観音誓し廣ければ、普(あまね)き門(かど)より出でたまひ、三十三身に現じてぞ、十九の品(しな)にぞ法(のり)は説く(梁塵秘抄)、
の、
三十三身、
は、
「観音勢至」で触れたように、
法華経「観世音菩薩普門品」(観音経)に、
衆生、困厄を被りて、無量の苦、身に逼(せま)らんに、観音の妙智の力は、能く世間の苦を救う。(観音は)神通力を具足し、広く智の方便を修して、十方の諸(もろもろ)の国土に。刹として身を現ぜざることなし。種々の諸の悪趣。地獄・鬼・畜生。生・老・病・死の苦は、以て漸く悉く滅せしむ、
とある(観音経・普門品偈文)ように、観世音菩薩(観音菩薩)が、衆生済度のために相手に応じて化身するという、
三十三種の異形(いぎょう)、
すなわち、
辟支仏(びゃくしぶつ)・声聞(しょうもん)・梵王・帝釈・自在天・大自在天・天大将軍・毘沙門天・小王・長者・居士(こじ)・宰官(さいかん)・婆羅門(ばらもん)・比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)・長者婦女・居士婦女・宰官婦女・婆羅門婦女・童男・童女・天・龍・夜叉・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅迦(まごらか)・執金剛、
をいう(精選版日本国語大辞典)。それを、
三十三観音、
といい、西国三十三所の観音霊場はその例になるが、その形の異なるに従い、
千手(せんじゅ)、十一面、如意輪(にょいりん)、准胝(じゅんてい)、馬頭(ばとう)、聖(しょう)、
を、
六観音、
不空羂索(ふくうけんさく・ふくうけんじゃく)、
を含めて、
七観音、
というなど様々の異称がある(マイペディア)。しかし、
妙音菩薩の誓こそ、かへすがへすもあはれなれ、娑婆界の衆生故に、三十四身に身を分けつ(梁塵秘抄)、
の、
三十四身、
は、「法華経(妙法蓮華経)」妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)による語で、
妙音菩薩、
が、
衆生(しゅじょう)に経典を説き示すために化身した、
という、
三四種の異形(いぎょう)、
すなわち、
梵王・帝釈・自在天・大自在天・天大将軍・毘沙門天王・転輪聖王・小王・長者・居士(こじ)・宰官(さいかん)・婆羅門(ばらもん)・比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)・長者婦女・居士婦女・宰官婦女・婆羅門婦女・童男・童女・天・龍・夜叉・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅伽(まごらか)・地獄・餓鬼・畜生・(王の後宮に於て)女身、
をいい(精選版日本国語大辞典)、これらを、
時に応じ所に応じて現じ、法華経を説いて一切の衆生を教化する、
とある(http://www.hokkeshu.jp/hokkeshu/2_39.html)。
妙音菩薩、
は、「法華経」妙音菩薩品に、
言妙音者、此菩薩、過去以十萬種伎楽供養於佛、故得美妙音聲、因立名、舊經稱獅子吼菩薩、
とあり、
東方の一切浄光荘厳国から法華経の説法の場である霊鷲山(りょうじゅせん)に来て釈迦仏を礼拝した、
とされ(精選版日本国語大辞典)、
美妙なる音声を以て、遍く十方世界に教えを弘宣すと云ふ菩薩、
とある(大言海)。
(妙音菩薩(みょうおんぼさつ) http://rokumeibunko.com/butsuzo/bosatsubu/b04801_myoombosatsu.htmlより)
「妙法蓮華経」妙音菩薩品には、
爾の時に釈迦牟尼仏、大人相の肉髻の光明を放ち、及び眉間白毫相の光を放って、徧く東方八万億那由佗恒河沙等の諸仏の世界を照したもう。是の数を過ぎ已って世界あり、浄光荘厳と名く。其の国に仏います、浄華宿王智如来・応供・正徧知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と号けたてまつる。無量無辺の菩薩大衆の恭敬し囲遶せるを為て、為に法を説きたもう。釈迦牟尼仏の白毫の光明、徧く其の国を照したもう、
とあり(https://temple.nichiren.or.jp/nagasaki_hokekyo/page.html?file=HK24kun)、
釈尊の肉髻(にくけい)と眉間の白毫相から光を放って、東方にある無数の諸仏の世界を普く照らされました。その先に浄光荘厳国という国があり、浄華宿王智仏と申される仏が、多くの菩薩大衆に囲繞されてご説法されておりました。その菩薩達の中に、諸の善根功徳を積み累ねた結果、十六の三昧を得たという妙音菩薩がおられました、
とある(http://www.hokkeshu.jp/hokkeshu/2_39.html)。その、
妙音菩薩については、
爾の時に一切浄光荘厳国の中に一りの菩薩あり、名を妙音という。久しく已に衆の徳本を植えて、無量百千万億の諸仏を供養し親近したてまつりて、悉く甚深の智慧を成就し、妙幢相三昧・法華三昧・浄徳三昧・宿王戯三昧・無縁三昧・智印三昧・解一切衆生語言三昧・集一切功徳三昧・清浄三昧・神通遊戯三昧・慧炬三昧・荘厳王三昧・浄光明三昧・浄蔵三昧・不共三昧・日旋三昧を得、是の如き等の百千万億恒河沙等の諸の大三昧を得たり。釈迦牟尼仏の光其の身を照したもう。即ち浄華宿王智仏に白して言さく、
世尊、我当に娑婆世界に往詣して、釈迦牟尼仏を礼拝し親近し供養し、及び文殊師利法王子菩薩・薬王菩薩・勇施菩薩・宿王華菩薩・上行意菩薩・荘厳王菩薩・薬上菩薩を見るべし。
爾の時に浄華宿王智仏、妙音菩薩に告げたまわく、
汝彼の国を軽しめて下劣の想を生ずることなかれ。善男子、彼の娑婆世界は高下不平にして、土石・諸山・穢悪充満せり。仏身卑小にして、諸の菩薩衆も其の形亦小なり。而るに汝が身は四万二千由旬、我が身は六百八十万由旬なり。汝が身は第一端正にして、百千万の福あって光明殊妙なり。是の故に汝往いて、彼の国を軽しめて、若しは仏・菩薩及び国土に下劣の想を生ずることなかれ。
妙音菩薩、其の仏に白して言さく、
世尊、我今娑婆世界に詣らんこと、皆是れ如来の力・如来の神通遊戯・如来の功徳智慧荘厳ならん。
是に妙音菩薩、座を起たず身動搖せずして三昧に入り、三昧力を以て耆闍崛山に於て法座を去ること遠からずして、八万四千の衆宝の蓮華を化作せり。閻浮檀金を茎とし、白銀を葉とし、金剛を鬚とし、甄叔迦宝を以て其の台とせり。
等々とあり(https://temple.nichiren.or.jp/nagasaki_hokekyo/page.html?file=HK24kun)、
釈尊に礼拝供養し、文殊師利菩薩や薬王菩薩に会うために、娑婆世界に行きたいと申し出た妙音菩薩に対して、その師である浄華宿王智仏が訓誡されるという形で、求道者の心得が説かれています。浄華宿王智仏は、「娑婆世界は穢れも多く、菩薩達も汝ほど端正で福相に充ちてはいない。しかし、どのようなことがあろうとも仏や菩薩達を初め、娑婆世界全てに対して、決して軽蔑の心を持ってはならない。」と申されました、
という(http://www.hokkeshu.jp/hokkeshu/2_39.html)。そして、
妙音菩薩は是の如く種々に変化し身を現じて、此の娑婆国土に在って諸の衆生の為に是の経典を説く。神通・変化・智慧に於て損減する所無し。是の菩薩は若干の智慧を以て明かに娑婆世界を照して、一切衆生をして各所知を得せしむ、
と(https://temple.nichiren.or.jp/nagasaki_hokekyo/page.html?file=HK24kun)、そして、
妙音菩薩摩訶薩、釈迦牟尼仏及び多宝仏塔を供養し已って、本土に還帰す、
とある(仝上)。
妙音菩薩、万二千歳に於て、十万種の妓楽を以て雲雷音王仏に供養し、並に八万四千の七宝の鉢を奉上す。
是の因縁の果報を以て、今浄華宿王智仏の国に生じて是の神力あり、
という、
妙音菩薩、
は、
妙幢相三昧・法華三昧・浄徳三昧・宿王戯三昧・無縁三昧・智印三昧・解一切衆生語言三昧・集一切功徳三昧・清浄三昧・神通遊戯三昧・慧炬三昧・荘厳王三昧・浄光明三昧・浄蔵三昧・不共三昧・日旋三昧を得、是の如き等の百千万億恒河沙等の諸の大三昧を得たり、
妙音菩薩是の三昧の中に住して、能く是の如く無量の衆生を饒益す、
妙音菩薩品を説きたもう時、妙音菩薩と倶に来れる者八万四千人、皆現一切色身三昧を得、此の娑婆世界の無量の菩薩、亦是の三昧及び陀羅尼を得たり、
等々ともある(仝上)、
「三昧」は、
梵語samādhiの音訳、
で、
三摩地(サンマジ)、
三摩提(サンマダイ)、
とも当て(大言海)、原意は、
心を一か所にまとめて置くこと、
をいい、
定(ジョウ)・正定(セイジョウ)・等持・寂静(仝上)、
あるいは、
定(ジョウ)・正定(セイジョウ)・止息、寂静、正受(ショウジュ)(大言海)、
平等・正受・正定(字源)、
等々とも訳す。中国の字典『祖庭事苑(そていじえん)』(宋代)には、
亦云正受、謂正定不亂、能受諸法、
とある。
心を一所に住(とど)めて、動かざること、妄念を離れて、心を寂静にし、我が心鏡に映じ来る諸法の実相を、諦観する、
意で、
禅定(ゼンジョウ)、
ともいう(大言海)。ここで、妙音菩薩は、
妙幢相三昧・法華三昧・浄徳三昧・宿王戯三昧・無縁三昧・智印三昧・解一切衆生語言三昧・集一切功徳三昧・清浄三昧・神通遊戯三昧・慧炬三昧・荘厳王三昧・浄光明三昧・浄蔵三昧・不共三昧・日旋三昧、
という
十六の三昧、
をえたとあるが、それは、
第一 妙憧相(どうそう)三昧 妙憧とは袈裟のことで、衣を纏い袈裟を懸けることによって、心がシャンと引き締まります。
第二 法華三昧 法華経の即身成仏・娑婆即寂光土の義を体得しますと、何時でも何処でも、正しい判断と正しい行いが自然にできるようになります。これを目標にして精進するのが、法華三昧であります。
第三 浄徳三昧 浄行とは菩薩の六度の修行のことで、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・知慧という、六つの修行の結果得られる立派な徳です。
第四 宿王戯(け)三昧 宿とは久しく共にあるという意で、王戯とは王のごとく自由にふるまう意であります。
第五 無縁三昧 自分に直接縁の無い者でも、縁の有る者と同様に救済する、広大な慈悲の心であります。
第六 智印三昧 自分の持っている智慧により、他の人にも法華経は有難いという印象を与えることです。
第七 解(げ)一切衆生語言(ごごん)三昧 全ての人々のことばを聞いて、よく理解できることです。
第八 集一切功徳三昧 扇の要のように、全ての功徳が行者の一身に集中する功徳です。
第九 清浄三昧 心が清く雑念無く、法華経の修行に打ち込むことです。
第十 神通遊戯三昧 どのような境遇の中にあっても、その境遇に左右されることなく、明るく楽しい環境に変えてゆく力であります。
第十一 慧炬(えこ)三昧 「炬」とは大きな火という意味で、どのような暗いところでも火を燈せば明るくなるように、智慧の〝ともしび〟が明るく盛んになるよう努めることです。
第十二 荘厳三昧 自分も仏さまのように、立派な徳を身に飾るよう努めることです。
第十三 浄光明三昧 自分の清浄な徳の光が、周囲を浄化することを目標に努力することです。
第十四 浄蔵三昧 蔵に物を納めるごとく、自分の心の中に浄い徳を蓄えることです。
第十五 不共(ふぐ)三昧 仏徳のように、他の世俗のものと比べられない勝れた徳を積むべく誓いを立て、修行に励むことです。
第十六 日旋(にっせん)三昧 その智慧の光で衆生を導ける身になるべく、修行に励むことであります。
をいう(http://www.hokkeshu.jp/hokkeshu/2_39.html)とある。この、
十六の三昧力、
をもって、三十四身を現じて、娑婆世界の一切衆生を救うという(仝上)。
是の妙音菩薩品を説きたもう時、妙音菩薩と倶に来れる者八万四千人、皆現一切色身三昧を得、此の娑婆世界の無量の菩薩、亦是の三昧及び陀羅尼を得たり。爾の時に妙音菩薩摩訶薩、釈迦牟尼仏及び多宝仏塔を供養し已って、本土に還帰す、
妙音菩薩来往品を説きたもう時、四万二千の天子、無生法忍を得、華徳菩薩、法華三昧を得たり、
とある(https://temple.nichiren.or.jp/nagasaki_hokekyo/page.html?file=HK24kun)、
無生法忍(むしょうぼうにん)、
とは、
生滅無き諸法実相の中に於て、信受し通達して、無礙(むげ)不退なり(大智度論)、
とあり、
物に動かされない悟りの境地で、一切のものが不生不滅であることを認識すること、
という(http://www.hokkeshu.jp/hokkeshu/2_39.html)。
三十四身、
は、しかし、「妙法蓮華経」妙音菩薩品には、
或は梵王の身を現じ、或は帝釈の身を現じ、或は自在天の身を現じ、或は大自在天の身を現じ、或は天大将軍の身を現じ、或は毘沙門天王の身を現じ、或は転輪聖王の身を現じ、或は諸の小王の身を現じ、或は長者の身を現じ、或は居士の身を現じ、或は宰官の身を現じ、或は婆羅門の身を現じ、或は比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の身を現じ、或は長者・居士の婦女の身を現じ、或は宰官の婦女の身を現じ、或は婆羅門の婦女の身を現じ、或は童男・童女の身を現じ、或は天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人・非人等の身を現じて是の経を説く。諸有の地獄・餓鬼・畜生及び衆の難処、皆能く救済す。乃至王の後宮に於ては、変じて女身となって是の経を説く、
とあり、数え方では、
仏身、菩薩身、辟支仏身、声聞身、梵王身、帝釈身、自在天身、大自在天身、天大将軍身、毘沙門身、転輪聖王身、諸小国王身、長者身、居士身、宰官身、婆羅門身、比丘身、比丘尼身、優婆塞身、優婆夷身、長者婦女身、居士婦女身、宰官婦女身、婆羅門婦女身、童男童女身、諸天身、諸竜身、夜叉身、乾闥婆身、阿修羅身、伽楼羅身、緊那身、摩睺羅伽身、地獄身、餓鬼身、畜生身、女人身、
の、
三十八種身、
ともなるようだ(東洋画題綜覧)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95