賤しくとも前(さき)追はむひとこそ出し入れてみめ(今昔物語)、
の、
前追ひ、
は、
行列を作り、前払いをさせる身分の人、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。「前追」は、
先追、
とも当て、
貴人が外出する際、その行列の先頭に立って、路上の人々をじゃまにならないように声を立てて追い払うこと。また、その人のこと、
で、
あそび人御車などすぎて、たちをくれて、これもさきをひて、年廿ばかりの男(宇津保物語)
仍りて平旦(とら)時を取りて警蹕(みさきおひ)既に動きぬ(日本書紀)、
と、
さき、
先払い、
先駆け、
先使い、
警蹕(けいひつ・みさきおひ)、
前駆(ぜんく)、
先駆(せんく)、
ともいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑・大辞林)。類聚名義抄に、
前駈、オホムサキオヒ、サキバラヒ、
とある。「前駆(駈)」は、
王出入、則自左馭而前駆(周禮)、
と漢語であり、「警蹕」も、
従千乗萬騎、出稱警、入言蹕、擬於天子(漢書)、
と漢語で、
行幸の時、道をいましめ通行どめをする、蹕は、行人を止むる義、
とあり(字源)、
出るときには「警」(気をつけよ)、入るときには「蹕」(止まれ)と声をかけて制止した、
とある(日本大百科全書)。
先駆(センク)、
も、
鄒子如燕、昭王擁篲先駆(孟軻傳)、
と、やはり、
さきばらい、
の意の漢語である。
「蹕」(漢音ヒツ、呉音ヒチ)は、
会意兼形声。「足+音符畢(ヒツ おさえる、すきまを封じる)」。道行く人に警告して、粗相のないように取り締まること、
とある(漢字源)。「蹕」自体に、
さきばらい、
の意があり、
君王の出で行くに、道路を警戒して行人をとどめる、
意である。古今注に、
警蹕所以戒行使也……秦制出警入蹕、
とある(字源)。「警蹕」は、和語では、
警蹕(サキバラヒ)、
と訓ませ、
御膳(おもの)まゐる足音たかし。警蹕(けいひち)などおしといふ声きこゆるも(枕草子)、
昼の御座の方におものまゐる足音高し。けはひなどをしをしといふ声きこゆ(能因本枕)
など(精選版日本国語大辞典)と、
天皇または貴人の出入り、神事の時などに、先払いが声をかけて、あたりをいましめ、「おお」「しし」「おし」「おしおし」などと発声した、
ので(広辞苑)、
その声、
の意もある(日本国語大辞典)。発声者の順位や作法は細かく定められており、天皇の召しを受けた時などの発声は、
称唯(いしょう)、
と言った(精選版日本国語大辞典)とある。
(前駆 精選版日本国語大辞典より)
みさきおい、
みさきばらい、
けいひち、
とも言った(仝上・広辞苑)。もともと、
帝王に対してのみ用いられた、
のは漢語で知られるが、日本でも、
もっぱら天皇の出御・入御に際して行なわれ、やや降って陪膳の折にも行なわれ、次第に高貴な卿相公達もまた、私行の時に密かに行なうようになった、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
行幸時に殿舎等の出入りのさい、
だけでなく、
天皇が公式の席で、着座、起座のさい、
天皇に食膳を供えるさい、
等々にも、まわりをいましめ、先払をするため側近者が発した(世界大百科事典)。
「前駆(ぜんく)」も、
前駆御随身(みずいじん)御車に副(そ)ひ、警蹕にして儀式たやすからざりしに(保元物語)、
と、
行列などの前方を騎馬で進み、先導すること、
をいい、古くは、
せんく、
せんぐ、
ぜんぐ、
ぜんくう、
せんくう、
ともいい(「前」は漢音セン・呉音ゼン)、
さきのり、
先駆、
さきがけ、
とも言った(精選版日本国語大辞典)。平安末期『色葉字類抄』には、
「前」「駆」の両字に平声の単点、
があり、共に清音であったことが知られるし、「元亀本運歩色葉集」には、
「先駆」と表記されているところから「セン」と清音で読まれた、
と考えられるが、「駆」には、
「グ」と濁音符号があり、連濁していた、
と見られる(精選版日本国語大辞典)とある。
「前駆」を行なう人には状況に応じて束帯・衣冠・布衣のそれぞれの場合があり、人数自体も一定ではない。路次の行列としては、下臈・上臈・主となる。
「前駆」は古く、
御前(ごぜん)、
といったが、後には、
馬に乗って前を行くもの、
を、
前駆、
主に近いもの、
を、
御前、
と言い分けたとされる(仝上)。
(「先」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%88より)
「先」(セン)は、
会意文字。先は「足+人の形」で、跣(セン はだしの足先)の原字。足さきは人体の先端にあるので、先後の先の意となった、
とある(漢字源)。別に、
