2023年07月01日

陵ず


ただ貧しげなる牛飼童(うしかひわらは)の奴獨(ひと)りに身を任せて、かく陵ぜられては何の益(やく)のあるべきぞ(今昔物語)、

の、

陵ぜられて、

は、

悩まされて、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

りょうず、

は、

凌ず、
陵ず、

と当て(広辞苑)、

掕ず、

とも当てる(学研全訳古語辞典)。

この君、人しもこそあれ、くちなはりょうじ給ひて(大鏡)、
恐ろしげなる鬼どもの、我身をとりどりに打ちりょうじつるに(宇治拾遺物語)、

などと、

ひどい目にあわせる、
いじめる、
乱暴する、
拷問する、

という意(広辞苑・日本国語大辞典)や、

責めさいなむ、

とか(大辞泉)、

せっかんする、

といった意(学研全訳古語辞典)で使う。

この語の仮名づかいは、

れうず、

と書かれることも多いが、

虐げるの意の「凌」をサ変化した語と考えられる、

とあり(仝上)、

りょうず、

と表記されることが多い。

「陵」 漢字.gif


会意兼形声。「陵」(リョウ)は、夌(リュウ)は「陸の略体+夂(あし)」の会意文字で、足の筋肉にすじめを入れるほど力んで丘を登ること。陵はそれを音符とし、阜(おか)を加えた字で、山の背のすじめ、つまり稜線のこと、

とある(漢字源)。「丘陵」の、「おか」とか、「陵墓」「御陵」「みささぎ」の意だが、「陵駕(リョウガ)」「陵辱」など「うちひしぐ」「しのぐ」「あなどる」などの意もある(仝上)。別に、

会意形声。「阜」+音符「夌」、「夌」は「坴(盛り土)」の略体+「夂(あし)」で力を入れて山に登ることであり、「陵」はそのような地形、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%B5

会意形声。阜と、(リヨウ)(しのぐ)とから成る。大きなおかの意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(阝+夌)。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「片足を上げた人の象形と下向きの足の象形」(「足をあげて高い地を越える」の意味)から、「越えていかなければいかない丘」を意味する「陵」という漢字が成り立ちました

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1487.html

「凌」 漢字.gif

(「凌」 https://kakijun.jp/page/1019200.htmlより)

「凌」(リョウ)は、

会意兼形声。夌(リュウ)は「陸(おか)+夂(あし)」の会意文字で、力をこめて丘の稜線をこえること。力むの力と同系で、その語尾が伸びた語。筋骨を筋ばらせてがんばる意を含む。凌はそれを音符として、冫(こおり)を加えた字。氷の筋目の意、

とある(漢字源)。「凌辱」「凌駕」と、しのぐ、力を込めて無理に相手の上に出る、ちからずくでもおかすという意や、こえる意(陵と同義)がある。別に、

会意兼形声文字です(冫+夌)。「氷の結晶」の象形(「凍る、寒い」の意味)と「片足を上げた人の象形と下向きの足の象形」(「高い地をこえる、丘に登る」の意味)から「(氷が丘のように盛り上がって)凍る」、「氷」、「しのぐ」を意味する「凌」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2324.html

「掕」 漢字.gif


「掕」(リョウ)は、あまり辞書に載らず、

止める、
動けなくする、
馬を止める、

意とのみあるhttps://kanji.jitenon.jp/kanjiw/11391.html

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:陵ず 凌ず 掕ず
posted by Toshi at 03:19| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月02日

心にくし


履物どもは皆車に取り入れ、三人、袖も出さずして乗りぬれば、心にくき女車に成りぬ(今昔物語)、

の、

心にくき女車、

は、

ゆかしい女車、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

心にくし、

は、

心憎し、

と当て、

ニクシは親しみ・連帯感・一体感などの気持の流れが阻害される場合の不愉快な気持ちをいう語。ココロニクシは、対象の動きや状態が思うように明らかにならず、もっとはっきりしたい、もっと知りたいと関心を持ち続ける意、

とあり(岩波古語辞典)、同趣旨で、「心にくし」は、

対象の挙動・状態が思うように明らかにならないので、それをもっとよく知りたいと関心を持ち続ける意、

が含まれ(精選版日本国語大辞典)、

底知れないものに、あこがれ、賞賛、期待、不安、不審などの感情を抱いて、気をもむ意、

とある(仝上)が、

他の内心(ナイシン)に心置(こころお)きせらる、

の意が、

心、測りがたき意より転じて、おくゆかし、

という意味の幅の方がわかりやすい(大言海)。具体的には、

はっきりしないものに、すぐれた資質を感じ、心ひかれ、近づき、知りたく思う気持を表わす、

意で、

いとあてに、……式部卿の君よりもこころにくくはづかしげにものし給へり(宇津保物語)、

と、

人柄、態度、美的な感覚などに上品な深みを感じ、心ひかれる、
奥ゆかしい、

意や、

そらだきもの、いと心にくくかほりいで(源氏物語)、

と、

情緒が豊かであったり風情があったりして、心ひかれるさまである、

意や、

心にくきもの。ものへだてて聞くに、女房とはおぼえぬ手の、しのびやかにをかしげに聞えたるに、こたへ若やかにして、うちそよめきて参るけはひ(枕草子)、

と、

間接的なけはいを通して、そのものに心ひかれるさまである、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。枕草子の「心にくきもの」は、続けて、

ものの後ろ、障子などへだてて聞くに、御膳(おもの)参るほどにや、箸・匙(かひ)など、取りまぜて鳴りたる、をかし。ひさげの柄の倒れ伏すも、耳こそとまれ、

と、間接的な気配への、

(よくわからないもの、はっきりしないものに)関心をそそられる。心をひかれる、

様子が具体的である。ここまではどちらかというと、

心惹かれるさま、

の、

状態表現、

である。それが、さらに、

こころにくく思ひて、盗人いりまうできて、一二侍し装束なども、みなさがしとりて(宇津保物語)、

と、

はっきりしないものに対して大きな期待をいだき、心がそそられるさまである、
気持をそそるさまである、
期待に気をもませる、

意や、

対象の状態・性質などがはっきりとわからないので、不安、警戒心、不審感などをいだくさまをいう、

意の、

さだめて打手むけられ候はんずらん。心にくうも候はず。三井寺法師、さては渡辺のしたしいやつ原こそ候らめ(平家物語)、

と、

おぼつかなくて不安である、
警戒し、心すべきさまである、

意や、

小おとこのかたげたる菰づつみを心にくし、おもきものをかるう見せたるは、隠し銀にきわまる所とて(世間胸算用)、

と、

対象の挙動・様子を不審に感じ、とがめたく思う、
あやしい、
どこやらわけありげである、

意や、

己が附前の句知りながら、句案数刻にして、脇より玉句御つけといへば、是はしたり、しばらくは案ずべしなどいへる、いと心にくけれ(一茶手記)、

と、

にくらしく思う、
こづらにくい、
こしゃくにさわる、

意や、

定めて討手向けられ候はんずらん。心にくうも候はず(平家物語)、

と、

(底が知れず)何となく恐ろしい、

意へと、明らかに、

価値表現、

へとシフトしており、今日では、

巧妙さは心憎い程だった、

とか、

心憎い出来栄え、

というように、

欠点がなく、むしろねたましさを感じるほどにすぐれている、
にくらしいほど完璧である、
憎らしい気がするほど、みごとだ、

という意で使われるに至っている(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。

この、

状態表現から価値表現へのシフト、

は、

にくむ」で触れた、

にくい、

と同じである。「にくい」は、

憎い、
悪い、

と当て、

いやな相手として何か悪いことがあればよいと思うほど嫌っている、気に入らない、にくらしい、
腹立たしい、しゃくにさわる、けしからぬ、
みにくい、
無愛想であ、そっけない、
(癪にさわるる程)あっぱれだ、感心だ、

と意味が広い。さらに、

難い、

と当てて、

(動詞の連用形について、「むずかしい」「たやすくない」の意を表す)

という意味にもなる。

自分の相手への感情という状態表現、

であったものが、いつの間にかシフトして、

相手の価値表現、

へと、意味が転換していっているようである。その価値表現は、

みにくい、見苦しい、みっともない、

である一方、

(癪にさわるる程)あっぱれだ、感心だ、

と、両価性がある。その意味の幅は、

心にくし、

にもほぼ重なっている。

心にくし、

の、

にくし、

は、

無情(つれな)し、不愛相なり、枕草子、心羞(ハヅカ)しき人、いと憎し、

とある(大言海)。

「心」  漢字.gif

(「心」 https://kakijun.jp/page/0451200.htmlより)


「心」 甲骨文字・殷.png

(「心」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%83より)

「心」(シン)は、

象形。心臓を描いたもの。それをシンというのは、沁(シン しみわたる)・滲(シン しみわたる)・浸(シン しみわたる)などと同系で、血液を細い血管のすみずみまでしみわたらせる心臓の働きに着目したもの、

とある(漢字源)。別に、

象形。心臓の形にかたどる。古代人は、人間の知・情・意、また、一部の行いなどは、身体の深所にあって細かに鼓動する心臓の作用だと考えた、

ともある(角川新字源)。

「憎」 漢字.gif

(「憎(憎)」 https://kakijun.jp/page/1434200.htmlより)


「憎」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎).png

(「憎」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%86%8Eより)

「憎(憎)」(漢音呉音ソウ、慣用ゾウ)は、

会意兼形声。曾(ソウ 曽)は、こしきの形で、層をなして何段も上にふかし器を載せたさま。憎は「心+音符曾」で、いやな感じが層をなしてつのり、簡単に除けぬほどいやなこと、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(忄(心)+曽(曾))。「心臓」の象形(「心」の意味)と「蒸気を発するための器具の上に重ねた、こしき(米などを蒸す為の土器)から蒸気が発散している」象形(「重なる」の意味)から重なり積もる心、「にくしみ」を意味する「憎」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1538.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:28| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月03日

返さの日


然る閒、賀茂の祭の返(かへ)さの日、此の三人の兵(つはもの)共云ひあわせて(今昔物語)、

の、

返さの日、

は、

祭の次の日、祭を終わって賀茂の斎院が紫野(賀茂の斎宮の御所があった)へ帰っていく、其を公卿が行列で送るのである、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

かへさ、

は、

歸方、

と当て、

「かへるさ」の略、

とあり(大言海)、

妹(いも)と來(こ)し敏馬(ミヌメ)の崎を歸左(かへるさ)に獨し見れば涙ぐましも(万葉集)、

と、

歸る時、

の意である(仝上)。

賀茂斎院(かものさいいん)、

は、

いつきのみや、

ともいい、

賀茂別雷(かもわけいかずち)神社(上賀茂神社)、賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)からなる賀茂社に奉仕する、未婚の内親王または女王、

をいう(国史大辞典)。伊勢神宮の斎宮と併せて、

斎王(さいおう)、
斎皇女(いつきのみこ)、

と呼ばれ、

伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)、

だが、厳密には、

内親王の場合は「斎内親王」、
女王の場合は「斎女王」、

といい、両者を総称して、

斎王、

と呼んでいるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E7%8E%8B。伊勢神宮の斎王は特に、

斎宮(さいぐう)、

賀茂神社の斎王は特に、

斎院(さいいん)、

と呼んだ(仝上)。また、単に、

斎(いつき)、

ともいう(大言海)。

賀茂斎院制度の起源は、平安時代初期、

平城上皇が弟嵯峨天皇と対立して、平安京から平城京へ都を戻そうとした際、嵯峨天皇は王城鎮守の神とされた賀茂大神に対し、我が方に利あらば皇女を「阿礼少女(あれおとめ、賀茂神社の神迎えの儀式に奉仕する女性の意)」として捧げると祈願をかけ、仁元年(810年)薬子の変で嵯峨天皇側が勝利した後、誓いどおりに娘の有智子内親王を斎王としたのが賀茂斎院の始まり、

とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E9%99%A2・國史大辞典)。

伊勢神宮の、

斎王(斎宮)、

に倣い、歴代の斎王は、

内親王あるいは女王から占いによって選出され、賀茂川で禊を行い、宮中初斎院での二年の潔斎の後、三年目の四月上旬に、平安京北辺の紫野に置かれた本院(斎院御所)に参入し、再び賀茂川で禊をしてから、仏事や不浄を避ける清浄な生活を送りながら、年中祭儀や賀茂社での葵祭などに奉仕した、

