2023年04月20日
牽牛子(けにごし)
牽牛子(けにごし)の花を見ると云ふ心を、中将かくなむ、あさがほをなにはかなしと思ひけむ人をも花はさこそみるらめ、と(今昔物語)、
にある、
牽牛子(けにごし)、
は、
アサガオの異称、
で(広辞苑)、
アサガオの中国名を、ケニは牽の字音(ken)の後に母音iを添えて、日本風にした形、ゴは牛の呉音、
とあり(岩波古語辞典)、
けんごし、
ともいう(広辞苑)のは、iを添えないだけのことのようだ。
牽牛子(ケヌゴシ)の転、
とある(大言海)のも転訛の一つなのだと思われる。漢語では、
牽牛、
は、
ケンギュウ、
と訓み、
アサガオ、
は、
牽牛花(ケンギュウカ)、
とあり、類聚名義抄(11~12世紀)に、
蕣(キバチス)、アサガホ、
とあるように、
蕣花(しゅんか)、
ともいう(字源)が、これは、
むくげ、
をさす(デジタル大辞泉)。このことは、後述する。
和名類聚抄(平安中期)には、
牽牛子、阿佐加保、
とある。
牽牛子は、アサガオを意味する「牽牛」の、
種子
をいう。漢方で、
味苦寒、有毒。気を下し、脚満、水腫を療治し、風毒を除き、小便を利す(「名医別録(1〜3世紀頃)」)、
とされ、漢方薬に用いる生薬としては、
アサガオの種子を乾燥させ粉末にしたもの、
で、
強い下剤作用がある。利尿剤としても用いられる。強い下剤である牽牛子丸、牽牛散に含まれる。下剤作用が強いので、注意が必要、
とある(漢方薬・生薬・栄養成分がわかる事典)。
「牽牛子」の名の由来は、
古代中国においてアサガオの種子は牛と取引されるほど高価な薬だった、
謝礼として牛を牽(ひ)いて来たという逸話に由来する、
アサガオの花を牛車に積んで売り歩いた、
等々の諸説がある(https://www.fukudaryu.co.jp/sozai2/kengoshiHP.pdf)が、中国六朝時代の医学者・科学者、陶弘景(456~536)は、
この薬は農民の間で使用が始まったもので、人々はこの薬を交易するために牛を牽いて出かけたので牽牛子という、
と述べている(https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/shoyaku.html?page=107)し、宋代(1100年)の本草書『證類本草(しょうるいほんぞう)』にも、
此薬始出田野人、牽牛易薬、故以名之、
とある。
「朝顔」は、「あさがほ」で触れたように、
桔梗、
にも、
木槿、
にも、
呼ばれたが、
木槿も牽牛子(漢方、朝顔の種)も後の外来ものなれば、万葉集に詠まるべきなし、
と(大言海)し、
桔梗、
の意であった、とされる。今日の「あさがお」は、
奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%82%AC%E3%82%AA)が、
遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる、
としている(仝上)。平安初期の新撰字鏡も、
桔梗、阿佐加保(あさがほ)、
とし、岩波古語辞典も、「朝顔」が、万葉集で歌われているのは、
桔梗、
の意で、輸入された、ムクゲが美しかったので、それ以前にキキョウにつけられていた「あさがほ」という名を奪った、とする。名義抄(11世紀末から12世紀頃)には、その後、平安時代に中国から渡来した、その実を薬用にした牽牛子(けにごし)が、ムクゲよりも美しかったので、「あさがほ」の名を奪った、
と(岩波古語辞典)ある。「桔梗」、「ムクゲ」については触れた。
中国では、牽牛子の原植物としてアサガオを当てるが、前述の陶弘景は、
花の形は扁豆のようで、黄色く、子は小さな房を作る、
と記し、アサガオとは異なるとしたものの、唐代の本草書『新修本草(しんしゅうほんぞう)』では、
花はヒルガオに似ており、碧色で、黄色ではなく扁豆にも似ていない。人々は原植物を秘密にしていて、陶氏は実物を見ることなく誤った情報を書き広めたのだ、
とし、宋代『開宝本草』では、
蔓性であること、子には黄色い殻が有り、実は黒いこと、
とし、北宋『図経本草』でも、
葉は三尖角で、8月に結実し毬のように白皮に包まれ、中には4〜5個の子があり、蕎麦大で、白黒の二種がある、
としており(https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/shoyaku.html?page=107)、牽牛子がアサガオであったことは間違いなさそうである。
種皮の色によって区別され、白いものを、
白丑(はくちゅう)・白牽牛子、
黒いものを、
黒丑(こくちゅう)・黒牽牛子、
といい(https://www.fukudaryu.co.jp/sozai2/kengoshiHP.pdf)、両者の効能は変わらないが、古くは白種子を尊み、今日では黒種子の方がよく用いられている(仝上)、とある。元代の医師、朱震亨(しゅしんこう)は、
牽牛は火に属して善く走るものだが、黒い色は水に属し、白い色は金に属するものであって、病形と証とともに実して脹満せず、大便の秘せぬものでないかぎりは軽々しく用いていはいけない。その駆逐する作用でもって虚を惹起する。先哲は深く戒めている、
という(https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/shoyaku.html?page=107)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95