我はそこのおはしつらむ御坊の大娘(おほいらつめ)なり(今昔物語)、
とある、
大娘(おほいらつめ)、
は、
長女、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
おほいらつめ(おおいらつめ)、
は、
大嬢、
とも(岩波古語辞典・大言海)、
大郎女、
とも(精選版日本国語大辞典)当て、次女に当たる、
弟女(おといらつめ)、
あるいは、
二嬢(おといらつめ)、
の対で(岩波古語辞典・大言海)、
三尾君(みおのきみ)加多夫(かたぶ)の妹、倭比売に娶(めと)して生みませる御子、大郎女(おほいらつめ)(古事記)
と、
第一の女、
大姉(おほあね)、
おおおみな、
つまり、
長女、
の意である(仝上)。
貴人の長女を親しんでよぶ語、
なので、
大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)、
と、
名前の下につける(デジタル大辞泉)。
一に云はく、稲日稚郎姫(いなびのわきいらつめ)といふ。郎姫、此をば異羅菟咩(イラツメ)と云ふ(日本書紀・景行二年)、
と、
いらつめ(郎女)、
は、
いらつこ(郎子)、
の対で、
いらつひめ、
ともいい、
天皇または皇族を父とし、皇族に関係ある女を母とした女子を言うことが多い。記紀の景行以後、殊に応神以後に見える語、
とあり(岩波古語辞典)、そこから、
上代、女子に対する親愛の情をこめた称、
として用いられていく(仝上・精選版日本国語大辞典)。「郎女」の対、
いらつこ(郎子)、
は、
いらつきみ、
ともいい、
宮主矢河枝比売(みやぬしやがはえひめ)を娶(あ)ひて生みませる御子、宇遅能和紀郎子(うぢのわきいらつこ)(古事記・応神紀)、
と、
天皇または皇族を父とし、皇族に関係ある女を母とした男子の称か。系譜の上で応神天皇に関係ある男子に少数見える語、
とあり(岩波古語辞典)、転じて、
時に太子(ひつきのみこ)、菟道(うちの)稚郎子(わかいらつこ)、位を大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)に譲りて、未即帝位(あまつひつきしろしめさす)(日本書紀・仁徳紀)、
と、
上代、男子に対する親愛の情をこめた称、
として用いる(精選版日本国語大辞典)。
郎子(ろうし)、
は、漢語で、
郎君、
と同義で、
幼時、見一沙門、指之曰、此郎子好相表、大必為良将責極人臣、語終失之(北史・暴顯傳)、
と、
他人のむすこの敬称、
である(字源)。しかし、
郎女、
は、
漢語にはない。
郎子(いらつこ)と対にして、日本語のイラの音を表すためにラウの音の「郎」を使ったものと見られる、
とあり(岩波古語辞典)、
郎子、
も、
イラツメ(郎女)に対して作られた語らしく、イラツメに比して例が極めて少ない、
とある(仝上)。
いらつめ、
いらつこ、
の、
いら、
は、
「いら」は「いろも」「いろせ」「かぞいろ」など特別な親愛関係を示す「いろ」と関係があり、「つ」はもと、連体修飾の助詞。「いらつめ」と同様、何らかの身分について用いられた一種の敬称と思われるが、平安時代には衰えた、
とある(精選版日本国語大辞典)が、「同母(いろ)」、「色」で触れたように、このイロの語を、
親愛を表すと見る説が多かったが、それは根拠が薄い、
とされ(岩波古語辞典)、この「いら」は、
イロ(同母)の母音交替形、
と見られる(仝上)。当然、そうなれば、
イリビコ・イリビメのイリと同根、
ということになる(仝上)。ちなみに、
御間城入日子印惠命(みまきいりびこいにゑのみこと)……尾張連の祖、意富阿麻比売(おほあまひめ)を娶(あ)ひて生みませる御子、大入杵命(おほいりきのみこと)、次に八坂之入日子命(やさかのいりびこのみこと)、次に沼名木之入日売命(ぬなきのいりひめのみこと)(古事記)、
とある、
いりびこ(入彦)、
いりひめ(入日売)、
は、
崇神・垂仁・景行の三代にあらわれる名、多くイリビコ、イリビメと一対で、兄妹の間の名に使われる。いずれも、天皇・皇族、母は皇族・豪族の娘で、イリビコの中には天皇の位についた者があり、イリビメは祭祀に携わる巫女と思われる者がある。イリは同腹を表す語であったととも考えられる、
とある(仝上)。で、
同母、
と当てる「いろ」は、
イラ(同母)の母音交替形(郎女(いらつめ)、郎子(いらつこ)のイラ)。母を同じくする(同腹である)ことを示す語。同母兄弟(いろせ)、同母弟(いろど)、同母姉妹(いろも)などと使う。崇神天皇の系統の人名に見えるイリビコ・イリビメのイリも、このイロと関係がある語であろう、
とある(岩波古語辞典)。この「いろ」が、
イロ(色)と同語源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
色の語源は、血の繋がりがあることを表す「いろ」で、兄を意味する「いろせ」、姉を意味 する「いろね」などの「いろ」である。のちに、男女の交遊や女性の美しさを称える言葉となった。さらに、美しいものの一般的名称となり、その美しさが色鮮やかさとなって、色彩そのものを表すようになった(語源由来辞典)、
と、色彩の「色」とつながるとする説もあるが、
其の兄(いろえ)神櫛皇子は、是讃岐国造の始祖(はじめのおや)なり(書紀)、