とされる(仝上)。で、その御所の地名から、

紫野斎院、

あるいは、

紫野院、

とも呼ばれた(仝上)。特に重要なのは四月酉の日の賀茂祭で、

祭当日斎院は御所車にて出御され、勅使以下諸役は供奉し先ず下社へ次いで上社へ参向・祭儀が執り行われる。上社にては本殿右座に直座され行われた、

とあるhttp://www.genji.co.jp/yukari/aoi/saiin.html。この時の斎院の華麗な行列はとりわけ人気が高く、枕草子にも、

見物は、臨時の祭 行幸 祭の還さ 御賀茂詣で、

とある。「祭の還さ」が、

斎王の還御、

である(仝上)。祭り当日の夜は御阿礼所前の神館に宿泊され翌日野宮(紫野院)へ戻られたのである。

齋院制度は、

9世紀初めから13世紀初めまでの約400年間続き、35人が斎院をつとめた、

とある(国史大辞典)。

斎(いつき)、

は、

イは、斎(い)むの語幹、斎垣(イミガキ)、いがき。斎串(イミグシ)、いぐし。ツクは附くなり、かしづくと同じ。齋(い)み清(きよまは)りて事(つか)ふること(大言海)、
イツク(斎着)の意(日本古語大辞典=松岡静雄)、
イは接頭語、ツクはツカフ(仕)の原形。またイツク(嚴)か(万葉集辞典=折口信夫)、

等々諸説あるが、

イツ(稜威)の派生語。神や天皇などの威勢・威光を畏敬し、汚さぬように、潔斎してこれを護り奉仕する意(岩波古語辞典)、
イツ(嚴 神聖なるものの威力)の派生語で、本来的には潔斎して神へ奉仕する意(日本語源大辞典)、

といった意味なのだろう。「斎く」は、

畏敬し、潔斎して、大切に護り仕える、

意で、

斎(いつき)、

は、

潔斎してこもり、神事に仕えること、その場所、また、その人(特に斎宮、齋院)、

をさす(岩波古語辞典)。なお、

とき、

と訓ませる

斎、

については、「(とき)」で触れた。

上賀茂神社(かみがもじんじゃ).jpg

(上賀茂神社(かみがもじんじゃ) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%88%A5%E9%9B%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BEより)


下鴨神社(しもがもじんじゃ).jpg

(下鴨神社(しもがもじんじゃ) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%BE%A1%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BEより)


「齋」 漢字.gif

(「齋」 https://kakijun.jp/page/sai200.htmlより)

「斎」 漢字.gif


「斎(齋)」(漢音サイ、呉音セ)は、「斎」は「(とき)」で触れたように、

会意兼形声。「示+音符齊(サイ・セイ きちんとそろえる)の略体」。祭りのために心身をきちんと整えること、

である(漢字源)。別に、

形声。示と、音符齊(セイ、サイ)とから成る。神を祭るとき、心身を清めととのえる意を表す。転じて、はなれやの意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(斉+示)。「穀物の穂が伸びて生え揃っている」象形(「整える」の意味)と「神にいけにえを捧げる台」の象形(『祖先神』の意味)から、「心身を清め整えて神につかえる」、「物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)」を意味する「斎」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1829.htmlある。

とあり、やはり、心身を浄め整える意味がある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:53| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月04日

矢目


己いひつるやうに、今日より我が許に來らば、此の御社の御矢目負ひなむものぞ(今昔物語)、

の、

矢目負ひなむもの、

は、

神の罰として矢を受けるだろう、

の意で、

矢目、

は、

矢のささった所、

の意(佐藤謙三校注『今昔物語集』)とある。

鎧(よろひ)に立ったるやめを数へたりければ(平家物語)、

と、

矢の当たった所、

の意から、

矢を受けた跡、

の意、さらに、

矢疵(きず)、

の意でも使い(広辞苑)。その派生から、

水際を五寸ばかり下て、やめ近にひゃうど射るならば、のみを以て割る様にこそあらんずらめ(義経記)、

と、

矢を射る時の目標、

の意ともなる(広辞苑)。

」で触れたように、

め(目・眼)の語源は、

見(ミ)と通ず。或いは云ふ、見(ミエ)の約、

とあり(大言海)、

器官としての「目」は、「見る」という動作から来ていると思える。ただ、「憂き目」「酷い目」「嬉しい目」という用例の、

め(眼・目)、

が、

見えの約。先ず目に見て心に受くれば云ふ、

のに対し、その意味の外延を拡げた、「賽の目」「木の目」「網の目」「鋸の目」という用例の、

め(目)、

は、

「間(ま)の転」

と、両者の出自を区別している(仝上)。

矢目、

の、

め、

は、明らかに後者に当たる。

一二あるのみにはあらず五六三四さへありけり双六の采(万葉集)、

の、

め、

も、

小さい点、

の意で、後者の意味の派生に連なると見える。

「矢」 漢字.gif



「矢」(シ)は、「征矢」で触れたように、

象形。やじりのついたやの形にかたどり、武器の「や」の意を表す、

とある(角川新字源)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:矢目
posted by Toshi at 03:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月05日

さうぞきたる


参る人、返る人、様々行きちがひけるに、えもいはずさうぞくきたる女あひたり(今昔物語)、

さうぞきたる、

は、

装束きたる、

と当て、

名詞装束(さうぞく)」の語末を活用させて動詞化した(彩色(サイシキ)、さいしく。乞食(こつじき)、こつじく)、

さうぞ(装束)く、

の(学研全訳古語辞典・大言海)、

自動詞カ行四段活用(か/き/く/く/け/け)、

で、

裳(も)・唐衣(からぎぬ)など、ことごとしくさうぞきたるもあり(枕草子)、

と、

身に着ける、

意だが、

装う、
着飾る、

という含意である(学研全訳古語辞典)。その派生で、

唐(から)めいたる舟、作らせ給(たま)ひける、急ぎさうぞかせ給ひて(源氏物語)

支度する、
装備する、
整える、

意でも使う(仝上)。

装束、

は、

しゃうぞく、

とも訓ませるが、

装、

の漢音が、

しゃう、

呉音が、

さう、

で、

しゃうぞく(しょうぞく)→さうぞく(そうぞく)、

と転音した(強悍(おぞ)し、おずし)ものとある(大言海)。

装束(しゃうぞく・さうぞく)、

は、

装(よそほ)ひ束(つか)ぬるにて、身支度なり、

とあり(仝上)、漢語であり、

至夜勤所部云、陳悦欲向秦州、命皆装束(北史・李弼傳)、

と、

旅支度、

の意で(字源)、

時已日暮、出告従者、速装束、吾當夜去(捜神記)、

と、

扮装(いでた)つこと、

とある(大言海)。和語でも、

参りて奏せむ。車にさうぞくせよ(大鏡)、

と、

支度、
用意、

の意でも使うが、転じて、

夜は、きららかに、はなやかなるさうぞく、いとよし(枕草子)、

と、

衣服、
服装、

の意となり、さらに、

はたと、しゃうぞくしたりけるが、田に陥りて、小袖・直垂ぬらし(雑談集)、
参りて奏せむ。車にさうぞくせよ(大鏡)、

と、

盛装、

の意となり、特に、

御即位、人人装束寸法、大なる様被御覧及、可為国家之費、……人人装束、忽縮寸法了(吉口傳)、

と、

束帯、衣冠、直衣等の服装の総称、

として使う(仝上・岩波古語辞典)。

装束く、

と似た言葉に、

装束す、

と、

名詞「装束」に「す」が付いた自動詞(サ行変格活用)、

あり、また、

装束(さうぞきた)立つ、

と、

まことに寅(トラ)の時かとさうぞきたちてあるに(枕草子)、

の、自動詞の、

着飾る、

意や、

大きにはあらぬ殿上童(てんじやうわらは)のさうぞきたてられて歩(あり)くも、うつくし(枕草子)、

の、他動詞の、

着飾らせる、

意で使う(学研全訳古語辞典)。

「装」 漢字.gif

(「裝(装)」 https://kakijun.jp/page/12196200.htmlより)

「装」(漢音ソウ、呉音ショウ)は、

会意兼形声。爿(ショウ)は、すらりと長い寝台を縦に画いた象形文字。壯はそれに士(おとこ)を加え、すらりと背の高い男を示す。裝は「衣+音符壯」で、すらりと細く身ごしらえをととのえること、

とある(漢字源)。別に、

形声。衣と、音符壯(サウ)とから成る。衣でつつんでしまう、ひいて、用意する意を表す。また借りて、かざる意に用いる、

とも(角川新字源)、

形声文字です(壮(壯)+衣)。「寝台を立てて横から見た象形(「寝台」の意味だが、ここでは「ながい」の意味)とまさかり(斧)の象形(「男子」の意味)」(背の高い男の意味だが、ここでは「倉(ソウ)」に通じ(同じ読みを持つ「倉」と同じ意味を持つようになって)、「しまう・かくす」の意味)と「衣服のえりもと」の象形から、「衣服で身をつつむ」、「よそおう」を意味する「装」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1023.html

「束」 漢字.gif



「束」 甲骨文字・殷.png

(「束」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%9Fより)

「束」(漢音ショク、呉音ソク)は、

会意文字。「木+O印(たばねるひも)」で、たき木を集めて、その真ん中ひもをまるく回して束ねることをしめす、ちぢめてしめること、

とある(漢字源)。別に、

象形。物をふくろの中に入れ、両はしをしばった形にかたどり、「たば」「たばねる」意を表す、

とも(角川新字源)、

象形。両端を縛った袋の形を象る。もと「東」と同字で、「しばる」「たばねる」を意味する漢語{束 /*stok/}を表す字、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%9F

象形文字です。「たきぎを束ねた」象形から「たばねる・しばる」を意味する「束」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji601.htmlあり、象形文字説が大勢である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:21| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月06日

色々し


重方は本より、色々しき心のありける者なれば、妻も常に云ひねたみけるを(今昔物語)、

の、

色々し、

は、

一本に、すきすぎしき、

とあり、

色めかしき、優優しき、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。「すきずきし」は、

かう、すきずきしきやうなる、後(のち)の聞こえやあらむ(源氏物語)、

と、

いかにも物好きだ、

の意や、

すきずきしうあはれなることなり(枕草子)、

と、

風流だ、

の意もあるが、

すきずきしき方(かた)にはあらで、まめやかに聞こゆるなり(源氏物語)、
昔よりすきずきしき御心にて、なほざりに通ひ給ひける所々(仝上)、

と、

色好みめいて見える、
好色らしい、

意であり(学研全訳古語辞典)、「色めかし」も、

いろめかしき心地にうちまもられつつ(源氏物語)、

と、

なまめかしい、
艶(つや)っぽい、

意だが、

色情を動かしやすい、

という含意であり(仝上・岩波古語辞典)、

色色し、

も、

色色しき者にて、よきあしきをきらはず、女といへば心をうごかしけり(古今著聞集)、

と、

女色にひきつけられやすい性分である、

という意で使う(仝上)。あわせて、

同じ程の人に差し出でいろいろしき物着給ふべからず(極楽寺殿御消息)、

と、

けばけばしい、
派手である、
きらびやか、

意で使う(仝上・大言海)。

色色、

は、

我が大君秋の花しが色々に見したまひ明らめたまひ酒みづき栄ゆる今日のあやに貴さ(万葉集)、

と、


あの色この色、
様々の色彩、

の意で、その派生で、

夜一夜いろいろの事をせさせ給ふ(源氏物語)、

と、色を離れて、

種々、
さまざま、
あれこれ、

の意で使う(岩波古語辞典)。

」は、「いろ」で触れたように、

色彩、顔色の意。転じて、美しい色彩、その対象となる異性、女の容色。それに引き付けられる性質の意から色情、その対象となる異性、遊女、情人。また色彩の意から、心のつや、趣き、様子、兆しの色に使う。別に「色(しき)」(形相の意)の翻訳語としての「いろ」の用例もみられる、

と(岩波古語辞典)、その用例は幅広い。だから、大言海は、「色彩」と「色情」を分けて項を立て、前者の語源は、

うるは(麗)しのウルの轉なるべし。うつくし、いつくし(厳美)、いちじるしい、いちじろし(著)、

と、「ウル」の転とし、天治字鏡(平安中期)に、

麗、美也、以呂布加志、

とあるとし、後者の語源は、

白粉(しろきもの)の色の義。夫人の化粧を色香(いろか)と云ふ。是なり、随って、色を好む、色を愛(め)づ、色に迷ふなどと云ひ、女色の意となる。この語意、平安朝に生じたりとおぼゆ、

とする(大言海)。意味の幅としては、

その物の持っている色彩

物事の表面に現われて、人に何かを感じさせるもの(→顔色→表情→顔立ち→風情→趣)

男女の情愛に関すること(恋愛の情趣→男女の関係→情人→色気→遊女→遊里)

