僧、これを見て、「ぜひ真の姿を顕さずば、いでいて目に物みせん」とて、いらだかの数珠にて叩き給へば(諸国百物語)、
とある、
いらだかの数珠、
は、
玉が角ばっている数珠、木製、揉むと高い音を発する、修験僧の持つ物、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
(いらだかの数珠 精選版日本国語大辞典より)
いらだかの数珠、
は、
いらたかの数珠、
ともいい、
苛高数珠、
と当て、
山臥大に腹を立て……澳(おき)行く船に立ち向かって、いらたか誦珠(シュス)をさらさらと押揉(おしもみ)て(太平記)、
と、
いらたか誦珠、
とも当て、「数珠」は、
珠数、
とも当て、
念珠(ねんじゅ)、
とも言い、
いらたか念珠、
ともいう。約して、
いらたかずず、
いらたか、
ともいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。また、「いらたか」は、
最多角、
伊良太加、
刺高、
などとも表記する(仝上)。
そろばんの玉のように平たく、かどが高くて、粒の大きい玉を連ねた数珠。修験者が用いるもので、もむと高い音がする、
とあり(仝上)、
通常は、数珠をもむときには音をたててはならないとされているが、修験道では悪魔祓いの意味で、読経や祈禱の際に、この数珠を両手で激しく上下にもんで音をたてる、
とある(世界大百科事典)。
「いらたか」は、
角が多い意(仝上)
高くかどばった意(精選版日本国語大辞典)、
とされるが、
もみ摺る音の高く聞こえることに由来する、
とする説(世界大百科事典)もある。しかし、これは後付け解釈ではないか。
「いらだか」は、
苛高、
刺高、
と当て、
いらたか、
とも訓ませる(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。
イラはイラ(刺)と同根、
とある。「いら」で触れたように、「いら」は、
刺(広辞苑・大言海・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
莿(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
などと当て、
とげ、
の意と、
苛、
と当て、
苛立つ、
いらいら、
いらつく、
等々と使う、
かどのあるさま、
いらいらするたま、
甚だしいさま、
の意とがある(広辞苑)。この「いら(苛)」は、
形容詞、または、その語幹や派生語の上に付いて、角張ったさま、また、はなはだしいさま、
を表わし、
いらくさし、
いらひどい、
いらたか、
等々とつかわれる(精選版日本国語大辞典)とあり、
イラカ(甍)・イラチ・イラナシ・イララゲ(苛)などの語幹、
ともある(岩波古語辞典)ので、
苛、
と当てる「いら」は、
莿、
刺、
とあてる「いら」からきているものと思われる。
「いら」は多くの語を派生し、動詞として「いらつ」「いらだつ」「いらつく」「いららぐ」、形容詞として「いらいらし」「いらなし」、副詞として「いらいら」「いらくら」などがある、
とある(日本語源大辞典)。この「いら」の語源には、
イガと音通(和訓栞)、
イラは刺す義(南方方言史攷=伊波普猷)、
イタ(痛)の転語(言元梯)、
等々の諸説がある。ただ、
刺刺、
と当てる、
いらら、
という言葉がある(大言海)。平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)に、
木乃伊良良、
とあり、
草木の刺、
の状態を示す「擬態語」と考えると、
いら、
はそれが由来と考えていい。
『字鏡』には、
莿、木芒、伊良、
とある。「芒」(ぼう)は、
のぎ、
で、
穀物の先端、草木のとげ、けさき、
の意である(漢字源)。
どう考えても、「いら」の由来を「揉む音」とするのは無理筋ではあるまいか。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95