2023年01月28日
女﨟
二八ばかりなる女﨟(じょろう)、薄絹にかぶりを着し、はなやかに出で立ち(諸国百物語)、
年の頃十八、九ばかりなる、女﨟(じょろう)、肌には白き小袖、上には惣鹿子(そうかのこ 全体を鹿子絞(かのこしぼり)にした着物)の小袖を着て、練りのかづきにて(仝上)、
の、
二八ばかりなる女﨟、
は、
十六歳くらいの貴婦人、
と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「女﨟」は、
じょうろう、
とも訓ませるが、この場合は、
上臈女房、
上女房、
の意とみていい。「女﨟」の「﨟」は、「らふたく」で触れたように、
臘、
が正字とあり(字源)、
﨟、
臈、
は俗字(仝上・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%88)で、
唐代、7、8世紀の『干禄字書(かんろくじしょ)』に、
臘、俗作﨟、
とある。「臘」は、古代中国の、
冬至後、第三戌の日の祭、転じて年の意となる、
とある(大言海)。それを、
臘祭(蜡祭)、
といい、
その年に生じた百物を並べまつって年を送る祭、
とあり、
臘月(ろうげつ)、
と、
臘祭は年末に行ふ、故に陰暦十二月の異名、
でもある(漢字源)。「臘」は、
年の意、
に転じて、
我生五十有七矣、僧臘方十二(太平廣紀)、
とあるように、
僧臘(そうろう)、
法臘(ほうろう)、
夏臘(げろう)、
戒臘(かいろう)、
などと、
僧の得度以後の年数を数ふる、
にいう(字源・漢字源・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%98)。
出家する者、髪を剃り受戒してより、一夏九旬の閒、安居(あんご)勤行(ごんぎょう)の経るを云ふ、これを、年﨟、法﨟、僧﨟、戒﨟などといふ、僧の位は受戒後の﨟の數に因りて次第す、之を﨟次(らふじ)と云ふ(僧の歳を記するに、俗年幾許、法臘幾許と云ふ、臘は安居の功(安居の功は、陰暦4月16日から7月15日までの3か月間の修行、この期間を一夏(いちげ)という)より數ふ)、又、在俗の人にも、年功を積むことに称ふ。極﨟(きょくろう・ごくろう)、上﨟、中﨟、下﨟と云ふは、上位、中位、下位と云ふが如し、
とあり(大言海・デジタル大辞泉)、そこから、身分の高きを、
上﨟、
といい、さらに、転じて、
女房の通称、
として、
二位、三位の典侍、
をいい、公卿の女を、
小上﨟、
と云ふ(大言海)とある。「女房」は、
「房」は部屋、
の意で、
宮中・院中に仕える女官の賜っている部屋、
の意味から、
一房を賜っている高位の女官、
で、
上﨟・中﨟・下﨟の三階級、
がある。その意味で、「﨟」は、年功を積んで得た、
序列、
階級、
地位、
の意味に転じ、
すぐれた御﨟どもに、かやうの事はたへぬにやありけむ(源氏物語)、
と、
年功のある人、
の意でも使う(広辞苑・岩波古語辞典)。
だから、
上臈女房、
の意である「女﨟」は、
身分や地位の高い貴婦人、
の意となる。
「上﨟」(じゃうらふ・じょうろう)は、元来、
僧侶の夏安居(げあんご)修行の回数を数える、
「﨟」から、
修行の年数を多く積んだ僧、年功を積んだ高僧、
の意から、
右衛門督殿(うゑもんのかみどの)の上(かみ)に着き給ふ上﨟は一人もおはせざりつるものを(平治物語)、
と、
地位・身分の高い人、
の意に転じ、
あるなかの上﨟なれど、おほやけに世をしづめ、久しう仕うまつりたる人の女なり(宇津保物語)、
と、
上女房の略、
