2023年05月07日
ねびまさる
寄りて見れば、見し時よりもねびまさりて、あらぬ者にめでたく見ゆ(今昔物語)、
の、
ねびまさる、
は、
成人して、大人びて、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。因みに、「あらぬ者」は、
其の人とは思えぬほど立派に、
とある(仝上)。
ねびまさる、
は、
ねび勝る、
と当てたり(広辞苑)、
老成勝る、
と当てたりする(大言海)が、
(比較して)成熟の度がきわだつ、より生育して見える(岩波古語辞典)、
年齢よりも大人びてみえる、また、年齢とともに美しくなる。年をとって一層立派になる(広辞苑)、
年齢よりもませて見ゆ、また、長ずるに随ひて、美しくなる(大言海)、
年をとるにつれて立派になる、年齢より成熟している(大辞林・大辞泉)、
年齢よりもおとなびてみえる。また、成長するにつれて美しく立派になる(日本国語大辞典)、
成長に従って立派になる。成長して美しくなる。年よりもおとなびる(学研全訳古語辞典)、
などとあり、
その年齢よりは大人びて見える、
意とともに、時間経過を加味して、
成長に従って立派になる、
年齢とともに美しくなる、
の意を併せ持っているが、
綿とりてねびまさりけり雛の顔(五元集)、
と、
年をとる、
ますますふける、
と、
老ゆ、
とほぼ同義でも使われる(日本国語大辞典)。ただ、
年をとり、成熟の度を増す、
という「ねびまさる」の、
成長に従って立派になる、
という含意を残しているように思われる。
「ねびまさる」の、
ねぶ、
は、
老成、
と当てたりする(大言海)が、
年をとったのにふさわしい行動をする意、類義語オユ(老)は、年をとって衰えに近づく意、
とあり(岩波古語辞典)、
(五十歳のこの尼は)ねびにたれどいと清げによしありて、ありさまもあてはかなり(源氏物語)、
と、
いかにも年のいった様子をする、
意や、
(十四歳の)御門は御としよりはこよなうおとなおとなしうねびさせ給ひて(源氏物語)、
と、
(年齢の割に)おとなびた、成熟する、
意で使う。
若き気配の失せてひねたり、
ともあり(大言海)、
およづく、
と同義ともある(仝上)。「およづく」は、
老就く、
と当て(大言海)、
老就(おいづ)くの転、
とあり(仝上)、
此御子のおよづけもておはする御貌、心ばへ、ありがたく(源氏物語)、
と、
児童、生立(おひたち)にまして智慧づく、おとなめく、
意で、
ねびる、
ませる、
と同義とある(大言海)。「およづく」は、
およすぐ、
と同義ともある(岩波古語辞典)。この「およすぐ」は、
仮名文に多く、およすげとあれど、皆誤りなり、
とある(大言海)ように、「およすぐ」は、
活用形は連用形だけ(およすげ)しかない。オヨスは老ユの他動詞形。名義抄に「耆、オヨス」の例があり、ゲは本来気(け)の意の名詞形。したがって年とった様子の意が原義、それがワラハゲ(童)と同じく、下二段活用の語尾としてつかわれたもの(岩波古語辞典)、
連用形「およすけ」だけが使われる。「おゆ(老)」と関係ある語といわれる。「すく」の清濁不明、精神的・肉体的に、年齢以上におとなびているさまを表わす。語源について「老就(付)く」から転じたとする説があるが、「およづく」は古写本の仮名づかいからみて誤りである。また、老人の意の「およすけ」が動詞化したものとする説もある(精選版日本国語大辞典)、
と、対立があるが、
大人ぶる、
成長する、
意で使われ、「ねぶ」と同義で使われている(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
こうみてみると、
ねびまさる、
は、
おとなびた、
意の、
ねぶ、
に、
まさる、
という意味では、単なる、
大人びた、
ではなく、
年齢を遥かに超えた成熟度、立派さ、
という含意を持っているように見える。
「ねぶ」の語源は、
陳(ひね)ぶの上略、
とする説(大言海)しか載らないが、
ひね、
は、
晩稲、
と当て、
干稲(ヒイネ)の約、
とあり、奥手の稲、
とある(仝上)。色葉字類抄(平安末期)に、
晩稲、ヒネ、
江戸後期の辞書注釈書『箋注和名抄』に、
晩稲、比禰、……於久天乃以禰、
とある。で、その転として、
陳、
と当てる「ひね」は、
殻の去年以前に収穫せるもの(今年の新米に対す)、
意の、
陳米(ひねまい)、
つまり、
古米、
である。箋注和名抄に、
今人称舊穀為比禰、
とある。そのメタファとして、
老成、
とあてた「ひね」は、
ものの熟したること、
ふるびたること、
の意で使い、室町時代編纂のいろは引きの国語辞典『運歩色葉集(うんぽいろはしゅう)』には、
古、ヒネ、
とある。つまり、「ひね」の動詞形、
ひぬ、
は、
古、
陳、
とあて、
恋のひねたが夫婦のいさかい(三代男)、
と、
古くなる、
年を経る、
意である(岩波古語辞典)。
「勝」(ショウ)は、「殊勝」で触れたように、
会意文字。朕(チン)は「舟+両手で持ち上げる姿」の会意文字で、舟を水上に持ち上げる浮力。上に上げる意を含む。勝は「力+朕(持ち上げる)」で、力を入れて重さに耐え、物を持ち上げること。「たえる」意と「上に出る」意とを含む。たえ抜いて他のものの上に出るのがかつことである、
とある(漢字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95