漸くかれがれになりつつ、前々(さきざき)の様(やう)にも無かりけり(今昔物語)、
の、
かれがれ、
は、
うとうとしくて、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。「うとうとし」は、
疎疎し、
と当て、
心寄せ聞え給へば、もて離れてうとうとしきさまにはもてなし給はざりき(源氏物語)、
と、
親しくない意の「うとい」を強めて言う語、
で、
いかにもよそよそしい、
疎遠である、
意である(岩波古語辞典・広辞苑)。
かれがれに、
は、
離れ離れ、
枯れ枯れ、
嗄れ嗄れ、
涸れ涸れ、
等々とあてる(日本語活用形辞書)ようだが、
形容動詞「離れ離れだ」「枯れ枯れだ」「嗄れ嗄れだ」「涸れ涸れだ」の連用形である「離れ離れに」「枯れ枯れに」「嗄れ嗄れに」「涸れ涸れに」に、動詞「なる」が付いた形、
の、
かれがれになる、
や、
かれがれなる、
という使い方をする。大言海は、
枯れ枯れ、
とあてる「かれがれ」は、
野辺の草どもも、皆、かれがれになりて(狭衣物語)、
と、
草木の枯れむとする状に云ふ語、
また、
蟲の音もかれがれになる長月の浅茅が末の露の寒けさ(後拾遺和歌集)、
と、
声の嗄れ盡むとする状に云ふ語、
さらに、
小車のわたりの水のかれがれにひれ振る魚は我をよばふか(夫木集)、
と、
水の乾かむとする状に云ふ語、
とし、
離れ離れ、
と当てる「かれがれ」は、
離(か)る、
の意で、
忘れじと言ひはべりける人のかれがれになりて、枕箱取りにおこせてはべりけるに、たまくしげ身はよそよそになりぬとも二人契りし事な忘れそ(後拾遺)、
と、
(多く男女の情交に云ひ)はなればなれに、わかれわかれに、
の意として使うとある。前者は、
枯れ枯れ、
嗄れ嗄れ、
涸れ涸れ、
とも当てると思われる。ただ、和歌では、「離れ離れ」に、
「枯れ枯れなり」とかけて用いることが多い、
とある(学研国語大辞典)ので、本来、
枯れ枯れ、
という状態表現であったものを、価値表現に転じたことで、
離れ離れ
と当てるようになったのではあるまいか。含意には、
枯れ枯れ、
が翳のように残っている。
枯る、
涸る、
乾る、
嗄る、
と当てる、
かる、
と、
離る、
と当てる、
かる、
とでは、意味が違い過ぎる。前者(枯・涸・乾・嗄)は、
カル(涸)と同根、
で(岩波古語辞典・大言海)、
水気がなくなってものの機能が弱り、正常に働かず死ぬ意。類義語ヒ(干)は水分が自然に蒸発する意だけで、機能を問題にしない、
とある(岩波古語辞典)。後者(離)は、
切(き)るると通ず、
とある(大言海)ように、
空間的・心理的に、密接な関係にある対手が疎遠になり、関係が絶える意。多く歌に使われ、「枯る」と掛詞になる場合が多い。類義語アカル(分・別)は散り散りになる意。ワカル(分・別)は一体となっているものごと・状態が、ある区切り目をもって別のものになる意、
とある(仝上)。
(「枯」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%AFより)
「枯」(漢音コ、呉音ク)は、
会意兼形声。古は、人間のかたい頭骨を描いた象形文字。枯は「木+音符古」で、ひからびてかたくなった木、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(木+古)。「大地を覆う木」の象形と「固いかぶと」の象形(「固くなる・ふるい」の意味)から、「木がかれて固くなる・ふるくなる」を意味する「枯」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1177.html)。
「離」(リ)は、
会意。「离」は大蛇(それの絡んだ形)で、離は「隹(とり)+大蛇の姿」で、もとへびと鳥が組みつはなれつして争うことを示す。ただし、普通は麗(きれいに並ぶ)に当て、二つ並んでくっつく、二つべつべつになる意をあらわす、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%A2)。別に、
形声。隹と、音符离(チ、リ)とから成る。こうらいうぐいすの意を表す。借りて「はなれる」意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(离+隹)。「頭に飾りをつけた獣」の象形と「尾の短いずんぐりした小鳥」の象形から、「チョウセンウグイス」の意味を表したが、「列・刺」に通じ(「列・刺」と同じ意味を持つようになって)、切れ目を入れて「はなす」を意味する「離」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1304.html)。
(「涸」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B6%B8より)
「涸」(慣用コ、漢音カク、呉音ガク)は、
会意兼形声。古は頭蓋骨を描いた象形文字で、かたくかわいた意を含む。固は「囗(四方を囲んだ形)+音符古」の会意兼形声文字で、周囲からかっちり囲まれて動きのとれないこと。涸は「水+音符固」で、水がなくなってかたくなること、
とある(漢字源)。
「嗄」(漢音サ、呉音シャ)は、
会意。「口+夏」。夏はかすれてざらざらすることを水気のかれる夏に喩えた意味。砂(沙)と同系で、ざらざらと摩擦を生じる意を含む、
とある(漢字源)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95