身分の高い女性、貴婦人、
の意となり、具体的には、
二位・三位の典侍(ないしのすけ)や大臣の女、
を指し(世界大百科事典)、江戸時代は、
大奥に仕えた上級の御殿女中をさす職名、
となった(大辞泉)が、
わかい上﨟のおやさしい、年寄りと思し召し、嫁子もならぬ介抱(浄瑠璃「冥途の飛脚」)、
と、単に、
女性、特に、若い女性、
を指しても使い、はては、
われあまた上﨟を持ちて候ふ中に(謡曲「班女」)、
と、
遊女、
女郎、
の意でも使う(広辞苑・大辞泉)。この場合、
女郎(ぢょらう)、
と当てるのではないか。この「女郎」は、
上﨟(じゃうらふ)
↓
女﨟(じゃうらふ・じょらふ)、
↓
上郎(じょらふ)
↓
女郎(ぢょらう)、
と転訛したもので、
ジョロー、
の発音は江戸初期には行われており、遊女の
女郎、
も、貴族の、
上﨟、
も、一時期、
ジョーロー、
ジョロー、
の両方が使われ(日本語源大辞典)、「上﨟」から「女郎」に到る過渡期には、
内裏上﨟、
を、
内裏女郎、
と表記した例もある(仝上)。「女郎」の表記が定着したのは江戸初期である(仝上)。だから「女郎」にも、
日の目も遂に身給わぬ女郎達や御端(はした)也(西鶴「好色一代男」)、
と、
身分の高い女性、
の意で使う例がある(岩波古語辞典)。この「女郎」の語源は、
女童(メハラハ)をメロと約して、女郎の字を当てて、音読セル語ナラム(大言海)、
メラ、メラハ、ワラハなどに当てた女郎の字音ヂョラウから(俚言集覧)、
とあるところから見ると、
女郎、
は、「女児」を指した語のようである。
「中﨟(ちゅうろふ)」は、
臈(修行の年数)の多少によって上・中・下に分けた、中の位の僧、
の意だが、
官位の中位の者、
を指し、具体的には、
中﨟、内侍(ないし 内侍司(ないしのつかさ)の女官。特に掌侍(ないしのじょう)の称)外不着織物類也、是昔號命婦、侍臣女已下也、諸太夫両家子、醫陰陽道等猶號中﨟(禁秘御抄)、
と、
掌侍の称、
で、
小上﨟の下、下﨟の上にあるもの、即ち、内侍、にあらざる侍臣已下の女をいう、
とある(大言海)のは、
上﨟は公卿の家の娘がなるのが例であり、稀に摂家出身の女房が存在した場合には大上﨟(おおじょうろう)と呼ばれ、その他の上﨟である小上﨟(こじょうろう)とは区別された、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%EF%A8%9F)ところによる。中﨟は五位以上、下﨟は六位官人か社家(しゃけ 代々特定神社の奉祀を世襲してきた家(氏族)のこと)出身の女性が就くこととされていた(仝上)。
なお、「中﨟」は、江戸時代、
江戸幕府の大奥の女官、武家大名の女中、
を指すようになる(広辞苑)。
「下﨟(げらふ)」
臈(修行の年数)が少ない僧、
の本来の意から、
おなじ程、それより下﨟の更衣たちは、まして安からず(源氏物語)、
と、
年功を積むことが浅くて地位の低いこと、また、その人、
を指したり、
下﨟女房(げろうにょうぼう)の略、
で使い、下位の意味から、
下﨟なれども都ほとりといふ事なれば(大鏡)、
と、
下衆、
下種、
下郎、
の意で使うに至る(岩波古語辞典)。
「臈(﨟・臘)」(ロウ)は、「らふたく」で触れたように、
会意兼形声。巤は、動物のむらがりはえた頭上の毛の総称で、多く集まる意を含む。臘はそれを音符とし、肉を添えた字で、百物を集めてまつる感謝祭である、
とある(漢字源)。
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95