会意。儿と、之(し 足あと。𠂒は変わった形)とから成り、人よりもさきだつ意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(儿+之)。「人の頭部より前に踏み出した足跡」の象形から「さき・さきだつ」を意味する「先」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji180.html)。
「追」(ツイ)は、
形声。𠂤(タイ・ツイ)は、物を積み重ねたさまを描いた象形文字。堆(タイ)と同じ。追においては、音を表すだけで、その原義とは関係ない、
とあり(漢字源)、「𠂤」は「堆」の異体字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BF%BD)ともあり、「後について行く、ひいて『おう』意を表す」(角川新字源)ともある。別に、
会意文字です。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「神に供える肉の象形」から、肉を供えて祭り、先祖を「したう」、「見送る」を意味する「追」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji417.html)。
(「警」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AD%A6より)
「警」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、
会意兼形声。左上の部分(音キョク)は、苟(コウ)とは別の字で、「羊のつの+人」からなり、人が角に降れないように、はっと身を引き締めること。それに攴(動詞の記号)を加えたのが敬の字。警は「言+音符敬」で、ことばで注意してはっと用心させること、
とある(漢字源)。別に、
形声、音符「敬」+「言」で、言葉で「いましめる」こと、
とも(角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AD%A6)、
形声文字です(言+敬)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「髪を特別な形にして身体を曲げ神に祈る象形と右手の象形とボクッという音を表す擬声語」(「尊敬する」の意味だが、ここでは、「刑(ケイ)」に通じ(同じ読みを持つ「刑」と同じ意味を持つようになって)、「いましめる」の意味)から、「いましめて言う」を意味する「警」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji931.html)。
(「前」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%8Dより)
「前」(漢音セン、呉音セン)は、
会意兼形声。前のりを除いた部分は「止(あし)+舟」で、進むものを二つあわせてそろって進む意を示す会意文字。前はそれに刀を加えた字で、剪(揃えて切る)の原字だが、「止+舟」の字がすたれたため、進むの意味に前の字を用いる。もと、左足を右足のところまでそろえ、半歩ずつ進む礼儀正しい歩き方。のち、広く前進する、前方などの意に用いる、
とある(漢字源)。同趣旨たが、
会意形声。刀と、歬(セン すすむ。は変わった形)とから成る。刀で切りそろえる意を表す。「剪(セン)」の原字。ひいて「すすむ」「まえ」の意に用いる、
とも(角川新字源)、別に、
会意兼形声文字です(止+舟+刂(刀)。「立ち止まる足の象形と渡し舟の象形」(「進む、まえ」の意味)と「刀」の象形から「まえ、すすむ、きる」を意味する「前」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji221.html)。
(「驅」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A9%85より)
「駆(駈)」(ク)は、
会意兼形声。「馬+音符區(区 小さくかがむ)」。馬が背をかがめて早がけすること。曲がる、屈むの意を含む、
とある(漢字源)。別に、
形声。馬と音符區(ク)とから成る。馬にむち打って走らせる意を表す、
とも(角川新字源)、
形声文字です(馬+区(區))。「馬」の象形と「くぎってかこう象形と多くの品物の象形」(「多くの物を区分けする」意味だが、ここでは、「毆(オウ)」に通じ(同じ読みを持つ「毆」と同じ意味を持つようになって)、「うつ」の意味)から、馬にムチを打って「かる(速く走らせる、追い払う)」を意味する「駆」という漢字が成り立ちました。のちに、「区」が「丘(丘の象形)」に変化して「駈」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1230.html)。
「払(拂)」(漢音フツ、呉音ホチ、唐音ホツ)は、「払子」で触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95