其の前には冠山(かむりやま)とぞ云ひける。冠の巾子(こじ)に似たりけるとぞ語り傳へたるとや(今昔物語)、
の、
巾子、
は、
冠の後ろに高く突き出ている部分。もとどりを入れて冠を固定する、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
(巾子 デジタル大辞泉より)
巾子(きんし)、
は、漢語であり、
武后を擅(もつぱ)らにし、多く群臣に巾子袍を賜ふ。勒するに回の銘を以てし、皆法度無し(唐書・車服志)、
と、
頭髪をつつむもの、
の意である(字通)。
「巾」の呉音、
が、
コン、
で、「巾子」を、
コジ、
と訓ませるのは、
「巾子」の呉音訓み、
で、
「こんじ」の「ん」の無表記(日本国語大辞典)
「こんじ」の撥音「ん」の無表記(大辞林)、
コンジのンを表記しない形(広辞苑)、
巾子(きんし)の呉音の、コンシの約なり、汗衫(カンサン)、かざみ(大言海)、
による。天治字鏡(平安中期)に、
巾子、斤自(こんじ)、
和名類聚抄(平安中期)に、
巾音如渾(コン)、
類聚名義抄(平安後期)に、
巾子、コンシ、
名目抄(塙保己一(はなわほきいち)編『武家名目抄』)には、
巾子、コジ、
とあるので、
コンシ→コンジ→コジ、
といった転訛なのであろうか。
前漢末の『急就篇(きゅうしゅうへん)』(史游)の註に、
巾者、一幅之巾(キン)、所以裏頭也、
とあり、
子は、椅子、瓶子の子の類、
とある(大言海)。
冠の名所(などころ 名称)、
で、
頂の上に、高く突出したる處、内、空なり。髻(もとどり)を挿し入る、
とある(仝上)。和名類聚抄(平安中期)には、
巾子、幞頭(ぼくとう)具、所以挿髻者也、此閒、巾音如渾、
とある。
(冠 広辞苑より)
平安時代以後、
冠の頂上後部に高く突き出て髻もとどりをさし入れ、その根元に簪(かんざし)を挿す部分、
をいうが、古くは、
髻の上にかぶせた木製の形をいった、
とある(広辞苑)。
近衛の御門に、古志(こし)落(おと)いつ、髪の根のなければ(神楽歌)、
とあり、
古製なるは、別に作りて、挿したりと云ふ、
と注記があるの(大言海)はその謂いである。
平安中期以後は冠の一部として作り付けになった、
(大辞泉)が、元来は、これをつけてから、
幞頭(ぼくとう)、
をかぶったからである。「幞頭」とは、
令制で、成人の男子所用の黒い布製のかぶりもの。中国後周の武帝の製したものに模してつくり、後頭部で結ぶ後脚の纓(えい)二脚と左右から頭上にとる上緒(あげお)二脚を具備するところから、
四脚巾(しきゃくきん)、
とも、
頭巾(ときん)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)とある。
(「幞頭」 精選版日本国語大辞典より)
律令(りつりょう)制で、成人男子が公事のとき用いるよう規定された被(かぶ)り物、
だが、養老(ようろう)の衣服令(いふくりょう)では、
頭巾(ときん)、
とよび、朝服や制服を着用する際被るとしている(日本大百科全書)。幞頭は、
盤領(あげくび)式の胡服(こふく)を着るときに被る物であり、イランより中国を経て日本に伝えられた、
考えられ、原型は、
正方形の隅に共裂(ともぎれ)の紐(ひも)をつけた布帛(ふはく)を髻(もとどり)の上から覆って縛る四脚巾(しきゃくきん)といわれるもの、
だが、それをまえもって成形し、黒漆で固形化して被る物に変えた。貞観(じょうがん)儀式や延喜式(えんぎしき)で、
一枚とか一条と数えていて、元来平たいものであったことを示している。この遺風は、インド・シク教徒の少年にみられる(仝上)とある。
なお、
巾子紙、
というのは、
冠の纓(エイ)を巾子に挟み止めるのに用いる紙、
で、
檀紙(だんし 楮を原料として作られた縮緬状のしわを有する高級和紙)を2枚重ね、両面に金箔を押し、中央を切り開いたもので、冠の纓(えい)を、後ろから巾子の上を越して前で額にかけて折り返し、巾子紙で挟みとめる、
という(広辞苑)。近世には、紙全体に金箔(きんぱく)を押したものを、
金巾子(きんごじ)の冠、
という(仝上)。また、
放巾子(はなしこじ)、
というのは、
冠の巾子を額から取り去ってつくったもの、
をいい、
男子が元服の際に用いる冠、
である(http://www.so-bien.com/kimono/%E7%A8%AE%E9%A1%9E/%E6%94%BE%E5%B7%BE%E5%AD%90.html)。
(「巾」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%BEより)
「巾」(漢音キン、呉音コン、慣用コ)は、
象形文字。三すじ垂れ下がった布きれを描いたもの。布・帛(ハン)・帆などに含まれ、布を表す記号に用いる、
とある(漢字源)。別に、
象形。腰等におびる布を象る。「きれ」を意味する漢語{巾 /*krən/}を表す字、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%BE)、
象形文字です。「頭に巻く布きれにひもを付けて、帯にさしこむ」象形から「布きれ」を意味する「巾」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji2024.html)ある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95