本(もと)より有識(いうしき)なる者にて、賤しき事をばせずして(今昔物語)、
の、
有識、
は、
教養ある者、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。この、
有識(ゆうしき)、
は、漢語であり、
凡學事毋為有識者所笑、而為見仇者所快(漢書・朱浮傳)
ものしり、
見識ある人、
の意で(字源)、
有識之士、心獨怪之(後漢書・何皇后紀)、
と、
有識之士、
という言い方もある(仝上)。和語でも、
有識(ゆうしき)
は、
いと有識の者の限りなむなりかし、さてはうたはいかがありけむ(宇津保物語)、
と、
広く物事を知っていること、
学問・識見のあること、
の意で使うが、さらに、その知識の中身を、
とりどりに有識にめでたくおはしまさふもただことごとならず(大鏡)、
と、
諸芸諸道にすぐれていること、
芸能が上手であること、また、その人、
の意で用い、また、
たぐひなき天の下のゆうそくにはものし給めれど(夜の寝覚)、
と、
才知・人柄・家柄・容貌などのすぐれた人、
の意で使ったりするが、さらにそれを、
ある有職の人、白き物を着たる日は火ばしを用ゐる、苦しからずと申されけり(徒然草)、
と、
朝廷や公家の制度・故実などに精通していること、また、その人、
の意に特定して使い、この場合、
ゆうしき、
ゆうしょく、
とも訓ませ、
有識、
に、
有職、
とも当てるようになる(日本国語大辞典)。
有職故実、
有識故実、
の、
有識、
有職、
である。また、
有識、
を、
うしき、
と訓ませると、仏語で、
対象を分析、認識する心のはたらきのあるもの、
心識あるもの、
の意(精選版日本国語大辞典)で、
有情(うじょう)、
である。
心識、
とは、仏語で、
心のこと、
であり、
心王の種々のはたらきを蔵するところから、心といい、その識別のはたらきから識というが、小乗ではこれらを同じものとみる、
とあり、また、
六識(ろくしき)、
八識(はっしき)、
などの総称(「八識」で触れた)でもある。
有情(うじょう)、
とは、仏語で、
Sattva(生存するものの意)、
つまり、山川草木などの、
非情・無情、
の対で、
感情など心の働きを持っているいっさいのもの、
つまり、
人間、鳥獣などの生き物、
をいう。この「有識」の意味の派生で、
うしき、
は、
醍醐の惡禅師は、後、有識に任じて、駿河阿闍梨といひけるが(平治物語)、
と、
僧の職名、
として使い、
僧綱(そうごう 僧尼を管理するためにおかれた僧官の職で、僧正・僧都・律師からなる)、
に次ぐ、
已講(いこう 「三会已講師(さんえいこうし)」の略 宮中の御斎会、薬師寺の最勝会、興福寺の維摩会の三会の講師を勤めた)、
内供(ないぐ 「内供奉(ないぐぶ)」の略 宮中の内道場に奉仕し、御斎会(ごさいえ)のときに読師(どくし)、または天皇の夜居(よい)を勤めた)、
阿闍梨(あじゃり ācārya の音訳。弟子を教授し、その軌範となる師の意)、
の総称として用いる(岩波古語辞典・大言海)。
(「職」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%B7より)
「職」(漢音ショク、呉音シキ)は、
会意兼形声。戠の原字ば「弋(くい)+辛(切れ目をつける刃物)」からなり、くいや切れ目で目じるしをつけること。のち、「音(口に出さずだまっているさま)+弋(めじるし)」の会意文字となり、口で言う代わりにしるしをつけて、よく区別すること、識別の識の原字。職はそれを音符とし、耳をくわえた字で、耳できいてよく識別することを示す。転じて、よく識別でき、わきまえている仕事の意となる、
とある(漢字源)が、別に、
形声。「耳」+音符「戠 /*TƏK/」。「しる」「わかる」を意味する漢語{識 /*stək/}を表す字。のち仮借して「しごと」「公務」を意味する漢語{職 /*tək/}を表す字、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%B7)、
形声。耳と、音符戠(シヨク)とから成る。耳に聞いて知り覚える意を表す。転じて「つかさ」の意に用いる、
とも(角川新字源)、
形声文字です(耳+戠)。「耳」の象形と「枝のある木に支柱を添えた象形とはた織りの器具の象形」(はたをおるの意味だが、ここでは、「識(ショク)」に通じ(同じ読みを持つ「識」と同じ意味を持つようになって)、「他と区別して知る」の意味)から、よく聞きわきまえる事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「細部までわきまえ努める仕事」を意味する「職」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji788.html)あり、いずれも会意文字(既存の複数の漢字を組み合わせて作られた文字)ではなく、形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)説を採る。
「識」(漢音ショク、呉音シキ、漢音・呉音シ)は、「八識」で触れた。
「有」(漢音ユウ、呉音ウ)は、「有待(うだい)」、「中陰」で触れた。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95