合が多い、
と、思いの中身が結構シフトして使われ、そこから、
述懐の心もやさしく見えし上、ことがらも希代の勝事にてありき(「後鳥羽院御口伝(1212~27頃)」)、
おんな共も花みにやらぬと申てしゅっくゎひ致す程に(虎明本狂言「猿座頭(室町末~近世初)」)、
と、ほぼ、
ぐち、
不平、
不満を洩らすこと、
うらみを言うこと、
の意へと移っていく。江戸語大辞典では、
じゅっかい、
と訓ませ、
古くはしゅっくゎいと読んだ、なお残存する、
とあり、
しゅつくゎいをいつてうづらへおりる也(天明元年(1781)「柳多留」)、
と、
愚痴をこぼすこと、
泣きごとを言うこと、
と共に、
島台ほど述懐な物は御座らぬ(天明九年(1789)「四つの梅」)、
と、
なさけない、
愚痴の出る、
意とを載せている(江戸語大辞典)。
「述」(漢音シュツ、呉音ジュツ、ズチ)は、
会意兼形声。朮(ジュツ)は、穂の茎にもちあわのくっついたさまを描いた象形文字で、中心軸にくっついて離れない意を含む。述は「辶+朮」で、従来のルートにそっていくこと、
とある(漢字源)が、別に、
形声。辵と、音符朮(シユツ)とから成る。人について行く、したがう意を表す。借りて、「のべる」意に用いる、
とあり(角川新字源)、また、
会意兼形声文字です(辶(辵)+朮)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「もちきび(とうもろこし)の穂」の象形から、もちきびの穂が整然と並び続く事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、先人の言行を「受け継ぐ」を意味する「述」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji737.html)。
「懐(懷)」(漢音カイ、呉音エ)は、
会意兼形声。褱(カイ)は、「目からたれる涙+衣」の会意文字で、涙を衣で囲んで隠すさま。ふところに入れて囲む意を含む。懷はそれを音符とし、心を加えた字で、胸中やふところに入れて囲む、中に囲んで大切に温める気持ちを表す、
とある(漢字源)。別に、
形声。「心」+音符「懷/*KUJ/」。{懷/*gruuj/}(思う、懐かしむ)を表す字、
という説、
音符の「褱」は形声文字、「衣」+音符「眔/*KUJ/」。{懷/*gruuj/}(いだく、つつむ)を表す字、
の二説をあげるもの(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%87%B7)、
会意兼形声文字です(忄(心)+褱)。「心臓」の象形(「心」の意味)と「衣服のえりもとの象形と目から涙が垂れている象形」(「死者をなつかしみおもう」の意味)から、「なつかしく思う」を意味する「懐」という漢字が成り立ちました、
とするもの(https://okjiten.jp/kanji1539.html)がある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95