といった広がりがある(精選版日本国語大辞典)が、やはり、大言海のように、

色彩、

色情、

とは語源を別にすると考えていいのかもしれない。ただ、この意味の幅は、

漢語の「色」は「論語‐子罕」の「吾未見好徳如好色者也」にあるように、「色彩」のほか「容色」「情欲」の意味でも用いられるところから、平安朝になって「いろ」が性的情趣の意味を持つようになるのは、漢語の影響と考えられる。恋愛の情趣としての「いろ」は、近世では肉体的な情事やその相手、遊女や遊里の意へと傾いていく、

とある(精選版日本国語大辞典)ので、「いろ」に、

色、

の漢字を当てたために、その漢字の含意によって、「性的意味」が加わったものと考えられる。

「色」 漢字.gif


「色」(慣用ショク、漢音ソク、呉音シキ)は、「色ふ」で触れたように、

象形文字。かがんだ女性と、かがんでその上に乗った男性とがからだをすりよせて性交するさまを描いたもの。セックスには容色が関係することから、顔や姿、いろどりなどの意となる。またすり寄せる意を含む、

とある(漢字源)。むしろ、漢字は、

色欲(「女色」「漁色」)

顔かたちの様子、色(「失色」「喜色」)

外に現われた形や様子(「秋色」)

色彩(「五色」)

と、色彩は後から出できたらしく、

色とは、人と巴の組み合わせです。巴は、卩であり、節から来ているといいます。卩・節には、割符の意味があり、心模様が顔に出るので、心と顔を割符に譬えて色という字になったと聞きました。顔色という言葉は、ここからきています。また、巴は、人が腹ばいになって寝ている所を表しそこに別の人が重なる形だとも言われます。つまり、性行為を表す文字です。卩は、跪くことにも通じているようです。いずれにしろ、性行為のことです、

ともあるhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1286809697

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:色々し
posted by Toshi at 03:11| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月07日

なまめかし


濃き打ちたる上着(うはぎ)に、紅梅、もえぎなど重ね着て、なまめかしく歩びたり(今昔物語)、

の、

なまめかし、

は、

艶めかし、

と当て、

ナマメクの形容詞形、色・様子・形・人柄などのよさ、美しさが、現れ方として不十分のように見えながら、しっとりとよく感じられるさまをいうのが原義、

とあり(岩波古語辞典)、

さりげなくふるまうさまから、奥ゆかしい、優美であるの意となって、中古の女流文学などに多く用いられた、

とある(精選版日本国語大辞典)。

花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭などもなまめかしきに(源氏物語)、

と、

花やか、派手でなく、しっとりとして美しい、
何気ないようで美しい、

という意で(岩波古語辞典)、それを人の容姿・態度などについて、

はづかしう、なまめかしき顔姿にぞ物し給へる(宇津保物語)、

と、

優美である、上品である、もの柔らかである、

意に使い、

花の中におりて、童(わらは)べとまじりてありき給ふは……あてに、にほひやかに、なまめかしく見え給ふ(夜の寝覚)、

と、

「あて」や「清ら」などとともに用いられることが多い、

とある(精選版日本国語大辞典)。また、

けさうなどのたゆみなく、なまめかしき人にて、暁に顔つくりしたりけるを(紫式部日記)、

と、

特に若い女性などの容姿をいうことが多いところから、次第に女性の若い魅力をいうようになり、後世は、女性の性的魅力を、さらに性的魅力一般を表現する語となる、

とあり(仝上)、

色めかしくあだにおはしまする、若き折に、さ物せさせ給はぬ人やはある、さればこそ、をかしくなまめかしき事もいでくれ(栄花物語)、

と、

(男女関係について)何となく、気をひかれるさまである、

意から、

艷(えん)なるねくたれの姿なまめかしうて(浜松中納言物語)、

と、

色っぽい、
つやっぽい、

意へとなる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、

なまめかしきもの 細やかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女のうへの袴などわざとはあらでほころびがちなる汗衫(かざみ)ばかり着て、卯槌・薬玉など長くつけて、高欄のもとなどに扇さし隠してゐたる(枕草子)、

と、広く一般の物品などに対して、

優雅である、
優美である、

意や、

醍醐(だいご)ときこえさせ給けるぞ、なまめかしき御門におはしましければ(延喜御集)、
神楽(かぐら)こそ、なまめかしく、おもしろけれ(徒然草)、

と、人の性質・心柄や、情景・風物などについて、

情趣のあるさま、
趣を解するさま、

など、

風流である、

意でも使う(精選版日本国語大辞典)。

侍従は、大臣(おとど)の御は、すぐれてなまめかしうなつかしき香なり、とさだめ給ふ(源氏物語)、

と、「源氏物語」までの用例では、

王朝風上品・優美な感覚美を基調としてはいるものの、女性の性的官能美や華麗に飾り立てた美を押え込んだ、深みのある精神美と同調する優雅さを意味する、

とあり、特に「源氏物語」では、

さりげない振舞い・飾り付け等から、自然ににじみでる高雅な精神性に裏打ちされた美を形容した用法が特徴的に見られる、

とある(仝上)。平安後期になると、

艷(えん)なるねくたれの姿なまめかしうて(浜松中納言物語)、

と、

官能的であるさまを形容する用法、

が見え始め、中世には、王朝風を懐古する文脈中に、王朝風用例も残存はするが、南北朝期以降は、

三味線にひきかはりたる三筋町、恋の市場となまめかし(浄瑠璃・反魂香)、

と、

女性の性的官能美を触発する、媚態に重点が置かれるようになる、

とある(仝上・学研国語大辞典)。

なまめかし、

のもとになった、動詞、

なまめく、

は、「なま」で触れたように、

生めく、
艷めく、

と当て、

ナマは未熟・不十分の意。あらわに表現されず、ほのかで不十分な状態・行動であるように見えるが、実は十分に心用意があり、成熟しているさまが感じとられる意。男女の気持のやり取りや、物の美しさなどにいう。従って、花やかさ、けばけばしさなどとは反対の概念。漢文訓読系の文章では、「婀娜」「艷」「窈窕」「嬋娟」などをナマメク・ナマメイタと訓み、仮名文学系での用法と多少ずれて、しなやか、あでやかな美の意。中世以降ナマメクは、主として漢文訓読系の意味の流れを受けている、

とあり(岩波古語辞典)、「なまめく」は、本来は、ちょっと「奥ゆかしい」ほのかに見える含意である。

なまめく、

は、

「なま」(生) + 接尾辞「めく」

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%82%81%E3%81%8B%E3%81%97

未熟・不十分の意の「生」とそのような様子が視覚的に見えるようになることを表す動詞化接尾語「めく」からなる動詞で、未熟性・清新性・さりげなさの中に気品が感じられる優美に見えるというのが基本義、

と(日本語源大辞典)、

不十分なように、あるいは未熟なようにふるまう、
また、
何でもないように、さりげなくふるまい、それがかえって、奥ゆかしく、優美に見える、

意で、

泣き給ふさまあはれに心深きものから、いとさまよくなまめき給へり(源氏物語)、

と、

何気ないように振舞う、
何でもないように振舞いながら、気持ちをほのめかす、

意や(岩波古語辞典)、

薄物の裳あざやかに引き結(ゆ)ひたる腰つき、たをやかになまめきたり(源氏物語)、

と、

(色・人柄・態度など)けばけばしくなく、しっとりと控えめである、

意や、

その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり(伊勢物語)、

と、

人の容姿や挙動、あるいは心ばえが、奥ゆかしく、上品で、優美である、
また、
そのようにふるまう、

意や、

秋の野になまめき立てるをみなへしあなかしがまし花もひと時(古今集)、

と、

物や情景などが優美で情趣がある、

意で使う(精選版日本国語大辞典)のは、

なまめかし、

の原義と通じる。それが、平安後期以降、

この車を女車と見て、寄り来てとかくなまめく間に(伊勢物語)、

と、

異性の心を誘うような様子を見せる、
色っぽい様子をしている、
あだっぽいふるまいをする、
また、
男女間の交際にかかわることをいう、

意と、

官能的であることを表す用法が見え始め、中世以降は、その意味が主流になる、

のも(仝上)、

なまめかし、

と同じである。なお、「なま」の意味の幅については、触れた。

「艷」 漢字.gif

(「艷(艶)」 https://kakijun.jp/page/E486200.htmlより)

「艶(艷)」(エン)は、「色ふ」、「つややか」で触れたように、

会意。「色+豐(ゆたか)」で、色つやがゆたかなことをあらわす。色気がいっぱいつまっていること、

とあり(漢字源)、「艷話(えんわ)」のように、エロチックな意味もあるので、「つや」に、男女間の情事に関する意で「艶物(つやもの)」という使い方はわが国だけ(仝上)だが、語義から外れているわけではない。別に、同趣旨の、

本字は、形声で、意符豐(ほう ゆたか)と、音符𥁋(カフ)→(エム)とから成る。旧字は、会意で、色と、豐(ゆたか)とから成り、容色が豊かで美しい意を表す。常用漢字は俗字による、

とする(角川新字源)ものの他に、「豔・豓」と「艷」を区別して、「豔・豓」は、「艶」の旧字とし、

会意兼形声文字です(豐+盍)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「物をのせた皿にふたをした」象形(「覆う」の意味)から、顔形が豊かで満ち足りている事を意味し、そこから、「姿やしぐさが色っぽい(異性をひきつける魅力がある)」、「顔・形が美しい」を意味する「豔・豓」という漢字が成り立ちました、

とし、「艶(艷)」は、

会意文字です(豊(豐)+色)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「ひざまずく人」の象形と「ひざまずく人の上に人がある」象形(「男・女の愛する気持ち」の意味)から、「男・女の愛する気持ちが豊か」を意味する「艶」という漢字が成り立ちました、

とする説もあるhttps://okjiten.jp/kanji2086.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:07| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月08日

針目


物の色ども、打目(うちめ)、針目(はりめ)、皆いと目やすく調へ立てて奉りけるに(今昔物語)、

の、

打目、

は、

衣を打ってつやを出す、その打ち方、

とあり、

針目、

は、

衣のぬい方、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

打目、

は、

擣目、

とも当て、

つやを出すために絹布を砧(きぬた)で打った部分の光沢の出具合、

をいい(精選版日本国語大辞典)、

絹を砧で打ったときに生じる光沢の模様、

をいうので、

砧の跡、

ともいう(大辞林)。

絹帛の打物、

のことだが、

打物、

とは、

絹帛を、槌にて打ちて、光沢を生じさせるもの、

の謂いで、のちに、

板引、

となっても、そのまま、旧名を称したものである(大言海)。

板引、

とは、

漆塗りの板の上に、糊をつけたる絹を貼りつけ、燥(かわ)かして、引き離したるもの、

で、

絹に光沢を発せしむ、

とあり(大言海)、

紅絹、
白絹、

がある(仝上)。これだとわかりにくいが、平安時代に日本で考案された布地の加工法で、砧打ちの手間を省くために、

蝋などの植物性の混合物で生地をコートして艶と張りを持たせる、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%BC%95、具体的には、

漆塗りの一丈近い板に、糊が張り付くのを予防するのと生地に滑らかさを与える目的で胡桃油を塗る。ついで滑らかさと耐久性を与える木蝋を塗る。姫糊(原料はコメ)で張りを持たせた生地を板に貼り付けて完成。加工に使う材料は、全て天然由来の植物加工品である、

とある(仝上)。

濃き打ちたる上着に、紅梅、もえぎなどを重ね着て(今昔物語)、

の、

濃き打ちたる、

とあるのは、

きぬたで打ってつやを出した、

意で、

濃き、

とは、

紫の濃いのをいう、

とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。

針目、

は、文字通り、

わが背子が着(著 け)せる衣の針目おちず入りにけらしもわが情(こころ)さへ(万葉集)、

と、

針で縫った跡、

つまり、

縫目、

をいう(岩波古語辞典)。慶長二年(1597)の、最古のイロハ引き国語辞書『匠材集(しょうざいしゅう)』に、

針目、つづり也、

とあり、

針目衣(はりめぎぬ はりめごろも)、

というと、

つぎはぎだらけの衣、

また、

ぼろを綴り合わせた着物、

の意で、

つづれ、

ともいう(岩波古語辞典)。

「鍼」 漢字.gif

(「鍼」 https://kakijun.jp/page/E849200.htmlより)


「針」 漢字.gif


「鍼」(シン)は、

会意文字。「金+咸(感 強いショック)」で、皮膚に強い刺激をあたえるはりのこと。針とまったく同じ、

とあり(漢字源)、「針」(シン)は、

形声、「金+音符十」。十の語尾pがmに転じて、シムの音をらわす、

とあり(仝上)、

十(シフ→シム はりの形)、

とある(角川新字源)。なお、

針は俗字、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%9D。別に、

会意兼形声文字です(金+十)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「針」の象形から、「はり」を意味する「針」という漢字が成り立ちました(「十」は「針」の原字です)、

