惣持

我等ぞ思へば頼もしき、きけむ経を聞きし故、三昧惣持(そうぢ)を得てこそは、佛に多くは仕へしか(梁塵秘抄)、 の、 惣持(そうじ)、 は、 総持、 とも当て、梵語、 dhāraṇī、 の音写、 陀羅尼(だらに)、 の訳語で、 周匝蘭楯者、譬総持、四面懸鈴者、譬四弁(「法華義疏(7C前)」)、 と、 よく総(すべ)てのものを…

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轉法輪

法華のまします所には、諸佛神力拝みつつ、皆是佛の菩提處、轉法輪の所なり(梁塵秘抄)、 の、 転法輪(てんぼうりん)、 は、 仏が教えを説くこと、 つまり、 説法、 の謂いで、 法輪、 は、梵語、 dharma-cakra、 の訳で、 仏法が人間の迷いや悪を打ち破り追い払うのを、古代インドの戦車のような武器(輪)にたとえて…

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五種法師(ごしゅほっし)

妙法連華経、書き読み持(たも)てる人は皆、五種法師と名づけつつ、終には六根清しとか(梁塵秘抄)、 の、 五種法師(ごしゅほっし)、 は、『法華経』法師品(妙法蓮華経法師功徳品)第十九に、 若し善男子・善女人是の法華経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せん。是の人は当に八百の眼の功徳・千二百の耳の功徳・八百の鼻の功徳・千二百の舌の功徳・八百の身の…

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陀羅尼菩薩

須臾の間も聴く人は、陀羅尼菩薩を友として、一つの蓮(はちす)に入りてこそ、衆生教化弘むなれ(梁塵秘抄)、 の、 陀羅尼菩薩、 は、 三十日秘仏の十六日仏、 とあり、 陀羅尼の言葉の力で仏法を保持して悪法を防ぎます、 とある(http://tobifudo.jp/butuzo/25bosatu/06.html)。 陀羅尼、 は、「加持」で触…

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五十展転(ごじゅうてんでん)

法華経説かるる所にて、語り伝ふる聞く人の、功徳の量(はかり)を尋(たづ)ぬれば、五十隨喜(ずいき)ぞ量(はかり)なき(梁塵秘抄)、 の、 五十隨喜(ずいき)、 とあるのは、法華経(随喜功徳品)の、 亦随喜転教、如是展転、至第五十(亦隨喜して転教せん、是の如く展転して第五十に至らん)、 とあるところから、 五十展転(ごじゅうてんてん・ごじゅうてんでん)、 …

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空目

沙羅林にたつ煙(けぶり)、上(のぼ)ると見しは空目なり、釋迦は常にましまして、霊鷲山(りょうじゅせん)にて法(のり)ぞ説く(梁塵秘抄)、 の、 空目、 は、 あきめ、 と訓ますと、 明目、 とも当て、 双六(すごろく)で、むだ目のこと、 や、 賭け事で、だれも張らないところや、だれもかけていない賽の目、 の意で使うが、 …

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沙羅林

沙羅林にたつ煙(けぶり)、上(のぼ)ると見しは空目なり、釋迦は常にましまして、霊鷲山(りょうじゅせん)にて法(のり)ぞ説く(梁塵秘抄)、 の、 沙羅林(しゃらりん・さらりん)、 は、 娑羅の木の茂った林、 をいう(精選版日本国語大辞典)が、特に、 娑羅林に赴き給にし後より遺し置き給へる舎利を拝み奉り(「観智院本三宝絵(984)」)、 と、 釈尊…

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壽量品

法華経八巻(やまき)は一部なり、廿八品其の中に、あの、よまれ給ふ、説かれ給ふ、壽量品ばかり、あはれに尊(たうと)きものはなし(梁塵秘抄)、 の、 壽量品(じゅりょうぼん)、 は、法華経二十八品中の第十六品、 「如来寿量品」の略、 で、 如是我成仏已来(是の如く我成仏してより已来) 甚大久遠 寿命無量 阿僧祇劫 常住不滅 と(阿僧祇劫(あそうぎ…

