濃き打ちたる上着(うはぎ)に、紅梅、もえぎなど重ね着て、なまめかしく歩びたり(今昔物語)、
の、
なまめかし、
は、
艶めかし、
と当て、
ナマメクの形容詞形、色・様子・形・人柄などのよさ、美しさが、現れ方として不十分のように見えながら、しっとりとよく感じられるさまをいうのが原義、
とあり(岩波古語辞典)、
さりげなくふるまうさまから、奥ゆかしい、優美であるの意となって、中古の女流文学などに多く用いられた、
とある(精選版日本国語大辞典)。
花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭などもなまめかしきに(源氏物語)、
と、
花やか、派手でなく、しっとりとして美しい、
何気ないようで美しい、
という意で(岩波古語辞典)、それを人の容姿・態度などについて、
はづかしう、なまめかしき顔姿にぞ物し給へる(宇津保物語)、
と、
優美である、上品である、もの柔らかである、
意に使い、
花の中におりて、童(わらは)べとまじりてありき給ふは……あてに、にほひやかに、なまめかしく見え給ふ(夜の寝覚)、
と、
「あて」や「清ら」などとともに用いられることが多い、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
けさうなどのたゆみなく、なまめかしき人にて、暁に顔つくりしたりけるを(紫式部日記)、
と、
特に若い女性などの容姿をいうことが多いところから、次第に女性の若い魅力をいうようになり、後世は、女性の性的魅力を、さらに性的魅力一般を表現する語となる、
とあり(仝上)、
色めかしくあだにおはしまする、若き折に、さ物せさせ給はぬ人やはある、さればこそ、をかしくなまめかしき事もいでくれ(栄花物語)、
と、
(男女関係について)何となく、気をひかれるさまである、
意から、
艷(えん)なるねくたれの姿なまめかしうて(浜松中納言物語)、
と、
色っぽい、
つやっぽい、
意へとなる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、
なまめかしきもの 細やかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女のうへの袴などわざとはあらでほころびがちなる汗衫(かざみ)ばかり着て、卯槌・薬玉など長くつけて、高欄のもとなどに扇さし隠してゐたる(枕草子)、
と、広く一般の物品などに対して、
優雅である、
優美である、
意や、
醍醐(だいご)ときこえさせ給けるぞ、なまめかしき御門におはしましければ(延喜御集)、
神楽(かぐら)こそ、なまめかしく、おもしろけれ(徒然草)、
と、人の性質・心柄や、情景・風物などについて、
情趣のあるさま、
趣を解するさま、
など、
風流である、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
侍従は、大臣(おとど)の御は、すぐれてなまめかしうなつかしき香なり、とさだめ給ふ(源氏物語)、
と、「源氏物語」までの用例では、
王朝風上品・優美な感覚美を基調としてはいるものの、女性の性的官能美や華麗に飾り立てた美を押え込んだ、深みのある精神美と同調する優雅さを意味する、
とあり、特に「源氏物語」では、
さりげない振舞い・飾り付け等から、自然ににじみでる高雅な精神性に裏打ちされた美を形容した用法が特徴的に見られる、
とある(仝上)。平安後期になると、
艷(えん)なるねくたれの姿なまめかしうて(浜松中納言物語)、
と、
官能的であるさまを形容する用法、
が見え始め、中世には、王朝風を懐古する文脈中に、王朝風用例も残存はするが、南北朝期以降は、
三味線にひきかはりたる三筋町、恋の市場となまめかし(浄瑠璃・反魂香)、
と、
女性の性的官能美を触発する、媚態に重点が置かれるようになる、
とある(仝上・学研国語大辞典)。
なまめかし、
のもとになった、動詞、
なまめく、
は、「なま」で触れたように、
生めく、
艷めく、
と当て、
ナマは未熟・不十分の意。あらわに表現されず、ほのかで不十分な状態・行動であるように見えるが、実は十分に心用意があり、成熟しているさまが感じとられる意。男女の気持のやり取りや、物の美しさなどにいう。従って、花やかさ、けばけばしさなどとは反対の概念。漢文訓読系の文章では、「婀娜」「艷」「窈窕」「嬋娟」などをナマメク・ナマメイタと訓み、仮名文学系での用法と多少ずれて、しなやか、あでやかな美の意。中世以降ナマメクは、主として漢文訓読系の意味の流れを受けている、
