2023年04月21日

得意


本より得意とありける人一両人を伴なひて、道知れる人もなくて惑ひ行きけり(今昔物語)、

の、

得意、

は、

知人、

と注記がある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

得意(とくい)、

は、

天子得意、則愷歌(司馬法)、

と、

意の如くなりて満足する、

意の漢語であり、

失意、

の対である(字源)。日本語でも、

大小事宮仕つつ、毎日に何物か必ず一種を進らせければ、現世の得意、此の人に過ぎたる者あるまじ(源平盛衰記)、

と、

意(こころ)を得ること、
望みの満足して、喜び居たること、

の意でも使い、

得意の顔、
得意気、
得意満面、

などともいう(大言海)が、

入道はかの国のとくゐにて、年ころあひかたらひ侍れど(源氏物語)、
此のとくいの人人、四五人許、來集りにけり(宇治拾遺物語)、

と、上記用例のように、

心を知れる友、

の意(大言海)で、

自分の気持を理解する人、
親しい友、
昵懇(じっこん)にする人、
知友、

また、

知り合い、

等々の意で使ったり、

意を得る、

の意(精選版日本国語大辞典)から、

或主殿司若令得意人守護之(「古事談(1212‐15頃)」)、

と、

自信があり、また、十分に慣れていること、
常に馴染、それに熟達していること、

の意で(仝上)、

得意の技、

というように

得手、
オハコ、
十八番、

の意で使う(大言海)。さらに、

心を知れる友、

の意の外延、

あるいは、

馴染、

の意の外延を広げて、

御とくいななり、さらによもかたらひとらじ(枕草子)、

と、

ひいきにすること、また、その人、

意で、

雇主、
花主、

の意で使い、

その延長線上で、

世にわたる種とて、元来(もとより)商のとくい、殊更にあしらい(浮世草子「好色一代男(1682)」)、

と、

いつも取引きする先方、
商家などで、いつもきまって買いに来てくれる客、

の意で(精選版日本国語大辞典)、

得意先、
顧客、
花客

の意でも使う(仝上・大言海)

「得」 漢字.gif

(「得」 https://kakijun.jp/page/1158200.htmlより)


「得」 金文・殷.png

(「得」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BE%97より)


「得」 甲骨文字・殷.png

(「得」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BE%97より)

「得」(トク)は、

会意兼形声。旁の字は、「貝+寸(て)」の会意文字で、手で貝(財貨)を拾得したさま。得は、さらに彳(いく)を加えたもので、いって物を手に入れることを示す。横にそれず、まっすぐ図星に当たる意を含む、

とある(漢字源・https://okjiten.jp/kanji595.html)が、別に、

原字は「貝」+「又」で財貨を手中に得るさまを象り、のち「彳」を加えて「得」の字体となる。「える」を意味する、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BE%97

会意形声。彳と、䙷(トク=㝵。える、うる)とから成る。貴重な宝物を取りに行く、「える」意を表す、

とも(角川新字源)ある。

「意」(イ)は、「新発意(しぼち)」で触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2023年04月22日

識神


此の法師の供なる二人の童は、識神(しきじん)の仕へて來たるなり(今昔物語)、

の、

識神(しきじん)、

は、

式神、

とも当て、

陰陽師の使う精霊のような神、

とあり、

しきがみ、

とも訓ませ(佐藤謙三校注『今昔物語集』)、

職神、

とも当て(広辞苑)、

式の神、

とも(岩波古語辞典)、

式鬼(しき)、
式鬼神、

ともいいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E7%A5%9E

陰陽師の命令で自在に動く霊的存在のこと(占い用語集)、
陰陽道(おんようどう)で、陰陽師が使役するという鬼神(デジタル大辞泉)、
陰陽道(おんようどう)で、陰陽師の命令に従って、変幻自在、不思議なわざをなすという精霊(広辞苑)、
陰陽師(おんようじ)の命令に従って、呪詛(じゆそ)・妖術などの不思議な業をするという鬼神(大辞林)、
陰陽師(おんやうじ)の命令に従って不思議なわざを行うという鬼神(学研古語辞典)、
陰陽道で、陰陽師が使役するという鬼神(日本国語大辞典)、
陰陽師(おんやうじ)が術を用いて駆使する神(岩波古語辞典)、
陰陽道にて行ふ、呪詛の妖術(大言海)、

等々とあり、

神、
鬼神、
精霊、

と、分かれるが、いずれにしろ、陰陽師が、

和紙で出来た札、

に術をかけると、

自在に姿を変えた自在に姿を変える、

といい(占い用語集)、

人の善悪を監視する(デジタル大辞泉)、
人心から起こる悪行や善行を見定める役を務めるものhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E7%A5%9E

