2023年04月05日
をこづる
怖ろしく思ゆれば、妻にをこづり問へども、物云はばやとは思ひたる気色ながら云ふともなし(今昔物語)、
の、
をこづる、
は、
だまして誘うのを言う、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
をこづる、
は、
誘る、
と当て、通常、類聚名義抄(11~12世紀)に、
誘、ヲコツル、コシラフ、サソフ、アザムク、カドフ、
とあり、色葉字類抄(1177~81)に、
誘、ヲコツル、
とあるように、
をこつる、
と清音で、
機る、
とも当て(大言海)、類聚名義抄(11~12世紀)に、
機、ワカツル、オコツリ、
とあり、
ワカツルの母音交替形、
とある(岩波古語辞典)ので、
をこづる、
を、
招(ヲキ)釣るの転かと云ふ、
という(大言海)のは如何か。むしろ、
機巧(わかつり)と通ずるか、
のほう(仝上)が妥当に思える。
を(お)こつる
は、
あやにくがりすまひ給(たま)へど、よろづにをこつり、祈りをさへして、教へ聞こえさするに(大鏡)、
と、
利を与えて、だましさそう、
意や、
こなたに入り給ひて姫君を遊ばしをこつり聞こへ給ひて(浜松中納言)、
と、
だましすかす、
機嫌をとる、
意で使う(岩波古語辞典・学研国語大辞典)。ただ、仮名遣いは、
をこつる、
か、
おこつるか、
かは不明(デジタル大辞泉)とある。
わかつる、
は、
機巧る、
誘る、
と当て、
をこつる(機・誘)の母音交替形、
とあり、
断見の愚癡のひとを誘(わかつり)誑(たぼろ)かすなり(地蔵十輪経元慶点)、
と、
あやつり動かす、
転じて、
巧言を以て人を欺き誘う、
また、
御機嫌をとる、
とり入る、
だます、
意で使い(日本国語大辞典)、やはり、
わかづる、
とも濁るようだ(大言海)が、名詞で、
譬へば、機関(わかつり)の如くして業(ごふ)によりて転す(西大寺本最勝王経平安初期点)、
と、
機巧、
機、
とも当て、
からくり、
物をあやつり動かすしかけ、
の意で使う、
わかつり、
がある(広辞苑・日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
わかつる(機)の名詞化、
とある(日本国語大辞典)が、和名類聚抄(平安中期)に、
機、機巧之處、和加豆利、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
機、オコツリ、
とあるように、逆に、
わかつる、
をこつる、
が、
ワカツリ、
ヲコツリ、
の動詞化なのかもしれない。とすると、
招(ヲキ)釣る、
別(ワカ)釣る、
を語源とし、
わかつり、
は、
機(ハタ)のあやつる處、
とする説(大言海)が、逆に注目される気がする。
「誘」(漢音ユウ、呉音ユ)は、
会意兼形声。「事+音符秀(先に立つ)」。自分が先に立って、あとの人をことばでさそいこむこと、
とある(漢字源)が、別に、
「誘」は「羊+久+ムという漢字」の新字、
とし、
形声文字です。「羊の首」の象形と「横たわる人の背後から灸をする」象形(灸の原字だが、転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「時間が長い」の意味)と「小さく取り囲む」象形(「小さく取り囲む」の意味)から、羊を長い時間をかけて取り囲む事を意味し、そこから、「人や動物を時間をかけてある場所・状態にさそい導く」を意味する「誘」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1682.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95