2023年05月28日

弦打ち


此れより蓼中(たでなか)の御門に行きて、忍びやかに弦打(つるう)ちをせよ(今昔物語)、

の、

弦打ち、

とは、

弓のつるを引いてならす、一つの合図。悪魔祓いにもした、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

弦打ち、

は、

矢をつがえずに、張った弦を手で強く引き鳴らすこと、

をいい(岩波古語辞典・日本大百科全書)、

空弾弓弦(カラユミツルウチス)於海浜上(雄略紀)、

と、

矢を放たず、弦音のみせしめて、敵を欺き、油断に乗じて射ること、

を意味する(大言海)が、

弓に矢をつがえずに、弓弦(ゆづる)だけを引いて放し、ビュンと鳴らすことによって、妖魔(ようま)を驚かせ退散させる呪法、

として行われ、

弓弦(ゆづる)打ち、
ゆみならし、

とも、

鳴弦(めいげん)、

ともいう。

「鳴弦」(めいげん)

自体は、

雁落逐鳴弦(楊師道)、

と、

漢語で、

弓弦を鳴らす、

意味だが、我が国では、

御湯たびたびまゐりて、つるうちしつつ、こわづくりゐ給へるに、(出産あり、赤児が)いがいがと泣く(宇津保物語)、
紙燭さして参れ、随身もつるうちして絶えず声づくれと仰せよ、人離れたる所に心とけて寝ぬるものか(源氏物語)、

などと、

殿上人が入浴、病気、出産、雷鳴などの際に、その発する音によって物怪を払うために行い、妖怪、悪魔を驚かし、邪気、穢(けがれ)を祓(はら)うために行う、

という、

弓矢の威徳による破邪の呪法、

をいう(仝上)。また、

それをする役の人、

をもいう(精選版日本国語大辞典)。平安時代においては、

生誕儀礼としての湯殿始(ゆどのはじめ)の読書(とくしよ)鳴弦の儀、

として行われたのをはじめ、出産時、夜中の警護、不吉な場合、病気のおりなどに行われ、また天皇の日常の入浴に際しても行われ(世界大百科事典)、天皇の入浴の際には、

蔵人(くろうど)が御湯殿(おゆどの)の外に候(こう)して行い、滝口の武士の名対面(なだいめん)の際にも行われたが、皇子誕生の際の鳴弦はもっとも盛んであり、のちには貴族社会より波及して、鎌倉・室町幕府将軍家の子女誕生のおりなどにも行われた、

とある(日本大百科全書)。後世になると、

わざわざ高い音を響かせる引目(蟇目 ひきめ)という鏑矢(かぶらや)を用いて射る法も生じた、

とあり(世界大百科事典)、鏑矢を用いた儀礼は、「蟇目」で触れたように、

蟇目の儀(ひきめのぎ)、

と呼ばれる。

鳴弦.bmp

(鳴弦 精選版日本国語大辞典より)

因みに、名対面(なだいめん)とは、

名謁、

とも書き、

名謁(みょうえつ・なだめし)、

とも訓ませ、

大内裏の宿直者、または、行幸行啓・御幸供奉の親王・公卿を点呼し、それぞれに特定の形式で名のらせること、

をいい(精選版日本国語大辞典)、

宿直の場合おおむね亥の刻を定刻とするが、左近衛は亥・子両刻、右近衛は丑・寅両刻の巡回の度ごとに、行幸行啓・御幸ではおおむね還御の際に行なう、

とある(仝上)。なお、近衛の宿直者の場合はもっぱら、

宿直申(とのいもうし)、

と称し、滝口の宿直者の場合は、

宿直申、
問籍(もんじゃく)、

ともいい、その他の所々の宿直者の場合は「問籍」ともいう。

巫女」で触れたように、弦打ちをする、弓は、

梓弓、

というが、

アズサの木で作った丸木の弓、

で、

古くは神事や出産などの際、魔除けに鳴らす弓(鳴弦)として使用された、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93%E5%BC%93

梓弓の名に因りて、万葉集に、弓をアヅサとのみも詠めり、今も、神巫に、其辞残れり、直に、あづさみことも云へり、神を降ろすに、弓を以てするは和琴(やまとごと)の意味なり(和訓栞)、

と、

神降ろしに用いる、

が、

その頃はべりし巫女のありけるを召して、梓弓に、(死人の靈を)寄せさせ聞きにけり(伽・鼠草子)、

と、

梓の弓をはじきながら、死霊や生霊を呼び出して行う口寄せ、

をも行う(岩波古語辞典)。

鳴弦の儀.jpg


今日でも、

鳴弦の儀、

が、

弦打の儀(つるうちのぎ)、

とも呼ばれ、節分の日などに、神社で行われている。

なお、「弓」については、「弓矢」で触れた。

「弦」 漢字.gif

(「弦」 https://kakijun.jp/page/0884200.htmlより)

「弦」(漢音ケン、語音ゲン)は、

会意兼形声。玄(幺(細い糸)+-印)は、一線の上に細い糸の端がのぞいた姿で、糸の細いこと。弦は「弓+音符玄」で、弓の細い糸。のち楽器につけた細い糸は、絃とも書いた、

とある(漢字源)。別に、

会意。弓と、𢆯(べき 細い絹いとを張った形で、糸(べき)の古字。玄は変わった形)とから成る。弓に張ったつるの意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(弓+玄)。「弓」の象形と「両端が引っ張られた糸」の象形から、「弓づる」を意味する「弦」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1648.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする