旅籠(はたご)に多く人のさし縄(なは)ども取り集めて結び継ぎて、それそれと下しつ。縄の尻もなく下したる程に(今昔物語)、
の、
さし縄、
は、
差縄、
指縄、
と当て、
さしづな(差綱)、
小口縄(こぐちなわ)、
ともいい、
馬をつなぐ縄、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。
乗馬の口につけて曳く縄、
とあり(大言海)、古くは、
調布を縒り合わせて用ゐたり、
後世になるは、
麻布二筋を綯ひて作る。太さ、大指のほどなり、
とある(大言海)。
馬鞚、
ともいうとある(仝上)。飾抄(かざりしょう 鎌倉時代)には、
差綱(サシヅナ)、祭使、種々緂(だん)村濃(むらご)、或、打交、……公卿、師差縄(もろさしなわ)、四位以下、片差縄、
とある。師差縄(もろさしなわ)は、
「祇園御霊会也……馬〈黒糟毛、予馬也〉、移〈鋂羈、如公卿也〉、以諸差綱張口(「山槐記」治承三年(1179)六月一四日)、
にある、
諸差綱、
とあるのと同じで、
もろ、
は、
諸、
とあて、「もろ手」の「もろ」で、
ふたつ、
両方の、
の意味である(広辞苑)。
差綱、、
差縄、
は、
馬の頭から轡(くつわ)にかけてつけるもので、手綱に添えて用いる。索馬(ひきうま)には(くちとり)が左右からつかんで引く。軍陣には手綱の補助として四緒手(しおで 鞍の前輪(まえわ)と後輪(しずわ)の左右の四ヶ所につけた、金物の輪を入れたひも)にかける(精選版日本国語大辞典)。付け方に、
諸(もろ)差縄、
と、
片(かた)差縄とがあり、
麻縄、または紺・白・浅葱(あさぎ)の撚紐を用いる、
とある(仝上)。
(さし縄 (平安時代の馬装) 図説日本甲冑武具事典より)
「さし縄」の「さし」は、「さす」で触れたように、「さす」と当てる字は、
止す、
刺す、
挿す、
指す、
注す、
点す、
鎖す、
差す、
捺す、
等々とある
「さす」は、連用形「さし」で、
差し招く、
差し出す、
差し迫る、
と、動詞に冠して、語勢を強めたり語調を整えたりするのに使われるが、その「さし」は、使い分けている「さす」の意味の翳をまとっているように見える。
「さす」は、について、『岩波古語辞典』は、
最も古くは、自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ、直線的に運動・力・意向がはたらき、目標の内部に直入する意、
とある(岩波古語辞典)。で、
射す・差す、
は、、
自然現象において活動力が一方に向かってはたらく、
として、光が射す、枝が伸びる、雲が立ち上る、色を帯びる等々といった意味を挙げる。また、
指す・差す、
は、
一定の方向に向かって、直線的に運動をする、
として、腕などを伸ばす、まっすぐに向かう、一点を示す、杯を出す、指定する、指摘する等々といった意味を挙げる。ここでの、
さし縄、
の意は、
曳く、
という意味からも、この意の、
さす、
かと思われる。
なお「さし縄」に、「緡縄」とあてる「錢緡」については、「一緡」で触れた。
「縄」(漢音ショウ、呉音ジョウ)は、
会意。「糸+黽(とかげ)」で、トカゲのように長いなわ、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(糸+蠅の省略形)。「より糸」の象形と「腹のふくらんだ、はえ」の象形で、なわのよりをかけた部分が、ふくらんだ腹のような所から、「なわ」を意味する「縄」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1799.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
笠間良彦『図録日本の甲冑武具事典』(柏書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95