と、
血族関係を表わす名詞の上に付いて、母親を同じくすること、母方の血のつながりがあることを表わす。のち、親愛の情を表わすのに用いられるようになった。「いろせ」「いろと」「いろも」「いろね」など、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
異腹の関係を表わす「まま」の対語で、「古事記」の用例をみる限り、同母の関係を表わすのに用いられているが、もとは「いりびこ」のイリ、「いらつめ」のイラとグループをなして近縁を表わしたものか。それを、中国の法制的な家族概念に翻訳語としてあてたと考えられる、
とされる(仝上)。因みに、「まま」は、
継、
と当て、
親子・兄弟の間柄で、血のつながりのない関係を表す。「まませ」「ままいも」は、同父異母(同母異父)の兄弟・姉妹、
である(岩波古語辞典)。また、
兄弟姉妹の、異腹なるものに被らせて云ふ語、嫡庶を論ぜず、
とある(大言海)。新撰字鏡(898~901)には、
庶兄、万々兄(まませ)、…(庶妹)、万々妹(ままいも)、継父、万々父(ままちち)、嫡母(ちゃくぼ)、万々波々(ままはは)、
とある。その語源は、
隔てあるところから、ママ(閒閒)の義(大言海・言元梯)、
マナの転で、間之の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ママ(随)の義。実の父母の没後、それに従ってできた父母の意(松屋筆記)、
等々があるが、たぶん。「隔て」の含意からきているとみていいのではないか。
ただ、
いろ、
は、
イラ(同母)の母音交替形(岩波古語辞典)、
イロ(色)と同語源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
など以外に、その語源を、
イは、イツクシ、イトシなどのイ。ロは助辞(古事記伝・皇国辞解・国語の語根とその分類=大島正健)、
イロハと同語(東雅・日本民族の起源=岡正雄)、
イヘラ(家等・舎等)の転(万葉考)、
イヘ(家)の転(類聚名物考)、
蒙古語elは、腹・母方の親戚の意を持つが、語形と意味によって注意される(岩波古語辞典)、
「姻」の字音imの省略されたもの(日本語原考=与謝野寛)、
等々とあるが、蒙古語el説以外、どれも、「同腹」の意を導き出せていない。といって蒙古語由来というのは、いかがなものか。
イロハと同語、
とある「いろは」は、
母、
と当て、類聚名義抄(11~12世紀)に、
母、イロハ、俗に云ふハハ、
とある。つまり、
イロは、本来同母、同腹を示す語であったが、後に、単に母の意とみられて、ハハ(母)のハと複合してイロハとつかわれたものであろう(岩波古語辞典)、
ハは、ハハ(母)に同じ、生母(うみのはは)を云ひ、伊呂兄(え)、伊呂兄(せ)、伊呂姉(セ)、伊呂弟(ど)、伊呂妹(も)、同意。同胞(はらから)の兄弟姉妹を云ひしに起これる語なるべし(大言海)
とあるので、「いろ」があっての「いろは」なので、先後が逆であり、結局、
いら、
いり、
とも転訛する「いろ」の語源ははっきりしない。
色彩、
の意の「色」については、「いろ」、「色」で触れた。
「大」(漢音タイ・タ、呉音ダイ・ダ)は、「大樹」で触れたように、
象形。人間が手足を広げて、大の字に立った姿を描いたもので、おおきく、たっぷりとゆとりがある意。達(タツ ゆとりがある)はその入声(ニッショウ つまり音)に当たる、
とある(漢字源)。
(「郎」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%83%8Eより)
「郞(郎)」(ロウ)は、
会意兼形声。良は粮の原字で、清らかにした米。郎は、「邑(まち)+音符粮」で、もとは春秋時代の地名であったが、のち良に当て、男子の美称に用いる、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(良+阝(邑))。「穀物の中から特に良いものだけを選びだす為の器具」の象形(「良い」の意味)と「特定の場所を示す文字と座りくつろぐ人の象形」(人が群がりくつろぎ住む「村」の意味)から、良い村を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「良い男」を意味する「郎」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1482.html)。
「女」は、「をんな」、「め」で触れたように、
「女」(漢音ジョ、呉音ニョ、慣用ニョウ)は、
象形、なよなよしたからだつきの女性を描いたもの、
とある(漢字源)が、
象形。手を前に組み合わせてひざまずく人の形にかたどり、「おんな」の意を表す、
とあり(角川新字源)、
象形文字です。「両手をしなやかに重ね、ひざまずく女性」の象形から、「おんな」を意味する「女」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji32.html)。甲骨文字・金文から見ると、後者のように感じる。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95