守、聞きていはく、汝はけうとく人にもあらざりける者のこころかな(今昔物語)、
の、
けうとし、
は、
気疎し、
と当て、
このさるまじき御中の違ひにたれば、ここをもけうとくおぼすにやあらむ(蜻蛉日記)、
と、
気に入らず離れていたい、また、気持が離れてしまっている、疎遠だ、
と(広辞苑)、
感じからして疎遠だ、の意が原意、
とある(岩波古語辞典)。
ケは接頭語(大言海)、
とあり、
「対象に対する自身の関係の薄さ」を意味する「疎し」に、「何となく・・・の感じ」の意の「気」を付けて婉曲化した語。やがてその原義の「疎ましさ」の語感が失われ、連用形「けうとく」の形で「(良かれ悪しかれ)程度が甚だしい」を表わす用法も生じた、
ともある(https://fusaugatari.com/sample/1500voca/kyoutoshi2620/)。「け」は、
気、
と当て、接頭語、
カ(気)、
の転である(岩波古語辞典)。「か」は、
天(あめ)なる日売(ひめ)菅原(すがはら)の草な刈りそね蜷(みな)の腸(わた)か黒(ぐろ)き髪にあくた(芥)し付くも(万葉集)、
というように、
ノドカ・ユタカ・ナダラカ・アキラカ・サヤカ・ニコヤカなど、接尾語のカと同根、
で(仝上)、
か青、
か細し、
か弱し、
等々、
目で見た物の色や性質などを表す形容詞の上につき、見た目に……のさまが感じられるという意を表わす、
とある(仝上)。接尾語「か」も、母韻変化で、
あきらけし、
さやけし、
など、「ケ」となり、さらに、
さむげ、
と、「ゲ」に転じている。
この接頭語「け」は、
ほの=仄、
なま=生、
もの=物、
と同様、
はっきりしないけど、何となく・・・っぽい、
の感覚を表現している(https://fusaugatari.com/sample/1500voca/kyoutoshi2620/)、日本語独特の語感である。で、
けうとし、
は、
(なんとなく)疎ましい、
(なんとなく)厭わしい、
という感覚になる(大言海)。そこから転じて、
愕然、
と当て(仝上)、
けうとくもなりにける所かな。さりとも、鬼なども、我をば見許してむ(源氏物語)、
と(学研全訳古語辞典)、
気味が悪い、
人気(ひとけ)がなくて寂しい、
あるいは、
聞くもけうとき物怪の、人を亡(うしな)ひしありさま(謡曲「夕顔」)、
と、
怖ろし、
驚くべし、
の意でも使い(大言海)、
妻恋ふ声もけうとき野ら寝かな(時勢粧)、
と、
興醒め、
の意にも転じる(岩波古語辞典)。
この「けうとし」は、
今年いかなるにか、大風吹き、地震(なゐ)などさへ振りて、いとけうとましき事のみあれば(栄花物語)、
と、
けうとまし、
とも転化し、近世初期以降、
けうとし、
は、
Qiôtoi(キョウトイ)ウマ(驚きやすい馬)、
Qiôtoi(キョウトイ)ヒト(不意の出来事に驚き走り回る人)、
と(「日葡辞書(1603~04)」)、
きゃうとい(きょうとい)、
と発音した(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
なお、「気」については、「気」で、中国絵画における、気の表現については、宇佐美文理『中国絵画入門』で触れた。
(「氣」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%A3より)
(「氣」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%A3より)
「氣(気)」(漢音キ、呉音ケ)は、
会意兼形声。气(キ)は、いきが屈曲しながら出てくるさま。氣は「米+音符气」で、米をふかすときに出る蒸気のこと、
とある(漢字源)が、
形声。意符米(こめ)と、音符气(キ)とから成る。食物・まぐさなどを他人に贈る意を表す。「餼(キ)」の原字。転じて、气の意に用いられる、
ともあり(角川新字源)、
「氣」は「餼」の本字、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%A3)、
隸変後、「氣」は「气」の代用字、
ともある(仝上)。「隸変」とは、
漢代初期に中国語の表記が篆書体から隷書体に移行すると共に、書きやすくするためにある字の絵画的形態の省略や付け加え、変形を行う過程を通じて紀元前第2世紀の間に時とともに起った自然で漸進的で体系的な漢字の簡略化を指す、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%B7%E5%A4%89)。また、
会意兼形声文字です(米+气)。「湧き上がる雲」の象形(「湧き上がる上昇気流」の意味)と「穀物の穂の枝の部分とその実」の象形(「米粒のように小さい物」の意味)から「蒸気・水蒸気」を意味する「気」という漢字が成り立ちました、
とする説もある(https://okjiten.jp/kanji98.html)。
(「踈」(「疎」の俗字) https://kakijun.jp/page/E6F1200.htmlより)
「疎(踈)」(漢音ソ、呉音ショ)は、
会意兼形声。疋(ショ)は、あしのことで、左と右と離れて別々にあい対する足。間をあけて離れる意を含む。疎は「束(たば)+音符疋」で、たばねて合したものを、一つずつ別々に離して、間をあけること、
とあり(漢字源)、
疏と同じ、
踈は異字体、
とあり、「疏水」と、「とおす」意、「上疏」と「一条ずつわけて意見をのべた上奏文」の意、「中疏」と「難しい文句を、ときわけて意味を通した解説」の意で使うときに、「疎」ではなく「疏」を使うとあり(仝上)、「疏」(漢音ソ、呉音ショ)は、
会意兼形声。「流(すらすらとながす)の略体+音符疋(ショ)」、
とある。別に、「疎」は、
「疏」の異体字。「㐬」の筆画が「束」の形に変わった字体、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%8E)、「疏」は、
形声。「㐬 (流の省略形)」+音符「疋 /*TSA/」。「(水流や道などが)とおる」を意味する漢語、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%8F#%E5%AD%97%E6%BA%90)。
また、「疎」は、
疏(ソ)の俗字、
とし、「疏」は、
会意。疋と、㐬(とつ 子どもが生まれる)とから成る。子どもが生まれることから、「とおる」意を表す、
とあり(角川新字源)、別に、
「疏」は「疎」の旧字、
とし、「疎」と「疏」を、別由来として、「疏」の成り立ちは、
会意兼形声文字です。「人の胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「足」の意味)と「子が羊水と共に急に生れ出る象形」(「流れる」の意味)から、足のように二すじに分かれて流れ通じる事を意味し、そこから、「通る」、「空間ができて距離が遠くなる」を意味する「疏」という漢字が成り立ちました、
と、「疎」の成り立ちは、
形声文字です(疋+束)。「人の胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「足」の意味だが、ここでは、「疏(ソ)」に通じ(同じ読みを持つ「疏」と同じ意味を持つようになって)、「離す」の意味)と「たきぎを束ねた」象形(「束ねる」の意味)から、「束ねたものを離す」を意味する「疎」という漢字が成り立ちました
と説くものもある(https://okjiten.jp/kanji1968.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95