とある( https://okjiten.jp/kanji948.html)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:30| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月09日

博引傍証


柳田國男『妹の力』を読む。

妹の力.jpg


本書は、

妹の力、
玉依彦の問題、
玉依姫考、
雷神信仰の変遷、
日を招く話、
松王健児の物語、
人柱と松浦佐用媛、
老女化石譚、
念仏水由来、
うつぼ舟の話、
小野於通、
稗田阿礼、

の、12編が収められていて、

巫女、
ないし、
巫術、

に関わる論述である。特に、

「神々の祭に奉仕した者が、もとは必ず未婚の女子であり、同時に献供の品々を取得する者が、神を代表したその婦人に限られていた」(序)

とする仮説に基づき、

男帝の政治的主権をたすけた、巫女としての妹の力、

を明らかにしていくところに、その主眼がある。

「玉依彦は鴨御祖神の御兄であり、また非常に大いなる一族の高祖であったけれども、その名はただ人界に止まって、今の御社の神に祀られていない。しかもそのすぐれた妹の姫神と御子とを守護し信奉することによって、まず最大の恵沢を受けた者は玉依彦とその後裔子孫とであった。」(玉依彦の問題)、

とある、賀茂神社の祭祀での、

玉依彦と玉依姫という兄妹、

がそれにあたるし、アイヌの伝説においても、

「ところどころの島山に占拠した神は、必ず兄と妹との一組にきまっていた」

とあり(妹の力)、まさに、魏志倭人伝の、

卑弥呼は鬼道に仕え、よく大衆を惑わし、その姿を見せなかった。生涯夫をもたず、政治は弟の補佐によって行なわれた、

とする記述とも関わる問題である。その役割は、

「天然と戦い異部落と戦う者にとっては、女子の予言の中から方法の指導を求むる必要が多く、さらに進んでは定まる運勢をも改良せんがために、この力を利用する場合が常にあったのである。」(妹の力)

「けだし前代の女性が霊界の主要なる事務を管掌して、よくこの世のために目に見えぬ障礙を除去し、必ず来るべき厄難を予告することによって、いわれなき多くの不安を無用とし、ないし男たちの単独では決しがたい問題に、いろいろの暗示を与えるなど、隠れて大切な役目を果たしていた」(玉依彦の問題)、

とある。

それにしても、林達夫が、本書の書評で、

「この学問はその訪問者にも幾分この身軽な翼を賦興してくれるから、いま私が『妹の力』を読んでひどく見当違ひに見える方角へ、すっとんで行った」

とあるように、柳田國男の世界は、入口の話から、予想もしない遠くへ読み手を引っ張っていくのに、毎回驚かされる。それは、著者自身が手元にすべてのデータを持っていて、それに基づいて、ワープするように異世界へ連れていかれる感じなのである。それを批判するには、同じデータを手元で分析する以外、ないのである。

たとえば、

日を招く話、

は、

午の日を忌む、
寅の日を忌む、
子の日を忌む、

などといった、その日は、

田植えよろしからず、

という、

田植の日忌、

の話から始まり、次いで、その忌み日に田植えをすると、

「嫁が死ぬと、今でも言い伝えている処がある」

とし、そうした、

田植日忌の由来、

の話に、たとえば、

「五月七日には田を植えず、これを蘇我殿田植の日と称して忌んでいた。昔大友皇子がこの国遣水という山に城郭を構えて御住居なされたころ、この日臣下の蘇我大炊なる者を召して、国中の田人早乙女を催して田を植えしめて御覧あるに、日は夕陽となって御興いまだ尽きず、願わくは八つの時分にもなさばやと仰せられると、たちまち日は戻って九つのころとなったが、にわかに空かき曇り雷電暴雨あって万民こぞって死す」

と伝えられる、

日招き譚、

へとつなぎ、いまもその故跡がある、その田は、

死田(した)、

と呼ばれる。同種の、

日忌みの慣習の由来譚、

が、全国にあり、

死人田(しびとだ)、
病田、
癖田、
忌田、

などといい、その由来には、

「昔この田の持主に強欲な者があって、おきくという田植女にこれだけの田を一日に植えよと命じたので、おきく苦しさのあまりに死んでしまった。それから後は作れば凶事あり、今でも作る者がこれを恐れているという」

というものがあり、似たものに、

「昔嫁を虐待する姑が、これだけの田を一人で植えよと命じたところ、嫁は植え終わって即死したので、その祟りをもって植えると必ず家に死者を出す」

と言い伝える、

嫁いびり譚、

となっているものへとつなげ、それは、

嫁田、
嫁殺し田、

という名を残すものもある。そこで、柳田國男は、

「結局するところヨメとは何ぞや、何故に嫁ばかりが田植に出ては死んだといわれたかを、遡って考えてみる必要を感ずる」

とし、こんな田植え歌、

何でもかでも嫁のとが
きょうの日の、
暮れるも嫁のとがかい

を紹介し、

「三水は更級郡更府村の大字で、昔田であったという大きな池がある。これも姑に憎まれた若い嫁女が、五月に笠もなく、広い田を一日の中に植えかねて、日暮に気を落として死んでしまった。それから後はこの田の米を餅に搗くと、血がまじって食われなかった」

という嫁いびりの話の姑を、前出の、

強慾非道の長者、

に置き換えれば、結局、

同じ話、

に行きつくことになるとし、

「嫁の田系統のいくつかの遺跡に共通なる一点は、塚あり樹木あってその下に女性の霊を祀る」

ということであり、その、

日暮らし塚、

の口伝に、

「きびしい姑が、嫁をいじめて日の中に帰ってくると怒り罵る。その嫁は至って善良であって、日ごとに星を戴いて出て耕耘を事としたのみならず、なお常に日の神を拝して日中の長からんことを祈った。そうしてある年の秋重い病を煩って死んだ」

というのがある。ここで、冒頭の、

蘇我大炊の日招き、

の話と繋がり、

日の長がからんことを祈ったという女性が、後に重い病にかかって死んだ、

のは、

偶然の二つの事件、

ではなく、

「昔八幡太郎が安倍貞任と戦うた時に、戦いたけなわにして日暮れんとしたゆえに、義家扇をとって日をさしまねく。日これがために反ること三舎、その壇を麾日壇といいその地を麾日道路という」

という、

日招壇(ひまねきだん)、

につなげていく。この出典は、『淮南子』の、

「楚の魯陽公韓と難を構へ戦酣にして日暮る。戈を援いて撝くに日之が為に反ること三舎なり」、

や、舞の『入鹿』の、

蘭陵王の舞の手が戦の半ばに入日を招き返した形、

とも通底し、俗間に伝わる、

平清盛の日招き、

とも重なるが、

どうしてそれが、蘇我殿田植えのような、

田植習俗、

とつながったのかと設問し、

音頭 穏戸の瀬戸を切抜く清盛こそはノー
早乙女 日の丸の扇で御日を招ぎもどいた、

という安芸・吉田地方の田植歌を導き、各地に残る、長者の、

「ある年国中の男女を催してこの田を植えしむるに、日暮れかかってなお少しく植え残したるを本意なく思って、金の団扇をもって三たび入日を招きければ、山の端にかかりし日輪三段ばかり返り昇り、ついにその日の田植えを終わった」

という、

「沈まんとする日輪を扇をもって呼び戻す」

伝承にみられるのは、

「目的もなく夕日を招き返したのではなかった」

として、類似の話で、残った田植えを終えるために、日を招くのではなく、

「三千の油樽を取り出して山鹿の日の岡山にそそぎかけ、これに火を付けて、その光によって苗を取り終えた」

話を取り出し、すくなくとも、その話が事実であったかどうかは別としても、

「少なくとも大昔この地にいかめしくものものしい田植があり、何か記念すべきでき事があった」

と想像し、もう一つ別の、

「ある年の田植の日、……昼飯を運ぶ婢女が路の辺に死んだ」

言い伝えとつなげ、

田植と若い女の死、

の口承が残る所以へと切り込んでいく。

昼飯を運ぶ女の伝承も、結構あり、たとえば、

「印旛沼船尾の喜右衛門が家の子守女、田に働く者に運ぶ弁当を背負籠に入れ、その上に児を載せて田へ行くと、男どもきたないと怒って弁当をことごとく他の中へ投げ入れ、今一度炊き直してこいといって追い返した。子守は主家に戻って叱られんことを恐れ、そのまま児を負うて生まれ在所の師岡に返り、金毘羅淵に身を投げて死んだといって、船尾の鎮守宗像神社では、毎年その忌日にいろいろの奇怪があった」

といった類例が結構あり、たとえば、野州足利の五十部(いよべ)の水使(みずし)神社が祀る神、水速女(みずはやめ)命は、

「生前五十部(いよべ)小太郎なる者の召使いであり、農中傍輩の方へ昼飯を持参する路で、わが子が主人に打擲せられて死んだと聞き、怨み歎いて路の傍の淵に身を投げた」

とされるが、その神が、

「十二単衣を著て、杓子を持ち飯鉢を抱えた小木像」、

であることから、田の畔に安置する風習のある、

田の神の石像、

を連想し、その神が、

右の手に杓子、左の手に鉢、

あるいは、

左に杓子、右に手杵、

を持っていることへとつなげ、

田人のために昼餉を送った女、

と関係づけ、こう仮説する。

女が田植えの日に死んだという嫁ケ田の伝承、

と、

長者が日を招く物語、

とをつなぎ、

「同一の習俗に発生したものではないか」

と想定していくのである。そして、

「田植はすなわち田の神の誕生であり、それを期するためには主要な原因として、日の神と水の神の和合を必要としたのである。水の神は女性であって、ヨメの装いをして清き水の辺から出現した。尋常の少女がこれに扮するのだということを忘れるために、紅白の顔料をもって容貌を変化せしめるのが通例であったけれども、仮面もまた往々にして同じ目的に供せられた。」

とし、

「五十部(いよべ)の水使(みずし)神のごとく、手には主要の表象たる食物配給の危惧を握っていた」

という「田植」の儀式について、最後に、田植には必ず昼飯を運び、必ず田の畔で田人すべてが食事をすることになっていたが、炊ぐ材料や薪までも決まっていた以上、

運搬する者、

は、女性であった。そしてこう結論づける。

「通例の早乙女以外、別に特定した食事方の婦人があり、それが極度の美装粉飾して、田植儀式の中心をなしていた」

と。いわゆる早乙女の、

殖女(ウエメ)、

以外に、田植儀式の中心をなした、

養女(おなりせば)、

と呼ばれる女性がおり、

田遊びの行列の中には、殖女と養女二種の女性

がいた(『洛陽田楽記』)ことに着目する。

神聖だからこそ、それを犯すことをタブーとする。その意味で、田植儀式の中心の女性へのタブーが、

忌田、

につながったと思われる。

日招き、

もまた田植儀式とつながるだろうことが想像される。

日招き

長者の無理な田植強要

姑の嫁いびり

昼餉を送った女

殖女(ウエメ)

と、田植儀式にまでたどり着く、柳田國男の論旨の特徴は、離れた飛び石を曲芸のように伝っていくところにあり、『日を招く話』の展開はその特徴がよく表れている。その語りの幅と奥行きについては、その、

博引傍証、

に瞠目するほかはないが、柳田國男の頭の中でつながっている筋が、全て文章として表現されているとは見えず、読み手は戸惑い、混乱させられて、その結論を、とりあえず首肯しておくほかはない、という印象である。

なお、柳田國男の『遠野物語・山の人生』、『妖怪談義』、『海上の道』、『一目小僧その他』、『桃太郎の誕生』、『不幸なる芸術・笑の本願』、『伝説・木思石語』、『海南小記』、『山島民譚集』『口承文芸史・昔話と文学(柳田国男全集8)』については別に触れた。

参考文献;
柳田國男『妹の力』(Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:10| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする

