半蔀(はじとみ)のありけるより、鼠鳴(ねずな)きを出して手をさし出でて招きければ、男寄りて(今昔物語)、
とある、
半蔀、
は、
上半分を外へ揚げるようにし、下ははめこみになった蔀、
をいい(広辞苑)、
こじとみ(小蔀)、
ともいう。「蔀(しとみ)」は、「妻戸」で触れたように、
柱の間に入れる建具の一つ、
で、
板の両面あるいは一面に格子を組んで作る。上下二枚のうち上を長押(なげし)から釣り、上にはねあげて開くようにした半蔀(はじとみ)が多いが、一枚になっているものもある。寝殿造りに多く、神社、仏閣にも用いる、
とある(精選版日本国語大辞典)。柱間全部を一枚の蔀とする場合もあるが、重すぎて開閉が困難なので、上下二枚に分けて〈半蔀(はじとみ)〉とするのが普通だった。これは、
上半分(上蔀)を長押から釣り下げ、あける時ははねあげて先端を垂木から下げられた金具にかけ、下半分(下蔀)は柱に打ちつけられた寄(よせ)に掛金でとめておき、あるいは取りはずして柱間全部をあけはなつこともできた、
とある(世界大百科事典)。
(蔀 精選版日本国語大辞典より)
和名類聚抄(931~38年)に、
蔀、之度美、覆暖障光者也、
とあるように、
檐(ひさし)の日覆(ひおほひ)、日除に用ゐる戸、
で(大言海)、その釣り上ぐべく作れるを、
上蔀(あげじとみ)、
釣蔀(つりじとみ)、
ともいう(仝上)。
もともとは、
是の日に、雨下(ふ)りて、潦水(いさらみつ)庭に溢(いはめ)り。席障子(むしろシトミ)を以て鞍作か屍(かはね)に覆(おほ)ふ(日本書紀)、
と、
光や風雨をさえぎるもの、
といった意味であったようだ(精選版日本国語大辞典)。
だから、その語源としては、
シは雨風、トミは止(とめ)の転(大言海)、
シトミ(風止)の義(筆の御霊)、
シトミ(湿止)の義か(志不可起)、
シトム(下止)の義か(東雅・名言通・和訓栞)、
外を見るためにあけるから、ヒトミ(他見)の義(俗語考)、
ヒトメ(日止)の義(言元梯)、
ソトモ(外面)の転(和語私臆鈔)、
等々諸説あるが、
シ、
は、
し(風)な戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く(祝詞)、
吹撥之気、化為神、號曰級長戸邊(しなとべ)命(神代紀)、
と、
風の古名、
で(大言海)、
多く複合語になった例だけ見える、
が(岩波古語辞典)、
荒風(あらし)、
廻風(つむじ)、
風巻(しまき)、
の「シ」(仝上)、さらに、
やませ、
の「セ」も、
シの転訛、
であり、その「シ」が転じて、
東風(コチ)、
速風(ハヤチ)、
と、「チ」、またその「チ」が、
疾風(ハヤテ)、
と、「テ」へと転じるが、やはり、
シは雨風、トミは止(とめ)の転(大言海)、
と見るのが妥当のようである。
(法隆寺聖霊院の蔀と明障子 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%94%80より)
「半蔀」と関係して、
半蔀車(はじとみぐるま)、
というのがある(広辞苑)。
網代車(あじろぐるま)の一種。物見を引き戸にしないで半蔀としてあるもの、
で、
摂政・関白・大臣・大将の乗用、
とし、時に、
上皇や高僧・上女房、
などが使用することもあった(精選版日本国語大辞典)とある。「網代車」とは、
牛車(ぎっしゃ)の一種。竹、檜皮(ひわだ)などを薄く細く削り、交差させながら編んだの網代を、車箱の屋形の表面に張ったもの、
で、
屋形の構造、物見の大小、表面の文様などに別があり、殿上人以上の公家が、家格、職掌に応じて使い分けた、
とある(仝上)。
(半蔀車 広辞苑より)
(半蔀車 精選版日本国語大辞典)
「物見」とは、
牛車の網代(あじろ)による八葉(はちよう)や文(もん)の車の左右の立板に設けた窓、
で、前袖から後袖まで開いているのを、
長物見、
半分のものを、
切物見、
といい、そこに設けられた戸を、
物見板、
という(仝上)。これは、駕籠や輿などについてもいう(仝上)とある。
網代車(あじろぐるま)の物見窓を引き戸にしないで、
半蔀、
としてあるものが、
半蔀車、
となる(仝上)
棒蔀車(ぼうしとみのくるま)、
ともいう。
なお、
半蔀、
という、内藤藤左衛門作の、
能楽の曲名、
があり、『源氏物語』の「夕顔」の巻により、
京都紫野雲林院の僧が立花供養をしていると、一人の女が来て夕顔の花をささげる。やがて五条あたりの者とだけいって名もあかさずに消える。そこで僧が五条あたりに行くと、夕顔の花の咲いている家から半蔀を押し上げて女が現われ、むかし光源氏が夕顔の花の縁で夕顔の上と契りを結んだことなどを語り、舞を舞って半蔀の陰に姿を消す、
という筋である(仝上)。
「蔀」(漢音ホウ、呉音ブ)は、
会意兼形声。「艸+音符部(ホウ ぴたりと当てる)」で、明かり窓にぴたりとあてがうムシロ、
とあり(漢字源)、
席障子(むしろシトミ)、
の用例が、原義に近かったことが分かるが、
日光や風雨を遮るための戸、
の意味でも使われる(仝上)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95