種田山頭火『種田山頭火全集』を読む。
種田山頭火、
については、名前ばかりで、自由律俳句の代表として、
分け入つても分け入つても青い山
ぐらいしか知らないし、俳句についての知識があるわけではないので、単純に、心に惹かれた句をピックアップしてみた。ただ、
句集らしい、
草木塔(「鉢の子」「其中一人」「行乞途上」「山行水行」「旅から旅へ」「雑草風景」「柿の葉」「銃後」「孤寒」「旅心」「鴉」所収)、
の、
完成稿、
ではなく、
草庵日記、
行乞(ぎょうこつ)記、
其中(ごちゅう)日記、
四国遍路日記、
道中記、
旅日記、
といった、日記、旅行記、雑感といったものを中心に、そこに載っている彼の句を拾い上げてみた。俳句に詳しいわけではないので、
面白い、
とか、
気になる、
とか、
惹かれる、
とか、
身につまされる、
とか、
何かのメタファに思える、
といった、まったくの個人的、感覚的な選択基準で選びとった。下手な書評を書くより、それ自身が山頭火評であり、私的山頭火句集になっているのではないか。
ただ、彼の句の特徴から、たとえば、日記中に、
降りみ降らずみ、寝たり起きたり。
とか、
青い風、涼しい風、吹きぬける風。
とあるように、地の文なのか、句なのか、区別のつかないものも、勝手に、
句、
として拾っている。また、本書に掲載されている順に拾っているので、後の所で、改作されているものもあるが、最初に載せられたものを拾っている。多いようだが、これでも、四分の一以下だと思う。
このみちやいくたりゆきしわれはけふゆく
あの雲がおとした雨か濡れてゐる
われとわれに声かけてまた歩き出す
行手けふも高い山が立つてゐる
ふりかへらない道をいそぐ
もぎのこされた柿の実のいよいよ赤く
さんざしぐれの山越えてまた山
ゆきゆきて倒れるまでの道の草
しぐるゝや道は一すぢ
いちにちわれとわが足音を聴きつゝ歩む
あんたのことを考へつゞけて歩きつゞけて
歩いても眺めても知らない顔ばかり
地図 一枚捨てゝ心かろく去る
背中の夕日が物を思はせる
みんな活きてゆく音たてゝゐる
大木に腰かけて旅の空
大金持の大樅の木が威張つてゐる
降るもよからう雨がふる
落葉うづたかく御仏ゐます
うらゝかな今日の米だけはある
さうろうとしてけふもくれたか
山道わからなくなつたところ石地蔵尊
明日は明日のことにして寝ませうよ
水のんでこの憂欝のやりどころなし
あるけばあるけば木の葉ちるちる
のぼりくだりの道の草枯れ
降 つたり照つたり死場所をさがす
酔へば人がなつかしうなつて出てゆく
あんな夢を見たけさのほがらか
鐘が鳴る師走の鐘が鳴りわたる
ぐるりとまはつてまたひとりになる
今年も今夜かぎりの雨となり
水仙ひらかうとするしづけさにをる
いやな夢見た朝の爪をきる
灯が一つあつて別れてゆく
食べるもの食べつくしてひとり
また降りだしてひとりである
ほころびを縫ふほどにしぐれる
雪の夕べをつゝましう生きてゐる
雪もよひ、飯が焦げついた
ぬかるみをきてぬかるみをかへる
霙ふるポストへ投げこんだ無心状
ひとり住むことにもなれてあたゝかく
冷やかに明けてくる霽れてくる
ひとりにはなりきれない空を見あげる
ひとりはなれてぬかるみをふむ
どこやらで鴉なく道は遠い
うしろ姿のしぐれてゆくか
越えてゆく山また山は冬の山
遠く近く波音のしぐれてくる
暮れて松風の宿に草鞋ぬぐ
たゞにしぐれて柑子おちたるまゝならん
山へ空へ摩訶般若波羅密多心経
黒髪の長さを潮風にまかし
山路きて独りごというてゐた
牛は重荷を負はされて鈴はりんりん
明けてくる山の灯の消えてゆく
きのふは風けふは雪あすも歩かう
ふるさとの山なみ見える雪ふる
このさみしさや遠山の雪
山ふかくなり大きい雪がふつてきた