2023年07月10日

調楽


風俗(ふぞく)は調楽(てうがく)の内参(うちまいり)賀茂詣などにこれを用ゐらる(梁塵秘抄口伝集)、

とある、

調楽、

は、

でうがく、

とも訓ませ(学研全訳古語辞典)、

我君促震臨於此処、調楽懸於厥中(「増鏡(1368~76頃)」)、

と、文字通り、

舞楽・音楽を奏する、

意だが、ここでは、

大将の君、丑寅の町にて、まづ、内内に、てうかくのやうに、明暮、遊びならし給ひければ(源氏物語)、

と、

楽舞の公式演奏に先立ってあらかじめ練習すること、

で、特に、平安時代以後、

今日石清水臨時祭調楽始、件祭平安可被遂之由(「小右記」天元五年(982)二月二五日)、

と、

賀茂社および石清水八幡宮などの臨時祭で行なう楽舞の予行練習、

をいい、祭儀当日に近い規模の、

試楽、

に対して、それ以前に数回にわたってくりかえされる、

予行練習、

を指してよぶとある(精選版日本国語大辞典)。

調楽、

は、公事・宴席で行う、

舞楽の下稽古、

の意(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)だが、特に、

まいて、臨時の祭の調楽などはいみじうをかし(枕草子)、

とあるように、

三月中午の日の石清水、十一月下酉の日の賀茂神社の臨時祭の試楽を指す。祭日の二日前に清涼殿の前庭で天皇臨席のもとに行われ、宮廷行事として重きが置かれた、

とある(仝上)。

内参り、

も、当然、

宮中に 参ること、

だが、ここではも

石清水・賀茂両神社の臨時祭の試楽において、関白をはじめ公卿・楽人・舞人などが参内する行事、

をいう(仝上)。

賀茂詣、

は、

四月の中の酉の日または下の酉の日(現在五月十五日)に行われる賀茂御祖神社(下賀茂神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の例祭である賀茂祭の前日に、摂政や関白が賀茂神社に参拝する行事、

をいう(仝上)。なお、

風俗、

は、

風俗歌(ふぞくうた)、

の意で、

平安時代から行われた歌謡の一つ、

で(広辞苑)、

地方の国々に伝承されていた歌が、宮廷や貴族社会に取り入れられ、宴遊などに歌われた、

ものである(デジタル大辞泉)。

国風(くにぶり)、
国風歌、

ともいう(仝上)。

元正天皇の養老元年(717)四月二十五日、天皇に大隅・薩摩の両国の風俗歌舞が奏された( 続日本紀)、

のを初出として、その後、東国歌謡を主流として宮廷の儀式に奏され雅楽化されて宮廷宴遊歌謡となった、

とある(馬場・前掲書)。

「調」 漢字.gif



「周」 甲骨文字・殷.png

(「周」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%A8より)

「調」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、

会意兼形声。周の原字は、田の全体に点々と作物の植えられたさまを示す会意文字。調は「言元+音符周」で、全体にまんべんなく行き渡らせること、

とある(漢字源)。別に、

形声。言と、音符周(シウ→テウ)とから成る。「ととのう」意を表す。転じて、物をとりあげる意に用いる、
とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(言+周)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「方形の箱に彫刻が一面に施された象形」(「ゆきわたる」の意味)から、言葉に神経が「ゆきとどく」、「ととのう」を意味する「調」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji447.html。ちなみに、「周」は、

会意文字。「田の中にいっぱいに米のある形+口印」で、欠け目なく全部に行き渡る意を含む。「稠密(チュウミツ)」稠の原字。また口印はくちではなく、四角い領域を示し、まんべんなく行き渡ることから周囲の意となる、

とある(漢字源)。別に、

上部は周族(姫氏)の象徴である盾の象形であり、下部は神器を意味する会意で、周朝の威光から「あまねく」の意を生じ、「めぐる」の意味は仮借(白川静)、

とするものhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%A8

会意。口と、用(もちいる)とから成り、ことばを用いてうまく話すことから、こまやかの意を表す、

とするもの(角川新字源)、

指事文字です。「方形の箱などの器物に彫刻が一面に施された」象形から、「あまねく・ゆきわたる」を意味する「周」という漢字が成り立ちました、

とするものhttps://okjiten.jp/kanji676.htmlもある。

なお、「樂(楽)」(ガク、ラク)については、「田楽」で触れた。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』(講談社学術文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:14| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月11日

うるせし


広言は声色悪しからず、歌ひ過ちせず。節はうるせく似するところあり。心敏く聞き取ることもありて、いかさまにも上手にてこそ(梁塵秘抄口伝集)、

の、

うるせし、

は、

たくみだ、
上手だ、

の意とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。

平安時代から鎌倉時代にかけて用いられた日常語の一つ。高知方言などにのこる、

もの(広辞苑)で、

機敏、

と当てるものもあり(大言海)、

ウルサシと同根、相手の技術が巧みで、こちらの気持が締め付けられるように感じる意、

とある(岩波古語辞典)。

帝、いとうるせかりしものの帰りまうで来たれること、とよろこび給て(宇津保物語)、

と、

知的にすぐれて賢い、
よく気がつく、
頭の回転が速い、

とか、ものの処理が速いとかの敏捷さをさす場合が多いのが原義で(精選版日本国語大辞典)、

宮(女三の宮)の御琴の音は、いとうるせくなりにけりな(源氏物語)、

と、

技芸でも書や楽器の演奏など、知力の働きを要するもの、

について用いられ(仝上)、

(演奏などの)手口、技巧が達者で見事だ、
巧者だ、

の意で使う(仝上・岩波古語辞典)。さらに、それを敷衍したように、

才かしこく心ばへもうるせかりければ(宇治拾遺物語)、

と、

立派で申し分ない、

意で使う(岩波古語辞典)。

うるせし、

は、

心狭(うらせ)しの転か(心愛(うらは)し、可愛(うるは)し。いぶせしと云ふ語もあり)(大言海)、
うるはしきの中略(安斎随筆・日本語源=賀茂百樹)、

などの説があり、

うるさしと同源、

とされ(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)、

古写本では「うるさし」とある本文もあり、「うるせし」「うるさし」の区別は難しい、

とあり(岩波古語辞典)、

技芸でも書や楽器の演奏など、知力の働きを要するものについて用いられている。ただ、機敏・細心といった性格は極端に走れば繫雑といった否定的な面も生じてくる。あるいは、「うるさし」と交錯混用された時点では肯定的なニュアンスで用いられたか。やがて「うるさし」の勢力に押されて、吸収されていった、

とある(日本語源大辞典)。

うるさし、

は、

煩し、

と当てるが(デジタル大辞泉)、

ウルはウラ(心)の転、サシは狭しの意で、心持が狭く閉鎖的になる意が原義、

とあり(岩波古語辞典)、

やかましい物音やしつこい仕業など、わかりきった行為や音が何度も繰り返されることに対して、応じるのが面倒で、それをやめてもらいたいくらいに感じる意。転じて、相手のすきがない行為に困ったものと思いながら、一目置いた気持ちでいる、

とある(仝上)。平安時代、

禰宜の大夫がうしろ見つかうまつりて、いとうるさくて候ひし宿りにまかせて(大鏡)、

と、

行き届いて完全であるさま、

をいい、

織女(たなばた)の手にも劣るまじく、その方も具して、うるさくなむはべりし(源氏物語)、

と、

技芸がすぐれている、

意でも使い、また、

その度が過ぎて、反発されたり敬遠されたりする、

意でも使う(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・日本語源大辞典)が、類聚名義抄(11~12世紀)は、

悩、ウルサシ、

と訓ませており、

相手のすきのない行為や状態に接して心に圧迫を感じて一目置くものの、一方で敬遠したくなる感情をいう、

とあり(日本語源大辞典)、

うるせしの転(ふせぐ、ふさぐ)、敏捷(うるせ)きに過ぐるは、煩わしくなる意より移りたるなるべし、

とある(大言海)。そこから、

二人臥しぬるのちに、いみじう呼ぶ人のあるをうるさしなど言ひ合はせて寝たるやうにてあれば(枕草子)、
これを弾く人よからずとかいふ難をつけてうるさきままに、今はをさをさ伝ふる人なしとか(源氏物語)、

なとと、平安末期から、

ものが多くつきまとってむ煩わしい、
うっとうしい、
面倒で嫌だ、

などという意でも用いられ、近代には、

~するとうるさい、

という形で、

面倒だ、
厄介だ、

の意で用いられ、現代では、

隣の声がうるさい、

と、

物音が大きすぎて耳障りである、
やかましい、

意や、

規則がうるさい、
ワインにはなかなかうるさい、

と、

注文や主張や批評などが多すぎてわずらわしく感じられる、
細かくて、口やかましい、

意や、

蠅がうるさくつきまとう、
この写真はバックがうるさい、

と、

どこまでもつきまとって、邪魔でわずらわしい、
また、
ものがたくさんありすぎて不愉快なさま、

にもいう(デジタル大辞泉)。現代の、この、

うるさい、

語感と、

うるせし、

とは、どうも語感が重ならないが、

うるさし、

は、

音などがやかましく、わずらわしい。原義は、何らかの刺激によって心が乱れ、閉塞状態になる意、

で、

ウラ(心)の母音交替形ウルに、形容詞サシ(狭し)がついたもの、

うるせし、

は、

ウル+セシ(サシの母音交替形)、

で、両者を無関係とする意見もあるが、

ウルセシはプラスの刺激による心の閉塞状態と解すればよい(暮らしのことば語源辞典)、
うるさいは「技芸がすぐれている」といった意味でも用いられ、細かいところまで気づくという点では(「うるせし」と)意味が近い(語源由来辞典)、

と、両者を同源とするのが大勢のようだ。ただ、

うるさい、

の語源には、

形容詞ウレタシは「なげかわしい」「いとわしい」という意で、ウレハシ(憂はし)と同義語である。〈むぐら生ひて荒れたる宿のウレタキは〉(伊勢物語)。ウレタシはさらに、「レ」が母交[eu]をとげてウルタシになり、「タ」の子交[ts]でウルサシ(煩さし)・ウルサイ(五月蠅い)になった。〈問はぬもつらし(苦しい)、問ふもウルサシ〉(伊勢物語)、

との異説がある。しかし、

うるはし、

うるさし、

の意味の乖離に疑問である。

なお、中世に、「うるさし」に、

右流佐死、

と表記する例があるが、これについては、平安時代(院政期)の説話集『江談抄』(ごうだんしょう 水言抄)に、

世以英雄之人称右流佐死、其詞有由緒、昔菅家為右府、時平為左府、共人望也、其後右府有事被流、左府薨逝、故時人称有人望之者号右流佐死……、

とある由(日本語源大辞典)。しかし、これはこじつけではないか。

また、

うるさし、

に、

五月蠅し、

とあてることについては、

五月蠅、
狭蠅、

とあて、

さばへ、

とよます。これについて、

サはサツキ(五月)のサと同根、神稲の意(岩波古語辞典)、
サはサミダレ・サツキの五月の意(古典文学大系)、
サバヘは、多蠅(サバハヘ)の約(河原(カハハラ)、カハラ)、あるいは、喧噪(サバ)メクの、サバ蠅ならむか(大言海)、
サワグのサが発語になったものか(国語の語根とその分類=大島正健)、

などとあり、語源ははっきりしないが、

陰暦五月、田植頃の群がりさわぐはえの称、

とあり(岩波古語辞典・大言海)、

群蠅の、湧き出て、聲立てて飛び騒ぐ、煩わしき意に云ふ、ウルサシと云ふ語に五月蠅の字を宛つることあるも、この意なり、

とある(大言海)。ただ、蠅の群るは夏の五月に限らない(仝上)のだが。順徳天皇の歌論書『八雲御抄(やくもみしょう)に、

蠅、さはへなす、五月のはへと書けり、悪(わろ)き物也、

とある。

「煩」 漢字.gif

(「煩」 https://kakijun.jp/page/1389200.htmlより)

「煩」 簡牘(かんどく)文字.png

(「煩」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札に書いた)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%85%A9より)

「煩」(漢音ハン、呉音ボン)は、

会意文字。「火+頁(あたま)」で、火のもえるように頭がいらいらすること、

とある(漢字源)。別に、

会意。頁と、火(熱)とから成り、熱があって頭痛がする、ひいて、なやむ意を表す、

とも(角川新字源)、

会意文字です(火+頁)。「燃え立つ炎」の象形と「人の頭部を強調した」象形から、悩みで熱が出て頭痛がするさまを表し、そこから、「わずらう」を意味する「煩」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1465.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月12日

熒惑星(けいこくせい)