とされ、

多くは童形、

ともある(学研古語辞典)が、

思業式神、
擬人式神、
悪行罰示式神、

の三種類の式神が言い伝えで残っているhttps://www.famille-kazokusou.com/magazine/manner/180とある。

思業式神、

は、思念によって陰陽師が作った式神を指し、

姿は自由に変化させられ、術者の力の具現化ともいえる式神で、投影する意識や実力次第でその力は大きく異なる、

とある(仝上・https://dic.pixiv.net/a/%E5%BC%8F%E7%A5%9E

擬人式神、

は、人型に切った和紙や藁人形などを依り代として術者が霊力を込めることで生み出す式神で、一般的にイメージされる式神はこれで、

これらの呪物に霊力や念を込めることで、術者の意図した能力や姿をして現れ、場合によっては悪霊・怨霊などによる呪いや祟りの身代わりとして用いられる、

こともある(仝上)。

悪行罰示(あくぎょうばっし)式神、

は、悪行を働いた過去のある式神をしいい、陰陽師によって倒され、従属した結果として式神になったもので、

最も強力な式神である一方、術者の能力が不足していると逆に取り込まれてしまう恐れもある危険な式神、

でもある(仝上)。安倍晴明が使役したとされる十二天(神)将はこの悪行罰示に該当するとされている(仝上)。

陰陽師・安倍晴明が使役したという、

十二神将(十二天将)、

は、六壬(りくじん)の、

青龍・朱雀・白虎・玄武・勾陳(こうちん)・六合(りくごう)・騰蛇(とうだ)・天后(てんこう)・貴人・大陰・大裳(たいじょう)・天空、

に由来(占い用語集)し、

悪行罰示、

とされている(仝上)。

十二天将は、

基本的に、6人の吉将と6人の凶将に分けられる、

のがの特徴でhttps://www.famille-kazokusou.com/magazine/manner/180、吉将は、

六合・貴人・青竜・天后・大陰・大裳、

凶将は、

騰虵 ・勾陳・朱雀・玄武・天空・白虎、

とあり(仝上)、中国の伝説に登場する神獣であることが多い(仝上)という。

十二神将、

は、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E5%A4%A9%E5%B0%86に詳しい。

式神.jpg

(「式神」(『不動利益縁起絵巻(部分)』) 祭壇を構えて2匹の式神(右下)を従えた陰陽師・安倍晴明(右中央)が、姿を現した物の怪ども(左上)と対峙しつつ病身身代わりの祈祷を行っている場面 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E7%A5%9Eより)

「六壬」は、

六壬神課(りくじんしんか)、

といい、約2000年前の中国で成立した占術で、

質問を受けた瞬間の時刻、

で(仝上)、

月将とよぶ太陽の黄道上の位置の指標と時刻の十二支から、天地盤と呼ぶ天文についての情報を取り出し、これと干支術を組み合わせて占う、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E5%A3%AC%E7%A5%9E%E8%AA%B2。飛鳥時代には既に日本で受容されていたが、602年の百済僧観勒による招来が記録に残る最初の招来である(仝上)。安倍晴明は『占事略决』という六壬の解説書を子孫のために残したとされる(仝上)。

安倍晴明は式神を使うのに長けており、

屋敷内の雑用から掃除、儀式など様々なことをさせていました。しかし晴明公の奥様がその存在を怖がられたため、一条戻橋のたもとに式神を隠し、用がある時に呼び出していた、

とあるhttps://www.seimeijinja.jp/?p=8969。このことは、「一条戻り橋」で触れたように、

戻橋(もどりばし)は一条通堀川の上にあり。安倍晴明十二神将をこの橋下に鎮め事を行なふ時は喚んでこれを使ふ。世の人、吉凶をこの橋にて占ふ時は神将かならず人に託して告ぐるとなん、

とある(都名所図会)。

なお、

陰陽師、

は、律令時代、

中国大陸から伝わった技術を基に、天文の観測、暦の作成、占いの一種である卜占(ぼくせん)などをおこなうために朝廷が作った、

陰陽寮、

に所属した官職の1つであるhttps://www.famille-kazokusou.com/magazine/manner/180

なお、陰陽道の十二天将と、仏教の、

十二神将、

は別で、十二神将は、

十二薬叉大将(じゅうにやくしゃだいしょう)、
十二神王、

ともいい、

天界にいる12人の武将、

を指し、

薬師如来および薬師経を信仰する者を守護する12の願いを基に、12の月や12の時間、12の方角を守護する十二尊の仏尊、

であるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E7%A5%9E%E5%B0%86

なお、「式神」の「式」とは、

「用いる」意味であり、使役することをあらわす、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E7%A5%9E

「方程式」「算式」などの「式」=即ち法則性、

であり、この「式」をよく理解したうえである一定の手順を踏むと一定の反応を示す神のこと、

とあるhttps://dic.pixiv.net/a/%E5%BC%8F%E7%A5%9E。だから、所謂使い魔とは根本的に違い、扱い方さえ理解すれば本来は誰にでも使いこなせる(仝上)、と。

「式」 漢字.gif

(「式」 https://kakijun.jp/page/0678200.htmlより)

「式」(漢音ショク、呉音シキ)は、

会意兼形声。弋(ヨク)は、先端の割れた杙(くい)を描いた象形文字。この棒を工作や耕作・狩りなどに用いた。式は「工(仕事)+音符弋」で、道具でもって工作することを示す。のち道具の使い方や行事の仕方の意となる、

とある(漢字源)。

「手本」を意味する漢語、

ともありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%8F

形声。工と、音符弋(ヨク→シヨク)とから成る。工作をする際の決まり、ひいて「のり」の意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(弋+工)。「枝のある木とそれを支える為の支柱(くい)」の象形と「工具(のみ・さしがね)」の象形から、「工具のように規則的で安定した支柱(くい)」を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「手本とすべきもの・しき」を意味する「式」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji492.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2023年04月23日

あながち


父(賀茂)忠行が出でけるに、あながちに戀ひければ、其の兒を車に乗せて具してゐて行きにける(今昔物語)、
其の女の泣きつる聲は、内の心に違ひたりと聞きしかば、あながちに尋ねよとは仰せられしなり(仝上)、