四ッ手網さむざむと引きあげてある
焼跡のしづかにも雪のふりつもる
すべて昨日のそれらとおなじ
草餅のふるさとの香をいたゞく
笠へぽつとり椿だつた
まッぱだかを太陽にのぞかれる
忘れようとするその顔の泣いてゐる
いつ咲いたさくらまで登つてゐる
花ぐもりのいちにち石をきざむばかり
さくらさくらさくさくらちるさくら
麦田花菜田長い長い汽車が通る
ひさびさきて波音のさくら花ざかり
けふもいちにち風をあるいてきた
どうやら霽れてくれさうな草の花
そつけなく別れてゆく草の道
梅若葉柿若葉そして何若葉
明日は明日の事にして寝るばかり
ここにも畑があつて葱坊主
何が何やらみんな咲いてゐる
雀よ雀よ御主人のおかへりだ
ひとりとなつてトンネルをぬける
あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
衣がへ虱もいつしよに捨てる
露でびつしより汗でびつしより
あざみあざやかにあさのあめあがり
うつむいて石ころばかり
沖から白帆の霽れてくる
星も見えない旅をつゞけてゐる
襁褓干しかけてある茱萸(グミ)も花持つ
葉桜となつて水に影ある
青草に寝ころんで青空がある
こんやの宿も燕を泊めてゐる
ふるさとの夜となれば蛙の合唱
ふるさとの言葉のなかにすわる
けふは霰にたゝかれてゐる
波音のお念仏がきこえる
旅のつかれの夕月が出てゐる
焼芋をつゝんでくれた号外も読む
ボタ山へ月見草咲きつゞき
ほつかり眼ざめて山ほとゝぎす
山へ空へ摩訶般若波羅密多心経
青草に寝ころべば青空がある
ばたり落ちてきて虫が考へてゐる
旅のつかれの夕月がほつかり
どこまでも咲いてゐる花の名は知らない
おとなりが鳴ればこちらも鳴る真昼十二時
おしめ影する白い花赤い花
柿の葉柿の実そよがうともしない
どうでもこゝにおちつきたい夕月
あるだけの酒のんで寝る月夜
吠えてきて尾をふる犬とあるく
樹かげすゞしく石にてふてふ
家をめぐつてどくだみの花
しめやかな山とおもへば墓がある
いつまで生きよう庵を結んで
食べるものもなくなつた今日の朝焼
水田青空に植ゑつけてゆく
人の声して山の青さよ
こゝもそこもどくだみの花ざかり
梅雨晴れの山がちゞまり青田がかさなり
うまい水の流れるところ花うつぎ
山薊いちりんの風がでた
水のほとり石をつみかさねては
霽れて暑い石仏ならんでおはす
夏めいた灯かげ月かげを掃く
障子に箒の影も更けて
のぼりつくして石ほとけ
雨にあけて燕の子もどつてゐる
何でこんなにさみしい風ふく
どうやら晴れさうな青柿しづか
そゝくさ別れて山の青葉へ橋を渡る
なぐさまないこゝろを山のみどりへはなつ
何だかなつかしうなるくちなしさいて
くもりおもたくおのれの体臭
梅雨あかり、ぱつと花のひらきたる
おちつかない朝の時計のとまつてる
夕焼うつくしい旅路もをはり
今夜も千鳥がなく、虫がなく
蜩のなくところからひきかへす
夜どほし浴泉があるのうせんかつら
山のいちにち蟻もあるいてゐる
このみちや合歓の咲きつゞき
つきあたつて蔦がからまる石仏
紫陽花もをはりの色の曇つてゐる
いちりん咲いてゐててふてふ
虫のゆききのしみじみ生きてゐる
押売が村から村へ雲の峰
星が光りすぎる雨が近いさうな
どうしてもねむれない夜の爪をきる
何と涼しい南無大師遍照金剛
石にとんぼはまひるのゆめみる
昼寝ふかい村から村へのうせんかづら
星あかりをあふれくる水をすくふ
おもひでの草のこみちをお墓まで
別れてからもう九日の月が出てゐる
あてもない空からころげてきた木の実
一人となればつくつくぼうし
稲妻する過去を清算しやうとする
三日月、遠いところをおもふ
まがつた風景そのなかをゆく
枯れようとして朝顔の白さ二つ
日照雨ぬれてあんたのところまで
夕焼、めをとふたりでどこへゆく
曇り日の時計かつちりあつてゐる
夜あけの星がこまかい雨をこぼしてゐる
鳴くかよこほろぎ私も眠れない
月がある、あるけばあるく影の濃く
斬られても斬られても曼珠沙華
月見草もおもひでの花をひらき
線路がひかるヤレコノドツコイシヨ
わがまゝきまゝな旅の雨にはぬれてゆく
ずんぶりぬれて青葉のわたし
南天のしづくが蕗の葉の音
晴れるより雲雀はうたふ道のなつかしや
ぬれるだけぬれてゆくきんぽうげ
あけたてもぎくしやくとふさいでゐる
によこりと筍こまかい雨ふる
青葉に青葉がふたつのかげ
草へ脚を投げだせばてふてふ
もう明けさうな窓あけて青葉
山ふところの花の白さに蜂がゐる
わかれきて峠となればふりかへり
風のてふてふのゆくへを見おくる
こゝろすなほに御飯がふいた
から梅雨の蟻の行列どこまでつづく
てふてふうらからおもてへひらひら
ほつかり朝月のある風景がから梅雨
線路まつすぐヤレコノドツコイシヨ
朝露しとゞ、行きたい方へ行く
夜明けの月があるきりぎりす
夏草の、いつ道をまちがへた
これからまた峠路となるほとゝぎす
梅雨あかり私があるく蝶がとぶ
けふもいちにち誰も来なかつた螢
降つたり照つたり何事もなくて暮れ
花にもあいたかてふてふもつれつつ
みんな去んでしまへば水音
さびしさはここまできてもきりぎりす
合歓の花おもひでが夢のやうに
蜩よ、私は私の寝床を持つてゐる
ながれをさかのぼりきて南無観世音菩薩
おのが影のまつすぐなるを踏んでゆく
遠雷すふるさとのこひしく
雷鳴が追つかけてくる山を越える
山のあなたへお日様見送つて御飯にする
ひらいてゆれてゐる鬼百合のほこり
風が吹きとほすまへもうしろも青葉
日ざかりのながれで洗ふは旅のふんどし
いろいろの事が考へられる螢とぶ
あの山こえて雷鳴が私もこえる
けふまでは生きてきたへそをなでつつ
やつぱりお留守でのうせんかづら
草から追はれて雨のてふてふどこへゆく
あぶら蝉やたらに人が恋ひしうて
いぬころぐさいぬころぐさと風ふく
みんなたつしやでかぼちやのはなも
炎天、蟻が大きな獲物をはこぶ
暮れてまだ働らいてゐる夕月
まうへに陽がある道ながし
まうへに月を感じつゝ寝る
はぶさう葉をとぢてゐる満月のひかり
昼寝覚めてどちらを見ても山
おのが影をまへに暑い道をいそぐ
近道の近道があるをみなへし
こゝから下りとなる石仏
きのふの酔がまだ残つてゐるつくつくぼうし
いなびかり別れて遠い人をおもふ
とりとめもなく考へてゐる日照雨
昇る陽を吸うてゐる南無妙法蓮華経
朝の鐘の谷から谷へ澄みわたるなり
夕鴉鳴きかはしてはさびしうする
旅のつかれもほつかりと夕月
波音の霽れてくるつくつくぼうし
うらもおもても秋かげの木の実草の実
月が落ちる山から風が鳴りだした
たゞあるく落葉ちりしいてゐるみち
ふるさとは松かげすゞしくつくつくぼうし
いまし昇る秋の日へ摩訶般若波羅密多心経
すわれば風がある秋の雑草
なんでもない道がつゞいて曼珠沙華
百舌鳥がするどくふりさうでふらない空
すゞしくぬれて街から街へ山の夕立
空ふかうちぎれては秋の雲
はてしない旅もをはりの桐の花
やつと糸が通つた針の感触
また一人となり秋ふかむみち
道がわかれて誰かきさうなもので山あざみ
かたまつて曼珠沙華のいよいよ赤く
柚子をもぐ朝雲の晴れてゆく
死をまへに、やぶれたる足袋をぬぐ
いつのまにやら月は落ちてる闇がしみじみ
一つ家に一人寝て観る草に月
移つてきてお彼岸花の花ざかり
ひとりで酔へばこうろぎこうろぎ
みほとけのかげわたしのかげの夜をまもる
寝るよりほかない月を見てゐる
しぐれて冴える月に見おくる
近眼と老眼とこんがらがつて秋寒く
わたしひとりのけふのをはりのしぐれてき
あてもなくあるけば月がついてくる
さみしさへしぶい茶をそゝぐ