これは、熒惑星(けいこくせい)の、この歌を賞でて化しておはしけるとなん、聖徳太子の伝に見えたり。今様と申す事の起こり(梁塵秘抄口伝集)、

の、

熒惑星、

は、

火星の別名、

とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。

熒惑星、

は、漢語である。「熒惑」は、

兵乱の兆しを示す星の名、

つまり、

火星、

である。

熒惑出則有兵、入則兵散(史記・天官書)、

とある。別に、

火の神の名、

ともされ、

赤帝の神にて南方に位す、

とある(字源)。また、

目将熒之(荘子・人閒世篇)、

の註に、

使人眼眩也、

とあり、「惑」は、

惑、戸國切(正韻)、
迷也(廣韻)、
疑也(増韻)、

等々とあり、「或」は、

亦通作或、孟子、無或乎王之不智(字典)、

とある。「惑」は、

妄張詐誘、以熒惑其将(六韜)、
熒惑トハ、火星ノ名、其光熒(かがや)クを以て、人ヲ疑惑セシムベシ(直解)、

と、

人心を炫惑する、

意でも使う(仝上)。

火星.jpg


火星、

の名は、

五行説に基づく呼び名であり、学問上(天文史料)では熒惑(ケイコク)といった、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E6%98%9F

熒惑、

は、江戸時代に、

なつひぼし、

と訓じられ、

夏日星、

という和名もある(仝上)。

宋景公有疾、司馬子常曰、熒惑守心、宋之分野也、君當之、若祭之、可移于相(史記・宋世家)、

と、

熒惑守心(熒惑心を守る)、

という言葉があり、

火星がさそり座のアンタレス(Antares さそり座α星A 黄道の近くに位置している)付近にとどまること(地球から観測する場合、火星は順行から逆行に切り替える数日間、天球上の同じ場所に止まるように見える)、

をいい(仝上)、具体的には、

心宿(アンタレスあたり)で順行・逆行を繰り返してうろうろする現象、

をいいhttps://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/oldchina/tenpen/keiwaku.htm

熒惑守心、

は、

戦乱が起こる、不吉の前兆とされた、

とある(仝上)。「心」とは、

アンタレスが所属する星官(中国の星座)心宿(しんしゅく)のこと、

をいい(仝上)、星官(星座)の心は、

さそり座のσ、α(アンタレス)、τの3つの星によって構成される、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E5%AE%BF。「心宿」は、和名、

中子星(なかごぼし)、

という(仝上)。

「熒」 漢字.gif


「熒」 金文・西周.png

(「熒」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%86%92より)

「熒」(漢音ケイ、呉音ギョウ、慣用エイ)は、

原字の「𤇾()」は2つの交差するトーチを象る象形。東周時代に下に「火」が追加された。『説文解字』では、「焱」+「冂(家屋)」の会意文字とされているが、誤った分析である、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%86%92。和語では、

ひかり、

と訓ずる(仝上)。

ともしび、
ひかりかがやく、
めがくらむ、

といったいの場合、

ケイ、

と訓み、

螢と通ず、

とある(字源)。

疑い惑う、

という意の場合、

エイ、

と訓む(仝上)。

「惑」 漢字.gif

(「惑」 https://kakijun.jp/page/1280200.htmlより)

「惑」(漢音コク、呉音ワク)は、

会意兼形声。或は「囗印の上下に一線を引いた形(狭いわくで囲んだ区域)+戈」の会意文字で、一定の区域を武器で守ることを示す。惑は「心+音符或」で、心が狭い枠に囲まれること、

とある(漢字源)。別に、

形声。心と、音符或(コク、ワク)とから成る。心に思い迷う意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(或+心)。「矛(ほこ)の象形と村の象形と境界線の象形」(「武装した地域」の意味だが、ここでは、「さかんに現れる」事を表す擬態語)と「心臓」の象形から、さまざまな考えがさかんにあらわれる事を意味し、そこから、「まどう」を意味する「惑」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1167.html

「或」 漢字.gif



「或」 甲骨文字・殷.png

(「或」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96より)


「或」 金文・西周.png

(「或」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96より)

「或」(漢音コク、呉音ワク)は、

会意。「戈(ほこ)+囗印の地区」から成る。また囗印を四方から線で区切って囲んだ形を含む。ある領域を区切り、それを武器で守ることを示し、往き國の原字である。ただし、一般には有に当て、ある者、ある場合などの意に用いる。或の原義は、のちに域の字で表すようになった、

とある(漢字源)。「或日」「或人」の「ある」、或師焉、或不焉、と「あるいは」の意だが、上述のように、無或乎王之普智也(王ノ不智ニ或(まど)フコトナカレ)と、「惑う」意もある。他も、

会意。戈と、囗(い 集落)と、一(境界)とから成る。境を設けた地域を武器で守る意を表す。ひいて、「くに」の意に用いる。「國(コク 国)」の原字。借りて「ある」「あるいは」の意に用いる(角川新字源)、

会意文字です(口+戈+一)。「村の象形と矛(ほこ)の象形と境界線の象形」から、「武装した地域・区切られた地域」の意味を表しました。(域・國(国)の原字)。借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「あるいは」を意味する「或」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2456.html

等々同種の説があるが、この解釈は、

『説文解字』で「戈」+「一」+「囗」と分析され、武器で土地や領土を守るさまと説明されているほか、「戈」ではなく「弋」を含むと分析する説もある。甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、これらは誤った分析である、

としhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96

象形。円形の刃を持つ鉞を象る。のち仮借して「ある」「あるいは」を意味する漢語{或 /*wəək/}に用いる、

とある(仝上)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:15| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月13日

江戸稼業案内


岡村直樹『時代小説がもっとわかる! 江戸「仕事人」案内』を読む。

江戸「仕事人」案内.jpg


本書では、

46種の稼業(仕事)を、

遊芸・娯楽(花魁・女衒・貸本屋・歌舞伎役者・相撲取り・大道芸人・船宿・幇間・遊芸師匠・落語家・)
職人・技人(絵馬師・鏡磨き師・経師屋・大工・彫師・刀工・廻り髪結い)
生活・諸事(岡っ引・水茶屋・駕籠屋・瓦版屋・木戸番・切り絵図屋・女掏摸・公事屋・差配人・付き馬屋・寺子屋師匠・名主・飛脚・火消し・渡し守)
流通・商業(菓子商・鰹節商・金貸し・口入屋・材木商・質屋・定斎売り)
武家社会(内与力・江戸留守居役・御庭番・勤番侍・火付盗賊改方・奉行所同心・浪人)

の、五つに分け、さらに、各章末に、簡単な紹介の、

狂歌師・角兵衛獅子・新内語り・娘義太夫・鳥追い女・芸者・講釈師・砂絵師・能楽師
竹細工職人・錠前師・庭師・下駄職人・仏師・指物師・彫金師・弓細工師・からくり師
料理人・水売り・旅籠・湯屋・渡世人・盗っ人・自身番書役・女壺振り・風車売り・陰陽師・医者・歯医者
夜鷹蕎麦・札差・両替商・小間物屋・棒手振り・眼鏡屋・廻船問屋・古道具屋・薬種商・酒問屋・香具師
首切り役人・天文方・御数寄屋坊主・関東郡代・八州廻り・道場主・用人・奥女中・奥祐筆・鷹匠・中間・虚無僧

の、54種を加えて、100種の稼業を紹介している。ひどく偏った紹介になっていることは、一目瞭然である。本書のタイトル、

時代小説がもっとわかる、

というのは羊頭狗肉で、本書は、

時代小説で知る、

江戸の稼業、

というのが正確のようで、ネタは、時代小説から取っている。例えば、冒頭の、

花魁、
女衒、

は、『吉原手引草』(松井今朝子)に依っているし、

寺子屋師匠、

は、『よろず屋平四郎活人剣』(藤沢周平)、

絵馬師、

は、『逃げ水半次無用帖』(久世光彦)、

火消し、

は、『岡っ引きどぶ』(柴田錬三郎)、夏負けの特効薬を売る、

定斎売り、

は、『深川黄表紙掛取り帖』(山本一力)、

瓦版屋、

は、『橋廻り同心・平四郎控・残り鷺』(藤原緋沙子)、

切り絵図屋、

は、『切り絵図屋・清七 ふたり静』(藤原緋沙子)、

御庭番、

は、『御庭番秘聞』(小松重男)、といった具合だ。

逆に言うと、小説のネタにならないような、仕事、職業は、殆ど紹介されていないことになる。当然、独自の突っ込みはなく、作家のネタに頼っている。当然、

職人盡繪詞https://dl.ndl.go.jp/pid/11536004

のように、網羅されていないので、ありふれた、

煙管売、
鋳掛屋、
屋台、

もなければ、「水売り」以外の、

ぼてふり(振売)、

もほとんど紹介がない。小説の主人公にはなりにくいからだが、どうせ、小説からネタを取るなら、ほんの一字出ているだけの、稼業を拾いだし、その奥行きを描いて見せる手際でないと、これでは、あまりに安直に過ぎる気がしてならない。

箱詰めのすしを売る振売。.jpg

(箱詰めのすしを売る振売(「守貞漫稿」) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%AF%E5%A3%B2より)

初鰹を売る振売.jpg

(初鰹を売る振売(守貞漫稿) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%AF%E5%A3%B2より)


煙管売・鋳掛屋.jpg

(煙管売・鋳掛屋・琵琶葉湯売・蚊帳売 『職人尽絵詞(しょくにんづくしえことば)』) https://www.benricho.org/Unchiku/edo-syokunin/04syokuninzukushiekotoba/より)


屋台店.jpg

(屋台店(天婦羅屋・鯣(するめ)屋・四文屋) 『職人尽絵詞』) https://www.benricho.org/Unchiku/edo-syokunin/04syokuninzukushiekotoba/より)


花魁.jpg

(花魁(『職人尽絵詞』) https://www.benricho.org/Unchiku/edo-syokunin/04syokuninzukushiekotoba/より)


髪結い等々.jpg

(髪結床・錠前直し・鋸目立・大道商人(書画売)(職人尽絵詞) https://www.benricho.org/Unchiku/edo-syokunin/04syokuninzukushiekotoba/より)


大工.jpg


参考文献;
岡村直樹『時代小説がもっとわかる! 江戸「仕事人」案内』(Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:24| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする

2023年07月14日

髄脳


詠む歌には、髄脳(ずいなう)・打聞(うちぎき)などいひて多くありげなり。今様には、いまださること無ければ、俊頼(としより)が髄脳を学びて、これを撰ぶところなり(梁塵秘抄口伝集)、

とある、

髄脳、

は、

和歌の髄脳、いと所せく(たくさんあり)、病(歌病)、さるべき心多かりしかば(源氏物語)、

とあるように、

奥義や秘説・心得を書いた書物、

とあり(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)、

髄も脳も身体の極めて大切な部分なので、

そういうらしい(岩波古語辞典)。

打聞、

は、

人といひかはしたる歌の聞こえて、打聞などに書き入れらるる(枕草子)、

と、

耳に触れたことを書き留めたもの、

とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。

特に、撰集を編むために広く歌を書き集めること、

ともある(岩波古語辞典)。

聞書(ききがき)、

である(大言海)。源俊頼の歌学書、

俊頼髄脳(天永二年(1111〕~永久元年(1113)成立)、

は、現存写本の標題が、

俊頼口伝集(くでんしゅう)、
俊頼無名抄(むみょうしょう)、
俊秘(しゅんぴ)抄、

等々で、

当初から明確な書名はなかった、

とみられhttps://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=754、もと、

五巻、

と推測されているが、残存するのは、

巻一断簡、
巻十、

だけである(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。

俊頼髄脳 (国会図書館コレクション) (2).jpg

(「俊頼髄脳」(源俊頼) 国会図書館コレクション)

本書は、

藤原勲子(後の鳥羽院皇后・高陽院(かやのいん)泰子=改名)献呈した歌学書、

であり、

作歌のための実用書として具体的心得を説くことを主体とするもの、

であったため、その構成も記述の関連に従っており、一貫したものではなく、内容はほぼ、

序に始まり和歌の種類、歌病、歌人の範囲、和歌の効用、実作の種々相、歌題と詠み方、秀歌などの例、和歌の技法、歌語とその表現の実態という順で記述する、

とありhttps://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=754、そのうち最後の歌語を基底に置いての、その意味と表現の実態説明が全体の約三分の二を占め、歌語・表現の種々な具体的記述と詠まれた和歌の発想の基となる説話・伝承なども詳しく記述する(仝上)、とある。

「髓」 漢字.gif

(「髓」 https://kakijun.jp/page/E992200.htmlより)

「髄」 漢字.gif

(「髄」 https://kakijun.jp/page/1920200.htmlより)

「髓(髄)」(漢音呉音スイ、慣用ズイ)は、

会意兼形声。遀(スイ)は、外側の形に柔らかく従うこと。隨はそれを音符として、骨を加えた字。骨の外わくに従う柔らかいゼラチン状のなかみ、

とある(漢字源)。別に、

形声。骨と、音符遀(スイ)とから成る。骨の中心部、ひいて、物事の中心の意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(骨+迶)。「肉を削り取り、頭部をそなえた人の骨の象形と切った肉の象形」(「骨」の意味)と「段のついた土山の象形と左手の象形と工具の象形×2」(「くずれる」の意味)から、動物の骨の中心にあるやわらかなもの「ずい」を意味する「髄」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1696.htmlある。