にある、

あながちに、

の、

あながち、

は、

強ち、

と当て、

アナは自己、カチは勝ちか、自分の内部の衝動を止め得ず、やむにやまれぬさま、相手の迷惑や他人の批評などに、かまうゆとりをもたないさまをいうのが原義、自分勝手の意から、むやみに程度をはずれての意(岩波古語辞典)、
自分勝手に、自分の思うまま、したいままをやっていく状態をいうのが原義と思われる(日本国語大辞典)、
他人の迷惑をかえりみず、自分勝手にしたいままにするというのが原義。「あな」は「おのれ(己)」の意で、「己(アナ)勝ち」に由来するか(大辞林)、

などからみると、外から見ると、

あながちなる好き心は更にからはぬを(源氏物語)、

と、

身勝手、
いい気、

の意や、

稀には、あながちにひきたがへ(人の予想に反し)心づくしなること御心におぼしとどむる癖なむあやにくくて(源氏物語)、

と、

衝動を止め得ぬさま、

の意になるが、翻って、内から見れば、

にくきもの、……あながちなる所に隠し伏せたる人の、いびきしたる(枕草子)、

と、

やむにやまれないさま、
人の思惑などかまっていられないさま、

の意となり、

あながちに心ざしを見せありく(竹取物語)、
など斯くこの御学問のあながちならむ(源氏物語)、

と、

一途、
ひたむき、

の意となり、それを価値表現にすれば、

あながちに丈高き心地ぞする(源氏物語)、

と、

むやみ、
無理に、
殊に際立つさま、

の意となる(岩波古語辞典)。しかし、こうした形容動詞としての使い方が、平安時代末期には、

打ち消しの語を伴って用いる、打消、禁止、反語の意が生じ、

時々入取(いりとり)せむは何かあながち僻事ならむ(平家物語)、

と、

必ずしも……でない、

意や、

範頼・義経が申状、あながち御許容あるべからず(平家物語)、

と、

決して、

の意が生じ(大辞林)、次第に「に」を脱落させた、

あながち無理とも言えない、
あながち悪くはない、
あながち嘘とは言い切れない、

などというような、

一概に、
まんざら、
かならずしも、

の意での、副詞としての用法が主流となっていった(仝上)とある。

「あながち」の類義語に、

しひて(強ひて)、
せめて、

がある。「しひて」は、

動詞「し(強)いる」の連用形に接続助詞「て」が付いてできた語、

で(デジタル大辞泉)、

ものごとの流れに逆らって、無理にことをすすめる意、

とあり(岩波古語辞典)、「せめて」は、

動詞「責む」の連用形に接続助詞「て」が付いてできた語、

で(広辞苑)、

セメ(攻・迫)テの意。物事に迫め寄って、無理にもと心をつくすが、及ばない場合には、少なくともこれだけはと希望をこめる意。また、力をつくすところから、極度にの意、

とあり(岩波古語辞典)、

しひて、

が、

ものごとの流れに逆らって、無理にことをすすめる、

意、

あながち(に)、

が、

人のことなどかまっていられず動く、

意、

せめて、

が、相手に肉薄して、少しでも自分の思うようにことを運ぶ、

意(仝上)と、三者外見には、強引さに変わりはないが、自分勝手度からいえば、

せめて→しひて→あながち、

と増していくという感じであろうか。「せめて」には、他の二者に比して、少し引き気味の希望的な含意がある。

また、

あながち悪くはない、

と、

必ずしも悪くはない、

の、

あながち、

かならずしも、

の違いは、

「あながち~ない」は「断定しきれない」という気持ちをあらわし、「必ずしも~ない」は「必ず~というわけではない」「必ず~とは限らない」という気持ちをあらわす、

としている(大辞泉)が、際立つ差異はない。強いて区別すると、

「必ずしも~ない」という言葉は「ある推論や結論を論理的に否定できる可能性がある」という意味に解釈できます。たとえば「必ずしも良いとはいえない」は「論理的に『悪い』と判断できそうな部分もある」という意味になります。
一方、「あながち」は「強ち」と書くことからもわかるように「強引な」「身勝手な」ことを意味する言葉です。したがって「あながち良いとはいえない」といえば、「良い」という判断や結論に固執しないほうがいい、という意味になります。

との解釈もできるhttps://docoic.com/57426だろうが。

「强」 漢字.gif


「強(强)」(漢音キョウ、呉音ゴウ)は、「屈強」で触れた。

会意兼形声。彊(キョウ)はがっちりとかたく丈夫な弓、〇印はまるい虫の姿。強は「〇印の下に虫+音符彊の略体」で、もとがっちりしたからをかぶった甲虫のこと。強は彊に通じて、かたく丈夫な意に用いる、

とある(漢字源)。中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

強、蚚也、从虫弘聲……

とあり、「蚚」は、

コクゾウムシという、固い殻をかぶった昆虫の一種を表す漢字だ、とされています。つまり、「強」とは本来、コクゾウムシを表す漢字であって、その殻が固いことから、「つよい」という意味へと変化してきた、

とありhttps://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0435/

会意兼形声文字です。「弓」の象形と「小さく取り囲む文字と頭が大きくてグロテスクなまむし」の象形(「硬い殻を持つコクゾウムシ、つよい、かたい」の意味)から、「つよい」を意味する「強」という漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji205.htmlのは、その流れである。