とあり(岩波古語辞典)、「なまめく」は、本来は、ちょっと「奥ゆかしい」ほのかに見える含意である。
なまめく、
は、
「なま」(生) + 接尾辞「めく」
で(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%82%81%E3%81%8B%E3%81%97)、
未熟・不十分の意の「生」とそのような様子が視覚的に見えるようになることを表す動詞化接尾語「めく」からなる動詞で、未熟性・清新性・さりげなさの中に気品が感じられる優美に見えるというのが基本義、
と(日本語源大辞典)、
不十分なように、あるいは未熟なようにふるまう、
また、
何でもないように、さりげなくふるまい、それがかえって、奥ゆかしく、優美に見える、
意で、
泣き給ふさまあはれに心深きものから、いとさまよくなまめき給へり(源氏物語)、
と、
何気ないように振舞う、
何でもないように振舞いながら、気持ちをほのめかす、
意や(岩波古語辞典)、
薄物の裳あざやかに引き結(ゆ)ひたる腰つき、たをやかになまめきたり(源氏物語)、
と、
(色・人柄・態度など)けばけばしくなく、しっとりと控えめである、
意や、
その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり(伊勢物語)、
と、
人の容姿や挙動、あるいは心ばえが、奥ゆかしく、上品で、優美である、
また、
そのようにふるまう、
意や、
秋の野になまめき立てるをみなへしあなかしがまし花もひと時(古今集)、
と、
物や情景などが優美で情趣がある、
意で使う(精選版日本国語大辞典)のは、
なまめかし、
の原義と通じる。それが、平安後期以降、
この車を女車と見て、寄り来てとかくなまめく間に(伊勢物語)、
と、
異性の心を誘うような様子を見せる、
色っぽい様子をしている、
あだっぽいふるまいをする、
また、
男女間の交際にかかわることをいう、
意と、
官能的であることを表す用法が見え始め、中世以降は、その意味が主流になる、
のも(仝上)、
なまめかし、
と同じである。なお、「なま」の意味の幅については、触れた。
(「艷(艶)」 https://kakijun.jp/page/E486200.htmlより)
「艶(艷)」(エン)は、「色ふ」、「つややか」で触れたように、
会意。「色+豐(ゆたか)」で、色つやがゆたかなことをあらわす。色気がいっぱいつまっていること、
とあり(漢字源)、「艷話(えんわ)」のように、エロチックな意味もあるので、「つや」に、男女間の情事に関する意で「艶物(つやもの)」という使い方はわが国だけ(仝上)だが、語義から外れているわけではない。別に、同趣旨の、
本字は、形声で、意符豐(ほう ゆたか)と、音符𥁋(カフ)→(エム)とから成る。旧字は、会意で、色と、豐(ゆたか)とから成り、容色が豊かで美しい意を表す。常用漢字は俗字による、
とする(角川新字源)ものの他に、「豔・豓」と「艷」を区別して、「豔・豓」は、「艶」の旧字とし、
会意兼形声文字です(豐+盍)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「物をのせた皿にふたをした」象形(「覆う」の意味)から、顔形が豊かで満ち足りている事を意味し、そこから、「姿やしぐさが色っぽい(異性をひきつける魅力がある)」、「顔・形が美しい」を意味する「豔・豓」という漢字が成り立ちました、
とし、「艶(艷)」は、
会意文字です(豊(豐)+色)。「草・木が茂っている象形と頭がふくらみ脚が長い食器(たかつき)の象形」(「豊かに盛られた、たかつき」、「豊か」の意味)と「ひざまずく人」の象形と「ひざまずく人の上に人がある」象形(「男・女の愛する気持ち」の意味)から、「男・女の愛する気持ちが豊か」を意味する「艶」という漢字が成り立ちました、
とする説もある(https://okjiten.jp/kanji2086.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95