匡衡を呼びて、女房とも和琴(わごん)を差し出して(今昔物語)、
にある、
和琴、
は、
日本の弦楽器、
で、
形は筝(こと)に似て、本の方が狭く、六絃、右手に爪(琴軋(ことさき 長さ7センチほどの鼈甲製の撥)を持って掻き鳴らし、左手は指先ではじく、
とあり(岩波古語辞典・大辞林)、色葉字類抄(平安末期)には、
倭琴、ワコン、
とある。
胴は桐製で全長190㎝前後、幅は本(もと 頭部)が約15cm、末(すえ 尾部)が約24cmであるが、古代のものははるかに小型。琴柱(ことじ)は楓の二股の小枝をそのまま利用、
とあり(広辞苑)。
尾端に櫛の歯型の切れ込みが 5ヵ所あり、それによって生じた6部分に分かれた凸部を、
弰頭(はずがしら)、
という。それより中央寄りに通弦孔が6個あり、本につけた横木にも通弦孔が6個ある。弰頭にかけた葦津緒(あしづお 白、黄、浅黄、薄萌葱の 4色のより糸)に弦を連結する、
もので(ブリタニカ国際大百科事典・世界大百科事典)、日本固有の楽器とされ、宮廷などで神楽(かぐら)歌・東遊(あずまあそび)・久米歌・大歌などの伴奏に用いる(仝上)。
東琴(あずづまごと)、
大和琴(やまとごと)、
六弦琴、
ともいう(仝上)。「筝(こと)」については「篳篥」(ひちりき)で触れたが、
箏の琴(しやうのこと)、
とよばれ(シヤウは呉音、サウノコトとも)、
十三絃琴、
である(岩波古語辞典)。「琴(きん)」の字を当てることもあるが、「箏」は、
琴、
とは別の楽器で、最大の違いは、箏は柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴は柱が無く、弦を押さえる場所で音程を決める、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%8F)。雅楽で用いる「筝」は、
楽箏(「がくごと」または「がくそう」)、
呼ばれる(仝上)。枕草子、源氏物語、平家物語等では、
そう(箏)、
そう(箏)のこと、
きん(琴)のこと、
わごと(和琴)のこと、
などと呼ばれていた(仝上)とある。
(和琴 大辞林より)
(和琴 今日の和琴は箏に似て、桐材の胴(槽)には、6本の絹弦が張られ、尾部は葦津緒(あしづお)と呼ばれる4色の絹の編みひもで止められ、柱には楓の枝の二股が、自然のままの形状を活かして取り入れられている https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc6/edc_new/html/104_wagon.htmlより)
「和琴(わごん)」は、その祖形を、
古代の日本にまで遡る、
とされる(https://www.musashino-music.ac.jp/guide/facilities/museum/web_museum/0078)、数少ない、
日本固有の楽器、
で、古代の日本には、
コト・フエ・ツヅミ・スズ・ヌリデ(銅鐸)、
等々の楽器が存在していたが、「コト」は神聖な楽器として特別な存在であった。コトは、
男性によって使用され、王位継承のシンボルでもあり、神事で用いられる祭器、
でもあった(仝上)。
なお、現在日本でよく知られる、
箏、
は大陸からの渡来楽器が基で、和琴とは起源や系統が異なる。 なお、和琴の起源は神代紀の、
天沼琴(あめのぬごと)、
で、
天石窟(あめのいわや)前で天香弓六張をならべ弦を叩いて音を調べた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%90%B4)。
(琴を弾く男性埴輪 琴は刻みが4弦分あるが板の上に弦が5本粘土で貼付けられていた痕跡が残っているhttps://www.miho.jp/booth/html/artcon/00005856.htmより)
平安時代は貴族の男女の遊びの場で楽器演奏や歌の伴奏に盛んに使われたが、貴族の没落とともに衰退し、現在では皇室関係の儀式、宮中雅楽演奏、神社・寺院の法要など、おもに神道(しんとう)系雅楽演奏の、ごく限られた場でのみかろうじてその存在を保っている(日本大百科全書)が、今日に伝わる和琴は、日本古来のコトを土台にして、奈良時代に伝来した外国のコトの影響を受けて改造されたものとみられている(仝上)。
『源氏物語』では、古代中国の士君子の倫理性を担った琴に対して、日本伝来の遊楽を楽しむ和琴が対比され、
琴は礼楽中心の楽器、
和琴は自由な発想を持った楽器、
として描かれた(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%90%B4)。
(江戸時代の和琴 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%90%B4より)
「箏(そう・しやう)」「笙」「篳篥」などについては、「篳篥」(ひちりき)で触れた。
「琴」(漢音キン、呉音ゴン)は、
会意兼形声。「ことの形+音符今(ふくむ、中にこもる)」。胴を密封して、中に音がこもることから命名した、
とある(漢字源)。
象形で、琴柱(ことじ)を立てた「こと」の胴体の断面の形にかたどる。のち、さらに音符今(キム)が加えられた、
とも(角川新字源)、
象形文字です。「横から見た琴」の象形から「こと」を意味する「琴」という漢字が成り立ちました。のちに「吟」に通じる音符の「今」を付けて、現在の「琴」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1315.html)、
形声。音符は今。その上部は琴の糸を張りわたした形。古い字形は琴の形の全体をあらわす象形の字であったが、のち糸の部分だけを残し、その音を示す今をそえて琴の字形となった、
とも(白川静『常用字解』)ある。
「琴」は、古くは、
五弦、
だったというが、東周のころから、
七絃、
で(漢字源)、
絃をおさえて音を調節し、右手で詰めをはめずにひく、
とある(仝上)。のち、
胡琴(コキン)、月琴、
など、
「こと」の総称、
となり、西洋楽器の、
提琴(バイオリン)、
風琴(オルガン)、
等々にも用いるようになった(仝上)。なお、「琴」と似た字に、
瑟(漢音シツ、呉音シチ)、
があるが、「瑟」は、
由之瑟、奚為於丘之門(論語 由ノ瑟、ナンスレゾ丘ノ門ニオイテセン)、
と、
おおごと、
で、古くは、
五十絃、
のち、
二十五絃、
十九絃、
十五絃、
などになった。
妻子奸合、如鼓琴瑟(小雅)、
と、
琴瑟、
は、
おおごととこと、
の意で、
琴と瑟とを弾じてその音がよく合う、
意から、転じて、
夫婦相和して睦まじいたとえ、
に使う(字源・漢字源)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95