「腦」 漢字.gif


「脳」 漢字.gif


「腦(脳)」(漢音ドウ、呉音ノウ)は、

会意兼形声。𡿺は、頭に毛の生えた姿。上部の巛印は頭髪であり、下部は、思の字にも含まれて居る形であって、頭骨におどりの筋の入っている姿である。腦はそれを音符とし、肉を加えた字で、柔らかい意味を含む。脳みその柔らかい特質に着目した命名であろう、

とある(漢字源)が、ちょっと意味不明である。別に、

形声。「肉」+音符「𡿺 /*NU/」。{腦 /*nuuʔ/}を表す字。音符の「𡿺」は、「夒」の特殊な形の略体、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%85%A6

会意形声。肉と、𡿺(ダウ あたま)とから成る。のうみその意を表す、

とも(角川新字源)、

会意文字です。「まだ上部が開いている乳児の頭蓋骨」の象形と「髪」の象形と「年老いた女性」の象形(「比」に通じ、「並ぶ、つく」の意味)から、髪と頭蓋骨が付いている「のうみそ」を意味する「脳」という漢字が成り立ちました。(「年老いた女性」の象形は、のちに、「切った肉」の象形に変形しました)、

ともhttps://okjiten.jp/kanji50.htmlある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』(講談社学術文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:13| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月15日

瀉瓶(しゃびょう)


一筋を徹さむために、みな、この様に違ひたるをば習ひ直して、残ることなく瀉瓶(しやびやう)し終はりにき(梁塵秘抄口伝集)

の、

瀉瓶(しゃびょう)、

は(「びょう」は「瓶」の呉音)、

写瓶、

とも当て(広辞苑)、

仏教語で、瓶の水を他の瓶に一滴残らずそそぎ移すように、師から弟子に仏法の奥義をことごとく伝授すること、

とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。また、

その弟子、

の意もある(精選版日本国語大辞典)。

真言宗では、

瀉瓶相承、

とも使い、転じて、

後鳥羽院は、彼の卿(藤原定輔)に御琵琶習はせ給ひて、既に瀉瓶せさせ給ふべきになりにけるとき(古今著聞集)、

と、

秘曲啄木の伝授を以て琵琶の奥義を究めるとする意識に「瀉瓶」の語が用いられている、

という(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)ように、

学問や芸道、

においても用いられた(精選版日本国語大辞典)。

瀉(写)瓶相承(しゃびょうそうじょう)、

は、

五つには我に事(つか)ふるより来(このか)た、我が所説の十二部経を持し、一たび耳を経れば会て再問せず、瓶水を瀉(うつ)して之を一瓶に置くが如し(涅槃経巻四十)、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E6%B0%B4%E5%86%99%E7%93%B6

師から弟子へと教法が次々に受け継がれていく際、その教法の授受が、あたかも一器の水を他の一器に移すように、一滴たりとも遺漏なくすべてが伝えられ、受け継がれていくこと。師資相承は一宗の奥義を伝え、授受伝承されるものであるから、師の教えが正しく、間違いなく伝えられねばならない。その授受がすべて完全にそのまま移されることを示す言葉である、

とありhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E7%80%89%E7%93%B6%E7%9B%B8%E6%89%BF

法は譬えば水の能(よ)く垢穢(くえ)を洗うに……其の法水も亦復是(またまたかく)の如し、能く衆生の諸(もろもろ)の煩悩の垢を洗う(無量義経説法品第二)、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E6%B0%B4%E5%86%99%E7%93%B6

法水瀉瓶(ほっすいしゃびょう)、

という言い方もする。また、

親から子に血が受け継がれるように、受け継いだ仏教の諸々すべてをそっくりそのまま次代に継承させる、

という、

血脈相承(けちみゃくそうじょう)、

あるいは、

ロウソクからロウソクへと、法の灯火(火)を移していく、

という、

伝灯相承(でんとうそうしょう)、

という言葉もあるhttps://tenshinryu.net/?p=1711

「瀉」 漢字.gif


「瀉」(漢音シャ、呉音サ)は、

会意兼形声、寫の舄(シャク・セキ)は鵲(セキ)と同じく、大きな口をあけて声をはきだすカササギを描いた象形文字。寫は、それを音符とする形声文字で、こちらの物をそちらへうつすこと。その原義には関係ない。瀉は「水+音符寫で、液体を外へまたは低い方へ移すこと、

とある(漢字源)。注ぐ意で、「傾瀉(ケイシャ)」、吐く意で、「吐瀉(トシャ)」、流れ出る意で、「瀉出(シャシュツ)」、流れがきわめて速い意で、「一瀉千里(イッシャセンリ)」等々。

「寫」 漢字.gif

(「寫」 https://kakijun.jp/page/9B8D200.htmlより)


「冩」 漢字.gif

(「冩」 https://kakijun.jp/page/996F200.htmlより)


「写」 漢字.gif

(「写」 https://kakijun.jp/page/0516200.htmlより)

「寫(冩・写)」(シャ)は、

形声。寫の舄(シャク・セキ)はカササギの姿を描いたもの。ここでは単なる音符で、もとの意味には関係ない。寫は場所を移す意味を含む、

とある(漢字源)。別に、

形声。宀と、音符舄(セキ→シヤ)とから成る。外から家の中に物を移しおろす、転じて、物をうつしとる意を表す、

とも(角川新字源)、

形声文字です(宀+舄)。「おおい」の象形と「かささぎ(スズメ目カラス科の鳥)」の象形(「かささぎ」の意味だがここでは、「席(せき)」に通じ(同じ読みを持つ「席」と同じ意味を持つようになって)、「しく(敷)」の意味)から、実物を下に置き、その上に紙をかぶせて「かきうつす」を意味する「写」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji494.html

「甁」 漢字.gif


「瓶」 漢字.gif


「甁(瓶)」(唐音ビン、漢音ヘイ、呉音ビョウ)は、

会意兼形声。并は「人二人+=印二つ」の会意文字で、二つあわせ並べることを示す。瓶は「瓦(土器)+音符并(ヘイ)」。もと、二つ並べて上下させる井戸つるべ。のち水をくむ器や、液体を入れる小口の容器を指すようになった、

とあり(漢字源)、

会意兼形声文字です(并(幷)+瓦)。「人を並べつないだ」象形(「あわせる」の意味)と「粘土をこねて焼いた土器」の象形(「土器」の意味)から、同じ鋳型(いがた)で作った半分を合わせて作る「かめ」を意味する「瓶」という漢字が成り立ちました

ともあるが、

形声。「瓦」+音符「并 /*PENG/」。「かめ」「つるべ」を意味する漢語{瓶 /*beeng/}を表す字。かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、誤った分析である、

と否定しhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%93%B6、また、

形声。瓦と、音符幷(ヘイ)とから成る。小形のほとぎ、「かめ」の意を表す(角川新字源)ともある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:15| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月16日

九品往生


やがて聞きしより始めて、朝(あした)には懺法(せんぼふ)を誦みて六根を懺悔し、夕(ゆふべ)には阿弥陀経を誦みて西方の九品往生(くほんわうじやう)を祈ること、五十日勤め祈りき(梁塵秘抄口伝集)、

とある、

懺法、

は、

せんぽう、

とも訓み、

経を読誦して、罪過を懺悔(さんげ)する儀式作法。罪障を懺悔するために、特別に行なう法要、

をいい、古くは、

悔過(けか)、

といって、

法華懺法、
観音懺法、
阿彌陀(あみだ)懺法、

などは滅罪生善の後生菩提(ごしょうぼだい)のために、

吉祥懺法、

は鎮護国家、息災延命のために行なわれた(精選版日本国語大辞典)が、

普通は諸経に基づき、罪を懺悔する修法・儀式法則、

をいい(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)、

滅罪生善のための法華懺法、

あるいは、

後生菩提のための阿弥陀懺法、

が行われた(仝上)とある。

朝には懺法を誦みて、

は、

「六根(眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の根は、これらを対象とする執着の罪を生ずる)を懺悔し」という法華懺法、

をいい、

夕には阿弥陀経を誦みて、

は、

「西方の九品往生を祈る」という阿弥陀懺法、

を意味する(仝上)とあり、このような暁に法華懺法を行い、夕方に阿弥陀懺法が行われるのが一般であった(仝上)という。中古以後、

法華懺法がもっとも盛んで、懺法は法華懺法の略称となった、

とある(精選版日本国語大辞典)。「六根」については「六根五内」で触れた。

九品往生(くほんおうじよう)、

は、

『観無量寿経』によれば、

凡夫は生前に積んだ功徳に応じて浄土往生が九階層に分かたれているという。すなわち、極楽には上品・中品・下品があり、さらにそれらが上生・中生・下生に分かたれ、往生の違いによって迎えられる蓮華の台が異なり、これを九品往生といった、

とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。

九品往生、

とは、

阿弥陀如来の住む極楽浄土に生れたいと願う者の9段階(九品)の往生の仕方、

をいい(ブリタニカ国際大百科事典)、

九品浄土に往生しようと願って念仏すること、

を、

九品念仏(くほんねんぶつ)、

その、往生する者の機根に応じて九等の差別がある浄土を、

十方仏土の中には西方を以て望とす九品蓮台の間には下品といふとも足んぬべし(和漢朗詠集)、

と、

九品浄土、

あるいは、

九品安養界(あんにょうかい)、
九品の浄刹(じょうせつ)、
阿弥陀の西方浄土、
極楽浄土、

ともいい、その極楽浄土にある往生した者が座す蓮の台(うてな)、

を、

九品蓮台(くほんれんだい)、

という。それも、生前の功徳によって九等の差別があるので、

九品のうてな。
九品の蓮(はちす)、

といい、

阿弥陀仏が九品ごとに異なる来迎をするさまを描いた仏画、

の、印相の異なる9体の阿弥陀如来像を、

九品来迎図(くほんらいごうず)、

という。その阿弥陀仏を、九品浄土の教主という意味で、

九品の教主(くほんのきょうしゅ)、

という(広辞苑)。

当麻曼荼羅に描かれた九品来迎図.jpg


九品、

は、

三三品(さんさんぼん)、

ともいい、

上品(ジヨウボン)、
中品(チユウボン)、
下品(ゲボン)、

に三分し、それぞれが、

上生(ジヨウシヨウ)、
中生(チユウシヨウ)、
下生(ゲシヨウ)、

に分けられ、

上品上生(じょうぼんじょうしょう)・上品中生・上品下生・中品上生・中品中生・中品下生・下品上生・下品中生・下品下生、

九種の階位をいう(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E4%B9%9D%E5%93%81・学研全訳古語辞典)。

九品の往生人が、菩薩の修道階位のどの位置に該当するかについては異説があり(仝上)、九品の人を高位の位置と見るのが、

上品を大乗人の中の種性已上とし、中品を小乗人の中の凡より聖に入るとし、下品を大乗人の中の外凡とする(浄影寺慧遠(じょうようじえおん)『観経義疏』)、
上品を習種から解行げぎょうの菩薩とし、中品を外凡の十信已下とし、下品を今時の悠々の凡夫としている(智顗『観経疏』)、
(浄全五・三五〇上~一上/正蔵三七・二四五上~中)では、上品を大乗の善とし、中品を小乗の善とし、下品を悪をなし善のない、過去に発心したものとする(吉蔵『観経義疏』)、

に対し、九品すべてが凡夫であるとするのは、

上品を大乗に出遇った凡夫、中品を小乗に出遇った凡夫、下品を悪に出遇った凡夫としている(善導は『観経疏』)、

など分かれている(仝上)。法然は、

九品は「釈尊ノ巧言」(釈尊の巧みな手だてのことば)であり、善人も悪人も同じところに往生するといえば悪業をなす者が慢心をおこすであろうから、方便として階位の違いを述べたのだ(『十二問答』)、

という(仝上)。「九品」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%93%81に詳しい。

阿弥陀聖衆来迎図.jpg

(阿弥陀聖衆来迎図(高野山有志八幡講十八箇院蔵 平安時代後期) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E8%81%96%E8%A1%86%E6%9D%A5%E8%BF%8E%E5%9B%B3より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:25| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月17日

下枝(しづえ)