みほとけのかげにぬかづくもののかげ
秋のすがたのふりかかつてはゆく
誰かきさうな空からこぼれる枇杷の花
こゝにかうしてみほとけのかげわたしのかげ
すくうてはのむ秋もをはりの水のいろ
お地蔵さまのお手のお花が小春日
茶の花や身にちかく冬のきてゐる
酔 へばいろいろの声がきこえる冬雨
冬ぐもり、いやな手紙をだしてきたぬかるみ
霜にはつきり靴形つけてゆく
いそいでくる足音の冴えかえる
ほいなく別れてきて雪の藪柑子
どうすることもできない矛盾を風が吹く
つい嘘をいつてしまつて寒いぬかるみ
何だか物足らない別れで、どこかの鐘が鳴る
水底青めば春ちかし
ひつそりとしてぺんぺん草の花ざかり
かうしてここにわたしのかげ
落ちては落ちては藪椿いつまでも咲く
春の野の汽鑵車がさかさまで走る
寝ころべば昼月もある空
釣瓶の水がこぼれるなつめの実
おもひではあまずつぱいなつめの実
山へのぼれば山すみれ藪をあるけば藪柑子
うつろなこゝろへ晴れて風ふく
春ふかい石に字がある南無阿弥陀仏
何もかも過去となつてしまつた菜の花ざかり
大空をわたりゆく鳥へ寝ころんでゐる
どうにもならない矛盾が炎天
其中一人として炎天
木かげ涼しくて石仏おはす
このさびしさは山のどこから枯れた風
昼はみそさゞい、夜はふくらうの月が出 た
雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ
墓石に帽子をのせ南無阿弥陀仏
なにもかも雑炊としてあたゝかく
誰もゐない筧の水のあふれる落葉
汽笛(フネ)とならんであるく早春の白波
あんたとわたしをつないで雨ふる渡船
また逢へようボタ山の月が晴れてきた
みんな酔うてシクラメンの赤いの白いの
風がふくひとりゆく山に入るみちで
死ねる薬はふところにある日向ぼつこ
遠山の雪のひかるや旅立つとする
山から暮れておもたく背負うてもどる
そこらに冬がのこつてゐる千両万両
ゆふべはゆふべの鐘が鳴る山はおだやかで
つゝましく大根煮る火のよう燃える
曇り日のひたきしきりに啼いて暮れる
生きてゐるもののあはれがぬかるみのなか
猫柳どうにかかうにか暮らせるけれど
春めけば知らない小鳥のきておこす
この道しかない春の雪ふる
うれしいたよりもかなしいたよりも春の雪ふる
こんやはこゝで涸れてゐる水
春の波の照つたり曇つたりするこゝろ
枯草あたゝかうつもる話がなんぼでも
船窓(マド)から二つ、をとことをなごの顔である
みんな去んでしまへば赤い月
病んでしづかな白い花のちる
あれもこれもほうれん草も咲いてゐる
五月の空をまうへに感じつつ寝床
てふてふつるまうとするくもり
おもひではそれからそれへ蕗をむぎつつ
どうやらあるけて見あげる雲が初夏
雑草咲くや捨つべきものは捨てゝしまうて
葱坊主、わたしにもうれしいことがある
木の芽草の芽いそがしい旅の雨ふる
もう秋風の、腹立つてゐるかまきり
寝床までまともにうらから夕日
病めば考へなほすことが、風鈴のしきりに鳴る
ひらかうとする花がのぞいた草の中から
うちの藪よその藪みんなうごいてゆふべ
いやな薬も飲んではゐるが初夏の微風
湯があふれる憂欝がとけてながれる(改作)
月夜の蛙がなく米をとぐ
おもひでは山越えてまた山のみどり
白うつづいてどこかに月のある夜 みち
寝苦しい月夜で啼いたはほととぎす
悔いることばかり夏となる
いつでも死ねる草が咲いたり実つたり
暮れてふきつのる風を聴いてゐる
霽れててふてふ二つとなり三つとなり
死なうとおもふに、なんとてふてふひらひらする
歩いても歩いても草ばかり
酔ざめはくちなしの花のあまりあざやか
山から山がのぞいて梅雨晴れ
いま落ちる陽の、風鈴の鳴る
かうしてながらへて蝉が鳴きだした
ともかくもけふまでは生きて夏草のなか