しかし、白川静『字統』(平凡社)によれば、

「強」に含まれる「虫」はおそらく蚕(かいこ)のことで、この漢字は本来、蚕から取った糸を張った弓のことを表していた、その弓の強さから転じて「つよい」という意味になった

とあるhttps://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0435/。だから、「強」については、

会意。「弘」+「虫」で、ある種類の虫の名が、「彊」(強い弓)を音が共通であるため音を仮借した(説文解字他)、

または、

会意。「弘」は弓の弦をはずした様で、ひいては弓の弦を意味し、蚕からとった強い弦を意味する(白川)、

と、上記(漢字源)の、

会意形声説。「弘」は「彊」(キョウ)の略体で、「虫」をつけ甲虫の硬い頭部等を意味した(藤堂)、

と諸説がわかれることになるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B7#%E5%AD%97%E6%BA%90

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ラベル:あながち 強ち
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2023年04月24日

くみいれ


堂の天井(くみいれ)の上にかき上りて、川人は呪を誦(ず)し、大納言は三密を唱へてゐたり(今昔物語)、

とある、

くみいれ、

は、

組入天井、

の略で(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)、

格子形に組んだ天井。6~8cm角くらいの木材を10~20cm間隔に組むもので、古代の寺院に多く用いられたろ、

とあるhttps://www.architectjiten.net/ag15/ag15_621.html

格縁(ごうぶち 天井板に格子の形に組まれた木)を碁盤目に組み、その上に裏板を張って仕上げた天井、

である。因みに、

三密、

とは、

身密・語密(口密)・意密(心密)、

の三で、おもに密教でいい、

身密・手に諸尊の印契(印相)を結ぶ、
口密(語密)・口に真言を読誦する、
意密・意(こころ)に曼荼羅の諸尊を観想する、

の総称(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%AF%86・日本大百科全書)、顕教(けんぎょう)では、凡人では推し測れない仏の、

身業(しんごう)、
口業(くごう)、
意業(いごう)、

の、

三業(さんごう・さんぎょう)、

をいう(日本大百科全書・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD#%E4%B8%89%E6%A5%AD)。

格天井.jpg



「組入天井」は、

格天井(ごうてんじょう)、

と言われるもののひとつで、

格間は一般的に45〜90センチ程度の正方形、

をしており、格子の間隔が狭いもの(6~8センチ角くらいの木材を10~20センチ間隔)に組むのを、

組入天井、

といい、裏板の代わりにさらに格子を組み入れたものを、

小組格天井(こぐみごうてんじょう)、

という。

格調高い天井様式で、重厚感があり、書院造り、寺院建築、大広間などに用いられている、

とある(https://www.homes.co.jp/words/k5/525001395/)

ただ、

組入天井、

と、

格天井、

とは厳密には異なり、組入(くみいれ)天井は、

梁や桁といった構造材に格子の木組みをのせ、板をかぶせる天井です。一見格天井と同じに見えますが、格天井が梁や桁といった構造材とは完全に独立した天井であるのに対し、組入天井は構造材に直接天井を乗せており、その分天井高が高くなります、

とありhttps://nara-atlas.com/naraarch-glossary/ceiling/、水平な天井としては最も古くから見られる屋根で、法隆寺や唐招提寺の金堂などで見ることができるが、中世までの寺院建築ではたびたび用いられたものの、近代和風建築においては格天井が多用された(仝上)とある。

組み入れ天井.jpg

(組入(くみいれ)天井 https://blog.goo.ne.jp/38_gosiki/e/8d541b2960dc7b2dc4059c46bea95cb8より)


法隆寺・金堂と五重塔.jpg


格天井、

は、

格縁天井、

ともいわれ、

格子状に木材を組む伝統的な天井、

のことで、

構造材に直接格子を組んだ組入天井と違い、格天井は構造材から格子をぶら下げて板を張る吊り天井であるため、相対的に天井が低くなりやすいです。また見た目の上でも、一本一本の材が太く、格間(ごうま 格子同士の隙間の面)が広い豪快な印象のものが多いのも特徴、

とあり、構造や仕上げによって細かいバリエーションがあり、湾曲した格子材(支輪)によって格天井の中央を持ち上げる(天井の一部を一段高くすることを「折上」と呼ぶ)、

折上格(おりあげごう)天井、

や、

その中心をさらに持ち上げる、

二重折上格 (にじゅうおりあげごう)天井、

があり、二条城二の丸御殿内「大広間」など、非常に格式の高い空間に用いられる技法であり、また、格子の間にさらに細かい格子材を入れる、

小組格天井(こぐみごうてんじょう)、

も、施工に手間がかかる分くらいの高い人の居室などに用いられた(仝上)とある。

組入天井、

は、

古代の寺院に多く用いられ、

見れば檜網代(ひあじろ)を以て天井(くみれ)にしたり(今昔物語)、

と、

組み天井、
組み入れ、
くみれ、

とも言った(デジタル大辞泉)。因みに、「檜網代」は、

檜で編んだあじろ(むしろに近い)、それを組み合わせて天井にした、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

二重折上天井.jpg

(二重折上天井 https://www.touken-world.jp/tips/26166/より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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2023年04月25日

貝をつくる


足摺りをして、いみじげなる顔に貝を作りて泣きければ(今昔物語)、

の、

貝を作る、

は、

口をへの字にする、べそをかく、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

口を貝の形にする意(岩波古語辞典)、
泣き出す時の口つきが、ハマグリの形に似ているところから(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