沖つ風吹きにけらしな住吉の、松の下枝(しづえ)をあらふ白波(梁塵秘抄)、

の、

下枝、

は、

下の方の枝、
下の枝、
したえだ、

の意で、

しずえだ、

とも訓む(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。対語は、

花橘は本都延(ホツエ)は鳥ゐ枯らし志豆延(シヅエ)は人とり枯らし三つ栗の中つえのほつもり赤らをとめを(古事記)、

と、

上枝(ほつえ)、
中つえ、

で(仝上)、

上枝、

は、

上の方の枝、

の意、

秀枝、

とも当て、

はつえ、

とも訓み(仝上)、

なかつえ、

は、

中つ枝、

と当て、

中つ枝の枝(え)の末葉(うらば)は下つ枝に落ち触らばへ(古事記)、

と、

中間の高さにある枝、

の意である(デジタル大辞泉)。

下枝(シヅエ)、

の語源は、

シヅはシヅム(沈)、シヅカ(静)、シヅク(雫)のシヅと同根、下に沈んで安定しているさま(岩波古語辞典)、
シモツエ(下枝)の約ソツエの転(名語記)、
シヅはシタ(下)の転(国語の語根とその分類=大島正健)、
シヅはホツに対する体言形容詞、エは枝の義(万葉集講義=折口信夫)、

などと諸説ある。

上枝、

は、

ホ(秀)は、突き出ている意、ツは連体助詞(岩波古語辞典)、
秀(ほ)つ枝(え)の意(広辞苑)、
「ほ」は「秀」、「つ」は格助詞(大辞林)、
「つ」は「の」の意の格助詞(日本国語大辞典)、
「ほ」は突き出る意、「つ」は「の」の意の上代の格助詞(学研全訳古語辞典)、
秀(ほ)之(つ)枝(え)の義、ホ(秀)は最上の義(松屋棟梁集・大言海・万葉集講義=折口信夫)、
穂枝の義(万葉集類林)、
ホノカナル梢の義(歌林樸樕)、

等々とあるが、

穂、

は、

秀、

とも当て、

稲の穂、山の峰などのように突き出ているもの、形・色・質において他から抜きんでていて、人の目に立つもの、

の意(岩波古語辞典)なので、

上枝、

は、

秀つ枝、

であろう。とすると、

下枝、

は、「下」から来たのではなく、

シヅはシヅム(沈)、シヅカ(静)、シヅク(雫)のシヅと同根、下に沈んで安定しているさま(岩波古語辞典)、

なのではあるまいか。なお、

下枝、

を、

したえ、
しづえだ、

と訓ませると、

樹木の下部の枝、

になるが、

おろしえ、

と訓ませると、

院にありける紅梅のおろし枝つかはさんなど申けるを、又の年の二月ばかり、花咲きたるおろし枝に結びつけて(千載和歌集)、

と、

切りおろした枝、
おろしえだ、

の意になる(精選版日本国語大辞典)。

「枝」 漢字.gif



「枝」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「枝」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%9Dより)

「枝」(漢音シ・キ、呉音シ・ギ)は、「」で触れたように、

支、

とも当てる。

幹の対、

であり、

会意兼形声。支(キ・シ)は「竹のえだ一本+又(手)」で、一本のえだを手に持つさま。枝は「木+音符支」で、支の元の意味をあらわす、

とある(漢字源)。手足の意では、

肢(シ)、

指の意では、

跂(キ)、

の字が同系である(仝上)。もと、

「枳」が{枝}を表す字であり、「枝」はその後起形声字である、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%9D

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月18日

懈(たゆ)し


寐たる人打驚かす鼓かな、如何に打つ手の懈(たゆ)かるらん、可憐(いとをし)や(梁塵秘抄)、

の、

懈(たゆ)かる、

は、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ

と活用する、

く活用の形容詞、

たゆし、

で、

弛し、
懈し、

とあてる(岩波古語辞典・学研国語大辞典)。

垂るに通ず、

とあり(大言海)、

京師(みやこ)べに君は去(い)にしを誰解けかわが紐の緒の結ふ手手懈(たゆき)も(万葉集)、

と、

だるい、
元気がない、

意や、

いとつつましげにたゆくみなし給つるまみ(夜の寝覚)、

と、

目つきが、だるそうで力がない、

意で使い、この状態表現を価値表現に転じて、

心行き届かず、心の働き活き遅し、

の結果、

あやしくたゆくおろかなる本性にて(源氏物語)、

と、

鈍い、
(性格が)ぐずである、

とか、

わがたゆく世づかぬ心のみくやしく(仝上)、

と、

ぼんやりしている、
のんびりしている、

とか、

例のさいふとも日たけなむと、たゆき心どもは、たゆたひて(紫式部日記)、

と、

心のはたらきが鈍い、
気がきかない、

意などで使う(岩波古語辞典・学研国語大辞典)。この、

たゆし、

の動詞形が、

たゆむ(弛・懈)、

で、

持続する緊張がゆるむ意、類義語倦むは、長らく事にかかっていて疲れ、途中で嫌気がさして投げ出す意、

とある(岩波古語辞典)。

「懈」 漢字.gif


「懈」(漢音カイ、呉音ケ、慣用ゲ)は、

会意兼形声。解(カイ)は、ばらばらに解き放すこと。懈は「心+音符解」で、心の緊張がとけてだらけること、

とある(漢字源)。

「弛」 漢字.gif


「弛」(漢音呉音シ、慣用チ)は、

会意兼形声。也は、平らに長く伸びたサソリを描いた象形文字。弛は「弓+音符也」で、ぴんと張った弓がだらりと長く伸びること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(弓+也)。「弓(ゆみ)」の象形(「弓」の意味)と「女の生殖器、または、蛇」の象形(「ひさげ(取っ手と注ぎ口をつけた形の容器)」の意味)から、ひさげ一杯の水が、たれ流れるように、弓のつるが「ゆるむ」を意味する「弛」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2444.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:25| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月19日

水馴木(みなれぎ)


水馴木(みなれぎ)の水馴(みなれ)磯馴(そなれ)て別れなば、戀しからんずらむものをや睦(むつ)れ馴(なら)ひて(梁塵秘抄)、

の、

水馴木、

は、

水に浸ってなれた木、
水に浸って十分に水分を含んだ木、

をいい(精選版日本国語大辞典)、

熊野河くだす早瀬のみなれざほ(お)さすがみなれぬ波のかよひ路(ぢ)(新古今和歌集)、

と、

水馴棹(みなれざお)、

というと、

水に馴れた棹、

の意で、

みざお(水棹)、

ともいい、

舟の棹、

を指す(岩波古語辞典)。

水馴(みなれ)、

は、

水に浸ることに馴れる、

意で、

よそにのみ聞かましものを音羽川渡るとなしにみなれそめけん(古今集)、

と、

見慣れ、
身慣れ、

とかけていうことが多い(仝上)とある。

磯馴(そなれ)、

は、

動詞「そなる(磯馴)」の連用形の名詞、

であり(精選版日本国語大辞典)、

潮風のために木が地面に低くなびいて、傾き生えること、

をいい、

そな(磯馴)る、

の「そ」は、

いそ(磯)」の変化したもの、

で、

み吉野のきさやまかげに立てる松いく秋風にそなれ来ぬらん(曾丹集)、

と、

下二段活用の自動詞、

で、

海岸の木の枝や幹が強い潮風のために地面に傾いて生えのびる、

意で、

いそな(磯馴)れる、

というと、

下一段活用の自動詞、

で、

礒なれし松も見らるるねはんかな(白雄句集)、

と、

強い潮風のために樹木が地面になびいて生え延びる、

意である(精選版日本国語大辞典)。

そな(磯馴)る、

は、

見慣れ磯馴れて別るる程は(源氏物語)、

と、

見慣れ磯馴れ、

の形で、

長年馴れ親しむ、

意だが、

「見慣れ」に「水馴れ」を掛け、単に語調を合わせるために「磯馴れ」と続けたにすぎない、

とある(岩波古語辞典)。

海岸などに傾き生えている木、

を、

磯馴(そな)れ木、

といい、

海岸などに傾き生えている松、

を、

磯馴(そな)れ松、

という(仝上)。

水馴る、
と、
磯馴る、

とを合わせた、

水馴磯馴る(みなれそな)る、

というと、

「見馴れ」に「水馴れ」をいいかけて、「水」の縁で「磯馴れ」と続けた表現、

で、

ただ、あだにうち見る人の、あさはかなるかたらひだに、みなれそなれて別るる程はただならざめるを(源氏物語)、

と、

みなれ(見慣)る、

意である(精選版日本国語大辞典)。

「馴」 漢字.gif


「馴」(漢音シュン、呉音ジュン)は、

会意兼形声。「馬+音符川」で、川が一定のすじ道に従ってながれるように、馬が従いなれること、

とある(漢字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:35| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする

2023年07月20日

柞(ははそ)


冬來(く)とも柞(ははそ)の紅葉(もみじ)な散りそよ、散りそよ勿(な)散りそ色變(か)へで見ん(梁塵秘抄)、

の、

柞、

は、

ははそのき(柞木)、

ともいい、

ミズナラなどのナラ類およびクヌギの総称(精選版日本国語大辞典)、
ブラ科の落葉喬木、ナラ(岩波古語辞典)、
古くは近似種のクヌギ・ミズナラなどを含めて呼んだ。誤ってカシワをいうこともある(デジタル大辞泉)、

などとあるが、

コナラの古名、

ともある(日本大百科全書・植物名辞典)。和名類聚抄(平安中期)には、

柞、波波曾、

とあり、

柞はいぬつげなり、

とあり(大言海)、字鏡(平安後期頃)には、

楢、波波曾、

とある。書言字考節用集(江戸中期)には、

柞、ハハソ、ニシキギ、ユシ、ユス、

とあり、後述の「イスノキ」と混同するなど、かなり混乱している。

この、

柞(ははそ)、

は、古く、

はわそ、

とも表記した(精選版日本国語大辞典)が、

たとへばはうその木にふるい葉がしげったに又其あとに枝のやうに生ずると(古活字本毛詩抄)、

と変化して、

はうそ(ほうそ)

ともいう(精選版日本国語大辞典)。

コナラ.jpg


コナラ(小楢)、

は、

ブナ目ブナ科コナラ属の落葉広葉樹、

別名、

ハハソ、
ホウソ、
ナラ、

ともよばれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%A9。和名、

コナラ、

の由来は、もう一つの日本の主要なナラであるミズナラの別名であるオオナラ(大楢)と比較して、葉とドングリが小さめで「小楢」の意味で名づけられた(仝上)とある。

なお、

ははそ、

は、

語頭の二音が同音である、

ところから、

母の意をかけて、

いい、

母の雅語、

ともなる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

ははそ、

の語源は、

ハハソヒ(葉々添)の義(名言通・大言海)、
ハホソ(葉細)の義(言元梯)、

などとあるが、「柞」を、

コナラ、

と仮定すると、

オオナラ(大楢)と比較して、葉とドングリが小さめで「小楢」の意味で名づけられた、

という意味から、

ハホソ(葉細)、

はありえる気がする。

柞、

は、また、

いかにせん逢ことかたきゆすの木の我にひかれぬ人の心を(七十一番職人歌合(1500頃か)四二番)、

と、

ゆすのき、

あるいは、

ゆしのき(柞)、
ゆし(柞)、

とも訓み、

いすのき(柞)の古名、

とある(精選版日本国語大辞典)。

イスノキ.jpg


イスノキ、

は、

マンサク科の常緑高木、

別名、

ユスノキ、
ユシノキ、
クシノキ。
イス、

中国名は、

蚊母樹、

葉にしばしば虫こぶ(虫えい)がつき、大きくなると穴が開くのが特徴、

とありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%82%AD

葉に生ずる虫こぶはタンニンを含み、染料に、材は堅くて重く、柱・机・櫛くし・そろばん玉などに用いられ、また柞灰(いすばい)も作られる、

ともある(デジタル大辞泉)。虫こぶを吹いたときに鳴る音から、

ひょんのき、

ともいい、

さるぶえ、
さるびょう、

ともいう(仝上)。

「柞」 漢字.gif


「柞」 金文・西周.png

(「柞」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%9Eより)

「柞」(漢音サク、呉音ザク)は、

会意兼形声。「木+音符乍(サ さっさときる)」、

とある(漢字源)。

「乍」  漢字.gif


「乍」 甲骨文字・殷.png

(「乍」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%8Dより)

「乍」(漢音サ、呉音ジャ)は、

象形。刃物をさっと∠形に切るさまを描いたもので、刃物で切れ目を入れることを表す。作(サク・サ さっと切る→はじめて動作を起こす)の原字。詐(つくりことば)・昨(サク 昔(セキ)に当てて用いる)の音符となる。作が作為の意に専用されたため、乍は急切な動作をあらわす副詞となった、

とある(漢字源)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:柞(ははそ)
posted by Toshi at 03:30| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする