鉾(ほこ)を取りたる放免(はうめん)の、蔵の戸の許に近く立ちたるを、蔵の戸のはざまより、盗人、此の放免を招き寄す(今昔物語)、
の、
放免、
は、
はうべん、
ともいい(「べん」は「免」の漢音)、
平安・鎌倉時代、検非違使庁の下で犯人捜査などに従事した下部(しもべ)、刑期終了後に放免された罪人をこれに使用した、
のでいう(岩波古語辞典)。
犯罪に通じており、追捕に便利だからおかれた、
らしく(広辞苑)、
法便、
とも当てる(仝上)。
(放免 精選版日本国語大辞典より)
獄の邊に住む放免(はうめん)どもあまた相議して、強盗にて□が家に入らむと思ひけるに
とあるのは、
元来が囚人だったのでやはり悪人がいたのであろう、
とあり(佐藤謙三校注『今昔物語集』)、摂関期の右大臣藤原実資(ふじわらのさねすけ)の日記『小右記(しょうゆうき)』長和(ちょうわ)三年(1014)4月21日条に、
狼藉(ろうぜき)を行い、看督長(かどのおさ)らとともに京中を横行し市女笠(いちめがさ)を切るなどの行為があった、
とあり、権中納言源師時(1077~1136)の日記『長秋記(ちょうしゅうき)』大治(だいじ)四年(1129)12月6日条にも、
追捕の間に放免が東大寺聖宝僧正五師子(ごしし)の如意(にょい)を盗取した、
とある(日本大百科全書)。
放免(はうめん)、
は、
無罪放免(唐書)、
というように、
放ち許す、
意の漢語で、わが国でも、
無論公私、皆従放免(「続日本紀」養老四(720)年)、
あやまりなきよしをゆうぜられ、放免にあづからば(平家物語)、
と、
ゆるすこと、
あるいは、
義務を免除し、あるいは処罰することをやめ、あるいは怒りを解くこと、
の意や、
其為人凶悪衆庶共知者。不須放免(「延喜式(927)」)、
と、
身体の拘束を解き、行動の自由を回復させること、
の意でも使うが、検非違使庁(けびいしちよう)が、
釈放された罪人、
を、雑用等々に用いたことから固有名詞としても使われた。
(放免 中央に、髭面で巨大な棒を持ち、藍染の上着と錦繍の袴で正装した放免が2人描かれている(法然上人絵伝) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%85%8Dより)
その職務内容は、
野盗・山賊等の追跡・逮捕、獄囚に対する拷訊、
流罪人の配所への護送、死体の処理、
等々で、厳密には、
走り使い、
を職務とする、
走下部(はしりしもべ)、
と、
罪人の罪をゆるして、その代償に犯罪人の探索や密告収集活動に従事させた、
放免、
に分けられる(世界大百科事典)。彼らの容姿は、
当時は一般的でなかった口髭、顎鬚を伸ばし、特殊な祭礼や一部の女子にしか許されていなかった「綾羅(りょうら)錦繍(きんしゅう)」、「摺衣(すりごろも 文様を彫り込んだ木版の上に布を置き、これに山藍の葉を摺り付けて作る技法の衣)」と呼ばれる模様の付いた衣服を身につけた、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%85%8D)、この模様については、
贓物(盗んで得た財物の意)出来するところの物を染め摺り文を成した衣袴、
で、また、
七曲がりの自然木の鉾、
を持つ、
とある(仝上)。彼らは、賀茂の祭に従う時、
「綾羅(りょうら)」(あやぎぬとうすぎぬ)、「錦繍(きんしゅう)」(刺繍をした着物)を着、上に花など、種々の飾り物を着る習ひあり、これを風流(ふりゅう)と云ふ、後の邌物(ねりもの)の如し、これを放免のつけ物など云ふ、
とあり(大言海)、その華美な服装は、
新制で過差(過度に華美なこと)禁断の対象になったりしたが、院政期の説話集『江談抄』によれば、その、
放免の華美な服装は贓物(ぞうぶつ 盗品)を着用したものであった、
という(仝上・日本大百科全書)。「放免のつけ物」は、
放免の付物、
と当て、
建治(けんじ)・弘安(こうあん)の比(ころ)は、祭の日の放免(ほうべん)の付物(つけもの)に、異様(ことよう)なる紺の布五六反にて馬をつくりて、尾髪(おかみ)には灯火(とうしみ)をして、蜘蛛のい描きたる水干につけて、歌の心など言ひわたりしこと、常に見及び侍りしなども、興ありてしたる心地にてこそ侍りしか、
とある(枕草子)ように、
賀茂祭の日、着用する水干につけた、花鳥などの作りもの、
をいう(広辞苑)。
邌物(ねりもの)、
は、
練物、
とも当て、
祭礼の時などにねり行く踊屋台・仮装行列または山車だしの類、その他種々の飾り物の称、
であり(大言海・広辞苑)、「風流」で触れた。
「放」(ホウ)は、
会意兼形声。方は、両側に柄の伸びたすきを描いた象形文字。放は「攴(動詞の記号)+音符方」で、両側に伸ばすこと。緊張やそくばくを解いて、上下左右に自由に伸ばすこと、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(方+攵(攴))。「柄のある農具:すき」の象形(「左右に広がる」の意味)と竹や木の枝を手にする象形(「強制する、わける」の意味)から左右に「広げる」、「はなす」を意味する「放」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji539.html)。
「免」(漢音ベン、呉音メン)は、
会意文字。免の原字ば、女性がももを開いてしゃがみ、狭い産道からやっと胎児が抜け出るさまを示す。上は人の形、中は両もも、下の儿印は、体内から出る羊水、分娩の娩の原字で、やっと抜け出る、逃れ出る意を含む、
とある(漢字源)。異説として、
冠を被った姿を象った様子(『冕』の原字)、
とするもの(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8D)がある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95