口をへの字に曲げて、泣きだす、

意で、

子供や僧について言うことが多い、

とある(仝上)。

たまご」で触れたように、「たまご」の古語は

かひ、

あるいは、

かひこ、

あるいは

かひご、

で(大言海・岩波古語辞典)、「かひこ」は、

卵子(大言海)、

殻子・卵(岩波古語辞典)、

とあて、「かひ」は、

卵、

で(仝上)、「かひ」は、

カヒ(貝)と同根、

とあり(岩波古語辞典)、

カヒは殻の意(岩波古語辞典)、
殻(カヒ)あるものの意(大言海)、

と、「たまご」の殻からきおり、

殻、

は、

かひ、

と訓ませ、「貝」は、

殻(かひ)あるものの義、

とある(大言海)。つまり「かひ」は、

貝、
とも
殻、
とも、
卵、
とも、

当て(岩波古語辞典)、「殻」は、

(卵・貝などの)外殻、

の意である(仝上)。和名類聚抄(平安中期)には、

殻、和名与貝(かひ)、同、虫之皮甲也
貝、加比、水物也、

とあり、類聚名義抄(11~12世紀)には、

稃(フ もみがら)、イネノカヒ、

とある。つまり、漢字がない時は、すべても

かひ、

で、漢字によって、

貝、
卵、
殻、

と当て分けたもので、「たまご」の「かひ」は、「殻」から名づけられ、

かひ(殻・貝)の子、

の意味になる(日本語源大辞典)が、

貝と同根、

とされる、「貝(かひ)」の語源は、「殻」に絡ませている、

カヒ(殻)あるところから(箋注和名抄・和訓栞・大言海)、
アラアヒ(殻合)の略(和訓栞・日本語原学=林甕臣)、
殻を背負って歩くところからカラハヒ(柄這)、又はカライリ(柄入)、又はカラユキの反(名語記)、
カはカラ(殻)の下略、イは家の意、又「介」の音が「貝」の訓となる(日本釈名)、
カライヘ(柄舎)から(柴門和語類集)、

などという諸説の他に、

アヒ(合)の義(名言通)、
カヒ(甲)の義(言元梯)、
殻の古代語「介」(ヨロイの中に入ったもの、二枚貝)の義(日本語源広辞典)、
交イ換イから。物々交換に貝を使ったから(日本語源広辞典)、
古く物と交換したところから、カヘ(替)の義(関秘録)、
カは、カシ(炊)の原語、ヒは容器を意味するヘの転(日本古語大辞典=松岡静雄)、
数個取り集める時、カフカフ、カヒカヒと音がするところから(国語溯原=大矢徹)、
「鳥の羽交」「目(ま)な交ひ」などの「交ひ」から(暮らしのことば語源辞典)、

等々の諸説がある。普通に考えると、「殻」「卵」「貝」ともに、

殻(かひ)あるものの義、

とする(大言海)

カヒ(殻)、

からきたとするのが、妥当なのではないか。

「貝」 漢字.gif


「貝」 甲骨文字・殷.png

(「貝」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B2%9Dより)

「貝」(慣用バイ、呉音・漢音ハイ)は、

象形。われめのある子安貝、または二枚貝を描いたもの、

とあり(漢字源)、

象形。子安貝(インド洋に産するたから貝)のからの形にかたどり、子安貝、ひいて「かい」の意を表す。古代には、子安貝のかいがらが貨幣の役目をしたことから、たからものの意に用いる、

とも(角川新字源・https://okjiten.jp/kanji60.html)ある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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2023年04月26日

巻数木(かんじゅぎ)


さて几帳の綻びより巻数木(かんじゅぎ)のやうに削りたる白くをかしげなるが二尺ばかりなるをさし出でて(今昔物語)、

の、

巻数木、

は、

寺から願主へ饗応した経文の巻数を知らせる文書(巻数)を付けて送る木の枝、

かんじゅぼく、

とも訓む(佐藤謙三校注『今昔物語集』)とある。木の枝は、

梅の若枝、
榊の枝、

などを用いた(精選版日本国語大辞典)。

巻数.bmp

(巻数 精選版日本国語大辞典より)

巻数、

は、

かんすう、

と訓むと、

巻物の数、

あるいは、

全集・叢書など、まとまった書物の冊数、

などをいうが、

手洗ひて、いで、その昨日のくゎんずとて、請(こ)ひ出でて、伏し拝みてあけたれば(枕草子)、

と、

かんじゅ、

訛って、

かんず、

と訓むと、

僧が願主の依頼で読誦(どくじゆ)した経文・陀羅尼(だらに)などの題目・巻数・度数などを記した文書または目録、

をいい(大辞泉)、

寺院が願主に贈る、

のだが、後に、これを短冊型の紙にしるし、木の枝などに付けたので、

巻数一枝、

などという(広辞苑)とある。依頼には、

貴族や領主などがとくに寺に依頼して読んでもらう場合、

と、

年中恒例となっている場合、

とがあり、

米穀や金品、荘園などの寄進という反対給付がついている場合が多い、

とある(世界大百科事典)。平安時代から日常化していたが、中世武家時代に入っても、

祈禱寺院に武運長久や怨敵退散を祈らしめて、そのしるしに巻数を献上させている、

とある(仝上)。これを見て願主は安堵し、寺は恩賞を期待したのである。

「巻数」は、後に、神道にもとりいれられ、

祈祷師は中臣祓(なかとみのはらえ)を読んだ度数を記し、願主に送った、

とある(仝上・大辞泉)。

「卷」 漢字.gif



「巻」 漢字.gif

(「巻」 https://kakijun.jp/page/0951200.htmlより)

「卷(巻)」(慣用カン、呉音・漢音ケン)は、

会意文字。𠔉は「采(ばらまく)+両手」で、分散しかける物を丸く巻いた両手で受けるさま。卩は人間がからだをまるくかがめた姿。まるくまく意を含み、拳(ケン まるくまいたこぶし)や倦(ケン 身体を軽くまいてかがめる)の原字、

とある(漢字源)。別に、

形声。卩と、音符𢍏(クヱン 𠔉は省略形)とから成る。ひざを折ってからだをまるめる、転じて、物を「まく」意を表す、

とあり(角川新字源)、

会意兼形声文字です。「分散しかけたもの」の象形と「両手」の象形(「両手で持つ」の意味)と「ひざを曲げている人」の象形から、「まるくまく」、「たばねる」を意味する「巻」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1056.html

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
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2023年04月27日

空薫(そらだき)


其の間、簾の内より空薫(そらだき)の香かうばしく匂ひ出でぬ(今昔物語)

とある、

空薫、

は、

空炷、

とも当て(広辞苑)、

香を室に豊富にくゆらせるのをいう、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)が、

どこでたくのかわからないように香をたきくゆらすこと(広辞苑)、
どこからともなく匂ってくるように香をたくこと。また、前もって香をたいておくか、あるいは別室で香をたいて匂ってくるようにすること(日本国語大辞典)、
何處よりとも知られぬやうに、香を薫(くゆ)らすこと(客を迎えるなどに)(大言海)、

とあり、だから、

暗薫、

ともいい(仝上)、それをメタファに、

にほひ来る花橘のそらたきはまかふ蛍の火をやとるらん(「夫木集(夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)(1310頃))」)、
匂ひくるそらだきものを尋ぬれば垣根の梅の謀るなりけり(仝上)、

と、

どこから来るともわからないかおり、

の意でも使う(岩波古語辞典・大言海)。また、

そらだきものするやらむと、かうばしき香しけり(宇治拾遺物語)、

と、

来客のある際、香炉を隠しおき、また、別室に火取りを置いて、客室の方を薫くゆらせるためにたいた香、

つまり、

空焼(だ)きの薫物、

を、

空薫物(そらだきもの)、

という。

聞香炉.png

(聞香炉(ききごうろ) https://www.yamadamatsu.co.jp/enjoys/soradaki.htmlより)


空薫 (2).jpg


つまり、

空薫、

とは、

間接的な熱を与える事で薫る御香を焚く方法、

をいい、

練香、
香木、
印香、

等々を焚くhttps://www.aroma-taku.com/page/18。これに対して、

掌の香炉から立ち上る幽玄な香りを楽しむ、

のを、

香炉から香りを、嗅ぐのとは異なり、心を傾けて香りを聞く、

という意味で、

聞香(もんこう)、

というhttps://www.shoyeido.co.jp/incense/howto.html

「薰」 漢字.gif



「薫」 漢字.gif

(「薫」 https://kakijun.jp/page/1612200.htmlより)

「薰(薫)」(クン)は、

会意兼形声。「艸+音符熏(クン くゆらす)」で、香草のにおいが、もやもやとたちこめること、

とある(漢字源)。別に、

形声。艸と、音符熏(クン)とから成る。かおりぐさ、ひいて「かおる」「かおり」の意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(艸+熏)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「煙の象形と袋の象形と燃え立つ炎の象形」(「香をたく・良い香り」の意味)から、「香気(良い香り)がする草」を意味する「薫」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1572.htmlある。なお、「空」(漢音コウ、呉音クウ)は、「空がらくる」で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2023年04月28日

押立門(おしたてもん)


土御門(つちみかど)と道祖(さへ)の大路との辺(ほとり)に、檜墻(ひがき)して押立門(おしたてもん)なる家有り(今昔物語)、

の、

押立門、

は、

二本の柱だけを立てて、扉を左右につけた手軽な門、

とある(広辞苑)。写真が見当たらないが、似たものに、

冠木門、

というのがある。「冠木門」は、

門や鳥居などで、左右の柱の上部を貫く横木、

つまり、

冠木(かぶき)、

要は、

貫(ぬき)

を、

二柱の上方に渡した屋根のない門、

をいい(広辞苑)、

衡門(こうもん)、

ともいい、古くは、

隠者の家、貧者の家に用いられた造り、

であるが、

諸大名の外門、

などにも用いられた(精選版日本国語大辞典)。ただ、

江戸時代には櫓門や楼門ではない平門を指していたが、明治以降は屋根を持たない門を指すことが多い、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80。「平門」とは、

ひらもん、
ひらかど、

と訓み、

二本の柱をたて、棟の低い平たい屋根をのせた門、

をいう(広辞苑)。

冠木門3 (2).jpg

(冠木門 大辞林より)


冠木門2.jpg

(冠木門 広辞苑より)


