これは、熒惑星(けいこくせい)の、この歌を賞でて化しておはしけるとなん、聖徳太子の伝に見えたり。今様と申す事の起こり(梁塵秘抄口伝集)、
の、
熒惑星、
は、
火星の別名、
とある(馬場光子全訳注『梁塵秘抄口伝集』)。
熒惑星、
は、漢語である。「熒惑」は、
兵乱の兆しを示す星の名、
つまり、
火星、
である。
熒惑出則有兵、入則兵散(史記・天官書)、
とある。別に、
火の神の名、
ともされ、
赤帝の神にて南方に位す、
とある(字源)。また、
目将熒之(荘子・人閒世篇)、
の註に、
使人眼眩也、
とあり、「惑」は、
惑、戸國切(正韻)、
迷也(廣韻)、
疑也(増韻)、
等々とあり、「或」は、
亦通作或、孟子、無或乎王之不智(字典)、
とある。「惑」は、
妄張詐誘、以熒惑其将(六韜)、
熒惑トハ、火星ノ名、其光熒(かがや)クを以て、人ヲ疑惑セシムベシ(直解)、
と、
人心を炫惑する、
意でも使う(仝上)。
火星、
の名は、
五行説に基づく呼び名であり、学問上(天文史料)では熒惑(ケイコク)といった、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E6%98%9F)。
熒惑、
は、江戸時代に、
なつひぼし、
と訓じられ、
夏日星、
という和名もある(仝上)。
宋景公有疾、司馬子常曰、熒惑守心、宋之分野也、君當之、若祭之、可移于相(史記・宋世家)、
と、
熒惑守心(熒惑心を守る)、
という言葉があり、
火星がさそり座のアンタレス(Antares さそり座α星A 黄道の近くに位置している)付近にとどまること(地球から観測する場合、火星は順行から逆行に切り替える数日間、天球上の同じ場所に止まるように見える)、
をいい(仝上)、具体的には、
心宿(アンタレスあたり)で順行・逆行を繰り返してうろうろする現象、
をいい(https://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/oldchina/tenpen/keiwaku.htm)、
熒惑守心、
は、
戦乱が起こる、不吉の前兆とされた、
とある(仝上)。「心」とは、
アンタレスが所属する星官(中国の星座)心宿(しんしゅく)のこと、
をいい(仝上)、星官(星座)の心は、
さそり座のσ、α(アンタレス)、τの3つの星によって構成される、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E5%AE%BF)。「心宿」は、和名、
中子星(なかごぼし)、
という(仝上)。
(「熒」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%86%92より)
「熒」(漢音ケイ、呉音ギョウ、慣用エイ)は、
原字の「𤇾()」は2つの交差するトーチを象る象形。東周時代に下に「火」が追加された。『説文解字』では、「焱」+「冂(家屋)」の会意文字とされているが、誤った分析である、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%86%92)。和語では、
ひかり、
と訓ずる(仝上)。
ともしび、
ひかりかがやく、
めがくらむ、
といったいの場合、
ケイ、
と訓み、
螢と通ず、
とある(字源)。
疑い惑う、
という意の場合、
エイ、
と訓む(仝上)。
「惑」(漢音コク、呉音ワク)は、
会意兼形声。或は「囗印の上下に一線を引いた形(狭いわくで囲んだ区域)+戈」の会意文字で、一定の区域を武器で守ることを示す。惑は「心+音符或」で、心が狭い枠に囲まれること、
とある(漢字源)。別に、
形声。心と、音符或(コク、ワク)とから成る。心に思い迷う意を表す、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(或+心)。「矛(ほこ)の象形と村の象形と境界線の象形」(「武装した地域」の意味だが、ここでは、「さかんに現れる」事を表す擬態語)と「心臓」の象形から、さまざまな考えがさかんにあらわれる事を意味し、そこから、「まどう」を意味する「惑」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1167.html)。
(「或」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96より)
(「或」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96より)
「或」(漢音コク、呉音ワク)は、
会意。「戈(ほこ)+囗印の地区」から成る。また囗印を四方から線で区切って囲んだ形を含む。ある領域を区切り、それを武器で守ることを示し、往き國の原字である。ただし、一般には有に当て、ある者、ある場合などの意に用いる。或の原義は、のちに域の字で表すようになった、
とある(漢字源)。「或日」「或人」の「ある」、或師焉、或不焉、と「あるいは」の意だが、上述のように、無或乎王之普智也(王ノ不智ニ或(まど)フコトナカレ)と、「惑う」意もある。他も、
会意。戈と、囗(い 集落)と、一(境界)とから成る。境を設けた地域を武器で守る意を表す。ひいて、「くに」の意に用いる。「國(コク 国)」の原字。借りて「ある」「あるいは」の意に用いる(角川新字源)、
会意文字です(口+戈+一)。「村の象形と矛(ほこ)の象形と境界線の象形」から、「武装した地域・区切られた地域」の意味を表しました。(域・國(国)の原字)。借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「あるいは」を意味する「或」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2456.html)、
等々同種の説があるが、この解釈は、
『説文解字』で「戈」+「一」+「囗」と分析され、武器で土地や領土を守るさまと説明されているほか、「戈」ではなく「弋」を含むと分析する説もある。甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、これらは誤った分析である、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%96)、
象形。円形の刃を持つ鉞を象る。のち仮借して「ある」「あるいは」を意味する漢語{或 /*wəək/}に用いる、
とある(仝上)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:熒惑星(けいこくせい) 火星