ぽとりぽとり青柿が落ちるなり
雨を待つ風鈴のしきりに鳴る
炎天のはてもなく蟻の行列
きのふのいかりをおさへつけては田の草をとる
ここを死場所として草はしげるまゝに
あすはかへらうさくらがちるちつてくる
宵月ほつかりとある若竹のさき
山あをあをと死んでゆく
けさも雨ふる鏡をぬぐふ
ゆふなぎしめやかにとんでゐるてふねてゐるてふ
ちんぽこもおそそもあふれる湯かな(千人風呂)
草の青さをしみじみ生き伸びてゐる
こゝにわたしがつくつくぼうしがいちにち
しんかんとして熟柿はおちる
秋風の腹たててゐるかまきりで
なんとなくなつかしいもののかげが月あかり
てふてふひらりと萩をくぐつて青空 へ
南天の実のいろづくもうそさむい朝
あかるくするどく百舌鳥はてつぺんに
ゆふかぜのお地蔵さまのおててに木の実
米をとぐ手のひえびえと秋
草も木もうち捨ててあるところ茶の花
かうまでからだがおとろへた草のたけ
なんぼう考へてもおんなじことの落葉をあるく
考へつつ歩きつつふつと赤のはからすうり
ああいへばかうなる朝がきて別れる
出かけようとする月はもう出てゐる
枯れるものは枯れてゆく草の実の赤く
しんみりする日の身のまはりかたづける
ほつかり覚めてまうへの月を感じてゐる
ことしもをはりの憂欝のひげを剃る
こちらがあゆめばあちらもうごく小春雲
あのみちのどこへゆく冬山こえて
ふと眼がさめて枯草の鳴るはしぐれてゐるか
雑草よこだはりなく私も生きてゐる
おもひでがそれからそれへ晩酌一本
あの人も死んださうな、ふるさとの寒空
ほつと夕日のとゞくところで赤い草の実
かうして生きてゐる湯豆腐ふいた
山から水が春の音たてて流れだしてきた
雪あかりわれとわが死相をゑがく
ぬくうてあるけば椿ぽたぽた
なんとけさの鶯のへたくそうた
悔いることばかりひよどりはないてくれても
あてなくあるくてふてふあとになりさきになり
てふてふもつれつつ草から空 へ
風の夜の更けてゆく私も虫もぢつとして
雑草に夜明けの月があるしづけさ
おちてしまへば蟻地獄の蟻である
赤いのはざくろの花のさみだるる
どうやら霽れさうな草の葉のそよぐそよぐ
それからそれへ考へることの、ふくろうのなきうつる
あなたがきてくれるころの風鈴しきり鳴る
蛙よわたしも寝ないで考へてゐる
ちつともねむれなかつた朝月のとがりやう
朝ぐもり海 へ出てゆく暑い雲
おもひおくことはないゆふべ芋の葉ひらひら
草によこたはる胸ふかく何か巣くうて鳴くやうな
月のあかるさがうらもおもてもきりぎりす
木かげ水かげわたくしのかげ
すすき穂にでて悲しい日がまたちかづく
秋風の、水音の、石をみがく
竹の葉のすなほにそよぐこゝろを見つめる
てふてふもつれつつかげひなた
こゝろ澄ませばみんな鳴きかはしてゐる虫
おのれにこもればまへもうしろもまんぢゆさけ
くもりしづけく柿の葉のちる音も
てふてふひらひらとんできて萩の咲いてゐる
燃えつくしたるこゝろさびしく曼珠沙華
百舌鳥が鋭くなつてアンテナのてつぺん
足もとからてふてふが魂のやうに
夜のふかうして花のいよいよ匂ふ
燃えつくしたる曼珠沙華さみしく(改作)
考へてゐる身にかく百舌鳥のするどく
のぼる月の、竹の葉のかすかにゆらぐ
明日のあてはない松虫鈴虫
更けるほどに月の木の葉のふりしきる
ひつそりとおだやかな味噌汁煮える
酔ひざめの風のかなしく吹きぬける(改作)
生きてはゐられない雲の流れゆく
ことしもこゝにけふぎりの米五升
けふは誰か来てくれさうな昼月がある
てふてふ一つ渦潮のまんなかに
軒からぶらりと蓑虫の秋風
酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ
けさはけさのほうれんさうのおしたし
霜の大根ぬいてきてお汁ができた