冠木門(兵庫県 篠山城).jpg


この「冠木門」の、

冠木、

つまり、

貫、

のない門が、

押立門、

ということになり、「冠木門」よりなお一層粗末な門、ということになる。

「押し立て」は、

やおら抱きおろして戸はおしたてつ(源氏物語)、
豊国の鏡の山の石戸立て隠れにけらし待てど来まさず(万葉集)、

と、

戸を閉てる、
障子をたつ、

の、

閉じる、
閉める、

と、

押し閉める、

意の、

戸や屏風などを押しやってとざす、

意からきていると思われる(精選版日本国語大辞典)。

因みに、「櫓門(やぐらもん)」の「やぐら」は、は、「やぐら」で触れたように、

矢倉、
矢蔵、
兵庫、

等々と当て、「」で触れたように、文字通り、

兵庫、

は武器庫の意なので、

閑曠(いたずら)なる所に兵庫(やぐら)を起造(つく)り(幸徳紀)、

と、

武器を納めて置く倉、

の意と考えられ(広辞苑)、中世の城郭では専ら、

矢蔵、
矢倉、

と記され(西ケ谷恭弘『城郭』)、

飛道具武器である弓矢を常備していた蔵である。敵の来襲に即応できるように、塁上の角や入口に建てられた門上にその常備施設として作られたことに由来する、

とある(仝上)ので、臨戦態勢の中では、すぐに射かけられるように、高い所に「矢倉」が設置されたものと考えられる。だから、「やぐら」の意は、

四方を展望するために設けた高楼、

の意と(広辞苑)なり、

城郭建築では敵情視察または射撃のため城門・城壁の上に設けた、

という意に転じていき、「櫓門」は、

櫓門は、門の上に櫓を設けた、特に城に構えられる門の総称、

で、

二階門、

ともいう(デジタル大辞泉)。

櫓門.jpg

(櫓門(京都府 舞鶴城) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80より)

また、「楼門」は、

二階造りの門、

をいう(精選版日本国語大辞典)。だから、

二重門、

も本来は楼門といったが、二重の屋根のあるものとそうでないものがあるため現在は、下層に屋根のある門を、

二重門、

と呼び、下層に屋根のない二階造りの門を、

楼門、

と呼ぶ(精選版日本国語大辞典・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80)。

楼門.bmp

(「楼門」 精選版日本国語大辞典より)


二重門.jpg

(二重門(東福寺の三門) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%87%8D%E9%96%80より)


「門」 漢字.gif

(「門」 https://kakijun.jp/page/mon200.htmlより)


「門」 甲骨文字・殷.png

(「門」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%96%80より)

「門」(漢音ボン、呉音モン)は、

象形。左右二枚の扉を設けたもんの姿を描いたもので、やっと出入りできる程度に、狭く閉じている意を含む、

とある(漢字源)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2023年04月29日

三遅


然るに、既に三地畢(は)てて、押し合ひて乗り組みてうち追ふ(今昔物語)、

にある、

三地、

は、

三遅、

の意で、

罰杯の意から転じて、酒、または酒宴の意、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

三遅(さんち)、

は、

酒宴に遅刻すること、

の意(広辞苑)だが、

酒が十巡した後に遅れて来席すること、

を、

三遅、

といい、

七巡以後を、

二遅、

五巡以後の場合を、

一遅、

といい(岩波古語辞典)、それぞれ、

遅参した者に課した罰酒、

として(精選版日本国語大辞典)、

杯が五回回ったのちに参会した者には三杯、七回り以後の者には五杯、十回り以後の者には七杯の酒を課した、

という、

三種類の飲酒による罰、

である(精選版日本国語大辞典)。平安時代のされた有職故実・儀式書『西宮記(さいきゅうき・せいきゅうき・さいぐうき)』(源高明・撰述)に、

五巡後到著者、可行三盃、七巡後到者、可行五盃、十巡以上到者、可行七盃、一遅、不得通風、二遅、酒閒架匀、三遅、非録事措手籌、

とある。

転じて、

三遅に先だってその花を吹けば暁の星の河漢に転ずるがごとし(和漢朗詠集)、

と、

酒、
または、
酒宴、

の意で使い(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

さらに、

三遅の後、敦延が馬の膝より血はしりければ(古今著聞集)、

と、

競馬(くらべうま)の出走前の作法、

をもいい、

一遅、

は、

間隔を広くとり、

二遅、

は、

ちょうどよい程度にし、

三遅、

は、

鐙(あぶみ)をならすこと、

また、

三度ゆっくり馬をすすめること、

あるいは、鼓の合図で進み、鉦の合図で退き、馬をゆっくりと歩ませること、

ともいう(精選版日本国語大辞典)とある。この意で使う場合、

三地、

とも当てる(仝上)。

「遲」 漢字.gif

(「遲」 https://kakijun.jp/page/E7AD200.htmlより)


「遅」 漢字.gif

(「遅」 https://kakijun.jp/page/1265200.htmlより)

「遲(遅)」(漢音チ、呉音ジ)は、

会意。犀は、動物のサイのこと。歩みの遅い動物の代表とされる。遲は、「辶+犀」、

とある(漢字源・角川新字源)が、

『説文解字』では「辵」+「犀」と説明されているが、これは誤った分析である。金文の形を見ればわかるように「犀」とは関係がない、

とし、

形声。「辵」+音符「屖 /*LI/」「おそい」を意味する漢語{遲 /*lri/}を表す字、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%B2

なお、「三」(サン)は、「三会」で、「地」(漢音チ、呉音ジ)は、「依怙地」で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2023年04月30日

