己は甲斐殿の雑色(ざふしき)某丸と申す者に候ふ。殿のおはしけるを知り給へずして(今昔物語)、
の、
雑色、
は、
ざっしょく、
と訓むと、
種々まじった色、また、さまざまな色、
をいい、
ざっしき、
と訓ますと、
さまざまの種類、
の意で、
ぞうしき、
とも訓んだが、
雑色田(ざっしきでん)、
というと、平安時代に、
種々の費用にあてられた田地、放生田・采女田・節婦田・警固田、
等々をいい、
ぞうしきでん、
とも訓ませた(広辞苑)。
雑色官稲(ざっしきかんとう)、
というと、奈良時代に、
国郡で種々の費用にあてるために出挙(すいこ 稲や財物を貸しつけて利息を取る)した稲、
で、
正税稲(しょうぜいとう)・公廨稲(くげとう)以外の郡稲・駅起稲(えききとう)・官奴婢食料稲・救急料稲、
等々の、
雑稲(ざっとう)、
をいい、
ぞうしきかんとう、
とも訓ませた(仝上)。
ぞうしき、
と訓ますと、
雑多な色、雑多なもの、
の意から、
雑色ノ色ノ字ハ、品ノ字ノ意ニテ、雑食ト云フガ如シ、雑役ヲ勤ムル人品を云フナリ、
とある(安斎随筆)。
雑色(ザツショク)、
は、漢語で、
免諸伎作屯牧雑色徒隷之徒、為白戸(北史・斉文宣紀)、
と、
奴隷、
の意である(字源)。
(連行される大納言(伴大納言絵詞) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%B4%E5%A4%A7%E7%B4%8D%E8%A8%80%E7%B5%B5%E8%A9%9Eより)
雑色、
とは本来、
種別の多いことおよび正系以外の脇役にあるもの、
を意味し、そうした傍系にある一群の人々を、
雑色人(ぞうしきにん)、
あるいは、
雑色(ぞうしき)、
とよんだ。古代の律令(りつりょう)制に始まり、
諸司雑色人、
といって、朝廷の官人や有位者の下にあって、
雑使に従う使部(しぶ・つかいのよぼろ)、宮廷の諸門の守衛、殿舎の清掃・管理・修理、乗輿(じょうよ)の調進、供御(くご)の食物の調理、水氷の供進などにあたる伴部(ばんぶ・とものみやつこ)、
等々の職種があった。それより身分が低く、
宮廷工房で生産にあたる品部(しなべ)・雑戸(ざっこ)、
も、
雑色、
に含める解釈もあり、各官司で、
写書、造紙、造筆、造墨、彩色、音楽などに従う諸生・諸手、
も、
雑色、
とよばれ、また、
造寺司のもとの各所の下級官人、仏工、画師、鋳工、鉄工、木工、瓦(かわら)工、
等々の工人も、
雑色、
に含まれる(日本大百科全書)とあり、
一般の農民=白丁(はくてい)とは区別され、属吏としての身分をもち、また官位を有するものもあり、課役を免除された(仝上)とあり、
下級の諸種の身分と職掌、
を表し、
供に侍(さぶら)ざうしき、三人ばかり、物も履かで、走るめる(枕草子)、
というような、
小者(コモノ)、
下男(シモヲトコ)、
僕隷(ぼくれい)、
を指す(大言海)。だから、古代には、「雑色」と括っても、
四等官の正規の官人に対する準官人、
農耕を本業とする思想によって末業の工芸民、
諸司に分属して専門技術に従う伴部や使部、
等々、その場所と立場に応じて異なった内容をもっていた(世界大百科事典)。
ただ、こうした律令制下での、
諸司の品部(しなべ)および使部(しぶ)、雑戸(ざつこ)、
の総称から、
蔵人所(くろうどどころ)に属する下級職員(下級の官人であるが、名誉職で、公卿の子弟や諸大夫が任じられ、本員数8人。代々蔵人に転ずる)、
や、平安時代以後
院司・東宮・摂関家などで雑役・走使いに任じた無位の職、
まで幅広く、一般に、
雑役に従う召使、
にもいうようになる(広辞苑・日本国語大辞典)。つまり、雑色の概念は拡大され、
諸国雑色人、
といって、国衙(こくが)や郡家で、上記に準じた身分のもの、
諸家雑色人、
として貴族の家務に従う従者にも適用され、また、
蔵人所(くろうどどころ)をはじめ政府の諸所が成立すると、
蔵人所雑色、
のような特殊なものも現れるようになる(日本大百科全書)。
武家社会になっても、武家の従者が、
雑色、
とよばれるのは、主として、
諸家雑色人、
の系譜を継ぎ、鎌倉幕府・室町幕府に所属する、
番衆(ばんしゅう)、
で、
雑役に従事する者、
を指す(岩波古語辞典)。
番衆、
とは、
番を編成して宿直警固にあたる者、
をいい、
営中に宿直勤番し、営内外の警衛その他雑務を掌ったもの、
の総称、
番方、
ともいい(精選版日本国語大辞典)、
狭義においては幕府に詰めて将軍及び御所の警固にあたる者、
を指す(仝上)。室町時代、
禁裏、仙洞御所に宿直勤番して警衛にあたった公家衆、
や、
封建領主や権力者の館、寺院などの警固にあたった郷民、門徒、
のこともいった(仝上)。戦国時代、
大名の城・館に宿直勤番して警衛にあたった武士、
を指し、江戸幕府では、職名となり、
江戸城をはじめ、大坂城、二条城、駿府城などの要害地の守備、および将軍の警衛にあたったもの、
の総称、
で、
番方、大番、書院番、小姓組、新番および小十人組、
の五種があった(精選版日本国語大辞典)。
室町時代から江戸時代にかけての、
雑色、
は、
京都所司代に属して雑役に当たった者、
をいい、
行政・警察・司法の補助をし、行幸啓(ぎょうこうけい)の先駆け、祇園会の警固、要人の警固、布告の伝達などの雑役に当たった町役人、
をいい(岩波古語辞典)、
四座雑色(しざのぞうしき)、
があり、
四条室町辻で京都を4分割して各方面(方内(ほうだい)という)を上雑色とよばれた五十嵐(北西)・荻野(北東)・松村(南西)・松尾(南東)の4家が統轄した、
ので四座の名がある(マイペディア)。
(「雜(雑)」 https://kakijun.jp/page/zatsu18200.htmlより)
「雜(雑)」(慣用ザツ・ゾウ、漢音ソウ、呉音ゾウ)は、「雑談」で触れたように、
会意兼形声。木印の上は衣の変形、雜は、襍とも書き、「衣+音符集」で、ぼろぎれを寄せ集めた衣のこと、
とある(漢字源)。混ぜ合わせることを意味する、ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%9C)。別に、
形声。意符衣(ころも)と、音符集(シフ→サフ)とから成る。いろいろのいろどりの糸を集めて、衣を作る意を表す。ひいて「まじる」意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(衣+集)。「衣服のえりもと」の象形(「衣服」の意味)と「鳥が木に集まる」象形(「あつまる」の意味)から、衣服の色彩などの多種のあつまりを意味し、そこから、「まじり」を意味する「雑」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji875.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95