2023年02月02日
けうがる
武家に宮仕へさする上は、かねて覚悟の事なれども、かやうにけうがる責め様あるべき(諸国百物語)、
とある、
けうがる、
は、
残忍で面白半分な、
と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
「けうがる」は、
希有がる、
とあてる、
けうがる、
かと思うが、この「けう」は、
希有、
と当て、
千歳希有(漢書・王莽傳)、
とある、漢語で、
きいう、
けう、
で、
稀有、
とも同義である(字源)。それをそのまま、
「琉球風炉に、チンカラ、なぞといふがありヤス」「ハテけうな名じゃな」(洒落本「文選臥坐(1790)」)、
と、
めったにないこと、
珍しいこと、
の意で使うが、
是に希有の想を発して禅師に白して言はく(「日本霊異記(810~24)」)、
いとあやしうけうのことをなんみ給へし(源氏物語)、
と、
不思議なこと、
の意や、
射手ども、けうのにぞ言ひあへりける(平家物語)、
と、
めったにないほど素晴らしいこと、
の意や、
御房は希有(けうの)事云ふ者かな(「今昔物語(1120頃)」)、
と、逆に、
(多く悪い事について)意外であること、とんでもないこと、
の意で使い、
正俊けうにしてそこをば遁れて鞍馬の奥に逃げ籠りたりけるが(平家物語)、
と、
やっとのことで、
九死に一生を得て、
と、かろうじて危地を脱した場合にも使う。この「けう」は、
「け」「う」は「希」「有」の呉音、
であるが、訛って、
けぶ、
ともいい、漢音の、
きゆう、
とも訓ます。「けう」は、
仏典を通じて受け入れられた語、
と見られるが、中世には、上述のように、「希有にして」「希有の命を生きる」のような慣用句が生じて、九死に一生を得るの意味で、軍記物語に多く用いられる(精選版日本国語大辞典)。
「けうがる」の、
「がる」は接尾語、
で、「希有」の意味から、
そこより水湧(わ)き出(い)づ。けうがりて、方二、三尺深さ一尺余ばかり掘りたれば(古本説話集)、
と、
珍しいことだと思う、
不思議に思う、
の意で使うが、室町時代、
きょうがる、
と発音されるに至り、
興がる、
と混同されて、
判官南都へ忍び御出ある事、けうがる風情(ふぜい)にて通らんとする者あり(義経記)、
と、
風変わりで興味深く感じる、
興味を覚える、
意で使うようになる(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。その意味で、
残忍で面白半分な、
という上記の訳注は、かなりの意訳になる。
興がる、
は、
興がありの約まれる語なるべし、やうがりと云ふ語もあり、仮名本に多く、ケウガリと書けり(大言海)、
「興が有る」が変化して一語化したもの(精選版日本国語大辞典)、
などとあり、「興」を、
古き仮名文に、多くは、
けう、
と記し、だから、「きょうがる」も、
けうがる、
と表記する(大言海)ことからきた混同のように思える。
ただ、「興がる」は、
お前に参りて恭敬礼拝して見下ろせば、この滝は様かる滝の、けうかる滝の水(「梁塵秘抄(1179頃)」)、
けうがるかな。無証文事論ずるやうやはある(「明月記」建暦二年(1212)一一月一五日)、
と、
普通の在り方と異なる、
異常である、
風変わりである、
奇妙である、
常軌を逸している、
また、
予想と違う。意外である。普通と違っているので面白かったりあきれたりするさまである、
意や、
あやしがりて、すこしばかりかひほりて見に、そこよりみづわきいづ。けうがりて、ほう二三尺ふかさ一さくよばかりほりたれば(「古本説話集(1130頃)」)、
と、
不思議に思う、
あやしがる、
意や、
それそれ又ひかりたるはとおどしかけて興がりけるに(浮世草子・「武道伝来記(1687)」)、
と、
興味深く感じた気持を態度などに表わす、
おもしろがる、
意などで使うなど、
見なれぬことに面白がったり、意外さや不審さを抱いたりする、
意に用い、中世から近世初めには、
常識に反した突飛な言動を指して、
も用い、近世では、
とんでもないことの意で常軌を逸したことをなじる気持で使う、
例が多い(精選版日本国語大辞典)とあり、意味の上からも、表記の上からも、
希有がる、
と、
興がる、
とは重なるところが多いようである。
「希」(漢音キ、呉音ケ)は、
会意文字。「メ二つ(まじわる)+巾(ぬの)」で、細かく交差して織った布。すきまがほとんどないことから、微小で少ない意となり、またその小さいすきまを通して何かを求める意になった、
とある(漢字源)。別に、多少の異同はあるが、
会意。巾+爻(まじわる)で、目を細かく織った布を意味。隙間がほとんどないこと、即ち、「まれ」であることを意味。「のぞむ」は、めったにないことをこいねがうことから、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B8%8C)、
会意。布と、(㐅は省略形。織りめ)とから成り、細かい織りめ、ひいて微少、「まれ」の意を表す。借りて「こいねがう」意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意文字です(爻+布)。「織り目」の象形と「頭に巻く布きれにひもをつけて帯にさしこむ」象形(「布きれ」の意味)から、織り目が少ないを意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「まれ」を意味する「希」という漢字が成り立ちました。また、「祈(キ)」に通じ(同じ読みを持つ「祈」と同じ意味を持つようになって)、「もとめる」の意味も表すようになりました、
とも(https://okjiten.jp/kanji659.html)ある。
なお、「興」(漢音キョウ、呉音コウ)は、「不興」で触れた。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95