いとほし


今よりかかる事なせそ。いとほしければ逃すぞ(今昔物語)、

の、

いとほし、

には、意味の幅があり、

翁(おきな)をいとほしく、かなしと思(おぼ)しつることも失せぬ(竹取物語)、

と、

気の毒だ、
かわいそうだ、

の意と、

宮はいといとほしと思(おぼ)す中にも、男君の御かなしさはすぐれ給(たま)ふにやあらん(源氏物語)、

と、

かわいい、

の意、

人の上を、難つけ、おとしめざまの事言ふ人をば、いとほしきものにし給(たま)へば(源氏物語)、

と、

困る、
いやだ、

の意、

女のかく若きほどにかくて(貧しくて)あるなむ、いといとほわしき(大和物語)、

と、

見ていてつらい、
気の毒だ、

の意、

熊谷あまりにいとほしくて、いづくへ刀を立つべしとも覚えず(平家物語)、

と、

かわいそうだ、

の意(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)等々、微妙な意味の違いがあるが、

弱い者、劣った者を見て、辛く目をそむけたい気持になるのが原義、自分のことについては、困ると思う意、相手に対しては「気の毒」から「かわいそう」の気持に変わり、さらに「かわいい」と思う心を表すに至る、いとしはこの転、

とある(岩波古語辞典)。ある意味、たとえば、

弱小的なもの、

を、外から見て、

気の毒、

が、弱小なものへの保護的な感情を表わして、

見るのがつらい、

いじらしい、

かわいそう、

といった状態表現から、

かわいいい、

いとしい、

と、価値表現へと転じていくように見える。

「いとほし」の語源は、

イタワシ(心痛・心労)の転(大言海・俚言集覧・日本語源広辞典)、

と、

イトフ(厭)と同根、イトハ(イトフの未然形)+シイ(岩波古語辞典・日本語源広辞典)、
動詞「いとふ」から派生した形容詞(精選版日本国語大辞典)、

に分かれる。前者は、

いとおし、心苦しい、気の毒、いじらしい、の意を表し、

後者は、

見ていても厭でたまらない、他人への同情の語をあらわす、

とある(日本語源広辞典)。大勢は、

「いたはし」の母音交替形と考えられている、

が、平安時代になって多用され、「いたはし」とも併用されている。その、

いたはし、

は、

「いたはり・いたはる」が富を背景とした物質的な待遇を表わすのに応じて対象を価値あるものとして認め、大切にしようとするのに対して、「いとほし」は、あくまでも精神的な思いやりとして表現されるが、和歌には用いられない、

とあり(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、中世から近世初期ころに、

ハ行音転呼によってイトヲシとなり、さらに長音化してイトーシと発音され、いじらしい・いとしいの意が強くなって、イトシとなった、

ため(精選版日本国語大辞典)、「今昔物語集」から、

糸惜、

と漢字表記され、近世には、

いとをし、
いとうし、

の両形で表記されている(仝上)。

ただ、「いとふ」で触れたように、「いとふ」は、

傷思(いたくも)ふの約か。腕纏(うでま)く、うだく(抱)。言合(ことあ)ふ、こたふ(答)(大言海)、
いやだと思うものに対しては、消極的に身を引いて避ける。転じて、有害と思うものから身を守る意。類義語キラヒは、好きでないものを積極的に切りすて排除する意(岩波古語辞典)、

などとある。この語源からみると、

好まないで避ける

この世を避けはなれる

害ありと避ける

いたわる、かばう、

大事にする、

という意味の変化となり、

身をお厭いください、

という言い方は、

危なきを厭ひ護る、

意より転じて(大言海)、

自愛、

の意に変っていく。「いたはし」は、「いたわる」で触れたように、

いたはし(労はし)、

という形容詞があるが、『岩波古語辞典』は、

「イタは痛。イタハリと同根。いたわりたいという気持ち」

とあり、

(病気だから)大事にしたい、
大切に世話したい、
もったいない、

といった心情表現に力点のある言葉になっている。この言葉は、いまも使われ、

骨が折れてつらい、
病気で悩ましい、
気の毒だ、
大切に思う、

と、主体の心情表現から、対象への投影の心情表現へと、意味が広がっている。こうみると、

いとほし、

と、

いたはし、

の意味の重なりがあることは確かだが、「いとふ」の「いた」も、

痛、

と重なる。とすると、

いとふ、

いたはし、

の語源の対立は、

自分にとって面白くないと思う心情を表わす、

つらい、
こまる、
いやだ、

と、他人に対する同情の心を表わす、

かわいそうだ、
不憫だ、
気の毒だ、

のような(日本国語大辞典)自分に向かう感情との、

二つの方向性、

を言う(今井久代「『源氏物語』の「いとほし」が抉るもの」)のだが、共通に、

いた(痛)、

の含意があって、

いとふ、

と、

いたはし、

との二つの感情表現、

かわいそうで見ていられない、

になっているところが、

いとほし、

という言葉の含意の多重性を表しているように見える。

「痛」  漢字.gif


「痛」(漢音トウ、呉音ツウ)は、

会意兼形声。「疒+音符甬(ヨウ・トウ つきぬける、つきとおる)」、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(疒+甬)。「人が病気で寝台にもたれる」象形(「病気」の意味)と「甬鐘(ようしょう)という筒形の柄のついた鐘」の象形(「筒のように中が空洞である、つきぬける」の意味)から、「身体をつきぬけるようないたみ」を意味する「痛」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1025.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
今井久代「『源氏物語』の「いとほし」が抉るもの」https://core.ac.uk/download/pdf/268375063.pdf

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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