毒ありて活く生命にや河豚汁
雪あしたあるだけの米を粥にしてをく
お山のぼりくだり何かおとしたやうな
しぐるるあしあとをたどりゆく
歩るくほかない秋の雨ふりつのる
秋ふかく分け入るほどはあざみの花
旅で果てることもほんに秋空
岩ばしる水がたたへて青さ禊する
水はみな瀧となり秋ふかし
蝋涙いつとなく長い秋も更けて
松はみな枝垂れて南無観世音
分け入つても分け入つても青い山
しとどに濡れてこれは道しるべの石
生死の中の雪ふりしきる
この旅、果もない旅のつくつくぼうし
笠にとんぼをとまらせてあるく
しぐるるや死なないでゐる
百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
どうしようもないわたしが歩いてゐる
捨てきれない荷物のおもさまへうし ろ
あの雲がおとした雨にぬれてゐる
いただいて足りて一人の箸をおく
ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり
ぬいてもぬいても草の執着をぬく
あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
ほととぎすあすはあの山こえて行かう
日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ
ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
山から山がのぞいて梅雨晴れ
この道しかない春の雪ふる
残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき
てふてふひらひらいらかをこえた
吹きぬける秋風の吹きぬけるままに
しぐれしたしうお墓を洗つていつた
しみじみ生かされてゐることがほころび縫ふとき
しぐるるやあるだけの御飯よう炊けた
其中(ごちゅう)一人いつも一人の草萌ゆる
人に逢はなくなりてより山のてふてふ
ここを墓場とし曼珠沙華燃ゆる
けふのよろこびは山また山の芽ぶく色
どこで倒れてもよい山うぐひす
後になり先になり梅にほふ
花ぐもりの富士が見えたりかくれたり
うらうら石仏もねむさうな
何かさみしく死んでしまへととぶとんぼ
ひよいと月が出てゐた富士のむかうから
遠くなり近くなる水音の一人
行き暮れてほの白くからたちの花
衣かへて心いれかへて旅もあらためて
あるけばかつこういそげばかつこう
ゆふ風さわがしくわたしも旅人
その手の下にいのちさみしい虫として
ほんにお山 はしづかなふくろう
雨ふりそゝぐ窓がらすのおぼろおぼろに
道しるべ倒れたまゝの山しぐれ
山国の山ふところで昼寝する
草ぼうぼうとしてこのみちのつゞくなり
みちばたの石に腰かけ南無虚空蔵如来
お姿たふとくも大杉そそり立つ
くもりおもたくつひのわかれか
あなたを待つとてまんまるい月の
ふりかへる山のすがたの見えたり見えなかつたり
むつかしい因数分解の、赤い何の芽
誰を待つとてゆふべは萩のしきりにこぼれ
はてもない旅のつくつくぼうし
けふはけふの道のたんぽぽさいた
六十にして落ちつけないこゝろ海をわたる
取り上げた句数は結構多いようだが、これでも、全体の四分の一以下、それでも、いくつかのこだわりの表現、こだわりのフレーズが、繰り返し出てきて、句作のパターンが浮き上がってくるのが面白い。
参考文献;
種田山頭火『種田山頭火全集』(新日本文学電子大系第61巻)(芙蓉文庫)Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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