2023年05月24日
御許
隠れて見候つれば、内より御許(おもと)だちたる女出で来て、男の候つると語らひて(今昔物語)、
とある、
御許、
は、
宮廷の女房などを呼ぶときの敬称。相当の身分の女性の意味、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
御許、
は、
みもと、
と訓ませると、
仏世尊の所(ミモト)(「地蔵十輪経元慶七年点(883)」)、
と、
「み」は接頭語、
で、
神仏や天皇など、貴人のいる所。また、そのそば近くを尊んでいう語、
である(精選版日本国語大辞典)が、転じて、
誰ぞこの仲人たてて美毛(ミモ)とのかたち消息し訪ひに来るやさきむだちや(「催馬楽(七世紀後~八世紀)」)、
と、
相手を敬って呼ぶ語、
として、
あなた、
おもと、
の意で使い(広辞苑)、
御許に候はばやと、
と、
女性が手紙の脇付に用いる、
こともある(デジタル大辞泉)。
おんもと、
と訓ませる場合も、「みもと」と同じく、
「おん」は接頭語、
で(精選版日本国語大辞典)、
宮の御もとへ、あいなく心憂くて参り給はず(源氏物語)、
と、
貴人の居所、
貴人のそば、
の意で、
おもと、
みもと、
ともいい、多く、
おんもとに、
おんもとへ、
の形で、
おそばまで、
の意で、
脇づけ あて名の傍(そば)へは、人により処(ところ)により、御前(おんまへ)に、御許(オンモト)に、人々申給へ……など書くべし(樋口一葉「通俗書簡文(1896)」)、
と、
手紙の脇付けに書く語として、主として女性が用いる(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、「脇付け」とは、
侍史(じし)、
机下(きか)、
御中、
尊下(そんか)、
膝下(しっか)、
など、
書状の宛名の左下に書き添えて敬意を表す語、
で、女性は、
御前(に)、
御もと(に)、
などをよく使う(広辞苑)。
おもと、
と訓ませる場合も、
「お」は接頭語、
とある(精選版日本国語大辞典)が、
オホ(大)モト(許)の約、
ともある(岩波古語辞典)。後者なら、「みもと」と「おもと」では、その由来が異なることになる。「おもと」も、
入鹿、御座(オモト)に転(まろ)び就きて、叩頭(の)むで曰(まう)さく(日本書紀)、
と、
天皇や貴人の御座所を敬っていう語、
であるが、
見る人いだきうつくしみて、親はありや、いざわが子にといへば、いな、おもとおはすとて更に聞かず(宇津保物語)、
と、
天皇や貴人の御座所に仕える、
おもと人、
の意から
女性、特に女房を親しみ敬って呼ぶ語、
の意で用いる。上述の、
御許(おもと)だちたる女、
はその意味である。
おもと(御許)人、
は、
宮の家司・別当・御許人など職事定まりけり(紫式部日記)、
と、
天皇など貴人の御側近く仕える女官、
侍女、
を指す(広辞苑)が、もとは、
侍従、
陪従、
とも当て、
令制で、中務省の官人。天皇に近侍して護衛し、その用をつとめる従五位下相当官、
を指していた(精選版日本国語大辞典)。
また、「おもと」は、
三の君の御方に、典侍(すけ)の君、大夫(たいふ)のおもと、下仕まろやとて、いと清げなる物の(落窪物語)、
と、
「~のおもと」の形で、
女房などの名前、または職名の下につけて呼ぶ敬称、
としても用い、
ゆゆしきわざする御許(おもと)かな、いとほしげに(今昔物語)、
何を賭けべからん。正頼、娘ひとり賭けん。をもとには何をか賭け給はんずる(宇津保物語)、
と、
対称、
で、多く、
女性に対して敬愛の気持から用いる、
とある(広辞苑)。その「おもと」には、
代名詞「あ」「わ」と結び付いた、
あがおもと、
わがおもと、
という形、さらに転訛して、
さてこそよ、和御許(わおもと)、面に毛ある者は物の恩知る者かは(今昔物語)、
と、
我御許、
吾御許、
とも当てる、
わおもと、
もある(デジタル大辞泉)。
なお、「御許」を、
おゆるし、
と訓ませると、
おさかづきはいただきますが、御酒は今のじゃ、おゆるしおゆるししたが(洒落本「聖遊廓(1757)」)、
と、
「お」は接頭語、「おゆるしなされ」「おゆるしあれ」などの略、
で、
許してほしいと頼むときに言うことば、
ごめん下さい、
お許し下さい、
の意で(精選版日本国語大辞典)、
もし、おゆるしと襖を少しあけて(洒落本「色深睡夢(1826)」)、
と、
他の人のいる部屋などにはいるときに言うことば、
ごめん、
の意である(仝上)。また、
ごゆるされ、
と訓ませると、
「ご」は接頭語、
で、
ヲモキ トガノ goyurusare(ゴユルサレ)ヲコムルベキヲンワビコト(「バレト写本(1591)」)、
と、
御赦免、
の意に、また、
おれさへまだ手も通さぬものを、女郎買にでも行なら借もしよふが、とふらいには、ごゆるされだ(咄本「今歳咄(1773)」)、
と、
拒否する気持を表わす語、御免、
の意でも使う(仝上)。
「御」(漢音ギョ、呉音ゴ)は、
会意兼形声。原字は「午(キネ)+卩(人)」の会意文字で、堅い物をきねでついて柔らかくするさま。御はそれに止(足)と彳(行く)を加えた字で、馬を穏やかにならして行かせることを示す。つきならす意から、でこぼこや阻害する部分を調整してうまくおさめる意となる、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。もとは音符「午(きね>杵)」に「卩(人)」を加えた形で、人が杵で土をつき固めならす様を意味。のちに「彳」と「止(足)」を加え、馬を馴らし進ませることを意味した、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BE%A1)、
会意。彳と、卸(しや)(車を止めて馬を車からはずす)とから成る。馬をあやつる人の意、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(辵+午+卩)。「十字路の左半分の象形と立ち止まる足の象形」(「行く」の意味)と「きねの形をした神体」の象形と「ひざまずく人」の象形から、「神の前に進み出てひざまずき、神を迎える」を意味する「御」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1246.html)。
「許」(漢音キョ、呉音コ)は、
会意兼形声。午(ゴ)は、上下を動かしてつくきね(杵)を描いた象形文字。許は「言(いう)+音符午」で、上下にずれや幅をもたせて、まあこれでよしといってゆるすこと、
とある(漢字源)。別に、
形声。言と、音符午(ゴ)→(キヨ)とから成る。相手のことばに同意して聞き入れる、「ゆるす」意を表す、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(言+午)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「きね(餅つき・脱穀に使用する道具)の形をした神体」の象形から、神に祈って、「ゆるされる」、「ゆるす」を意味する「許」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji784.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95