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無上道

我が身は夢に劣らねど、無上道(だう)をぞ惜しむべき、命は譬(たとひ)の如くなり、如来付属はあやまたじ(梁塵秘抄)、 の、 無上道、 は、 此れを以て仏像を供養せむには、無上道を成ぜむ(日本霊異記)、 と、 この上もなくすぐれたさとり、 完全な究極のさとり、またその、智慧、 の意で、 仏道、 を指す(精選版日本国語大辞典)。当然、妙法蓮華…

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一乗妙法

氷(こほり)を敲(たた)きて水掬(むす)び、霜をへ拂ひて薪(たきぎ)採り、千歳(ちとせ)の春秋(はるあき)を過(すぐ)してぞ、一乗妙法聞きそめし(梁塵秘抄)、 の、 一乗妙法、 とは、 妙法一乗、 といい、 法華経(ほけきょう)に説かれている一乗の教えのこと、 をいい(新明解四字熟語辞典)、 妙法、 は、 仏法、 と同義、とり…

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阿私仙

達多五逆の悪人と、名には負へどもまことには、釋迦の法華経ならひける、阿私(あし)仙人これぞかし(梁塵秘抄)、 の、 阿私仙人、 は、 阿私陀(あしだ)、 とも、 阿私、 とも、 阿私仙、 とも、 阿斯陀、 とも表記する、梵語、 Asita、 の音写、 古代インドの聖仙。釈尊誕生の時にその相好を拝し、出家すれば大慈悲の聖師となり、王と…

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二人の佛

霊山界の大空に、寶塔(ほうたう)扉(とばそ)を押し開き、二人の佛を一たびに、喜び拝み奉る(梁塵秘抄)、 の、 霊山界(りょうぜんかい) とあるのは、 霊山会(りょうぜんえ)、 ともいい、 霊山会上にして即身成仏せし龍女(日蓮遺文・「祈祷鈔(1272)」)、 と、 霊鷲山(りょうじゅせん)の集会、 の意で、 釈尊がしばしば説法された霊…

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忍辱衣

慈悲の御室(みむろ)に住みながら、忍辱衣(にんにくころも)を身にかけて、忍辱衣は色深く、慈悲の室(むろ)には風吹かず、諸空法を御(み)座として、人には教え持(たも)たしむ(梁塵秘抄)、 の、 忍辱衣、 は、 忍辱の衣、 忍辱慈悲の衣、 忍辱の鎧、 ともいい、 忍辱衣(え)、 とも訓まし、 忍辱の心はいっさいの害難を防ぐというところから、忍辱…

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知的遊戯

与謝蕪村(玉城司訳注)『蕪村句集』を読む。 蕪村の発句 約2850句のうち千句を選んだもの。 芭蕉の、 田一枚植ゑて立ち去る柳かな(奥の細道)、 にゆかりのの遊行柳は、西行の、 道のべに清水流るゝ柳陰しばしとてこそ立ち止まりつれ(新古今集)、 からきているが、その場所を50年後訪ねて、 柳散(ちり)清水涸れ石処々(ところどころ) と、蕪…

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弘誓

忍辱衣を身に着れば、戒香(かいかう)涼しく身に匂ひ、弘誓瓔珞(やうらく)かけつれば、五智の光ぞ輝ける(梁塵秘抄)、 の、 弘誓(ぐぜい)、 は、 弘大の誓願、 の意(大言海)、 で、 「ぐ」は「弘」の呉音、 になる(精選版日本国語大辞典)。 佛の、あらゆる衆生を済はむとの誓、 の意(仝上)で、「妙法蓮華経」観世音菩薩普門品第二十五に…

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阿弥陀仏

親鸞は弟子一人ももたずさふらふ。そのゆへは、わがはからひにて、ひとに念仏をまうさせさふらはばこそ、弟子にてもさふらはめ、ひとへに弥陀の御もよほしにあづかて念仏まうしさふらふひとを、わが弟子とまうすこと、きはめて荒涼(無遠慮)のことなり(歎異抄)、 とある、 彌陀、 は、 阿弥陀仏、 阿弥陀、 の意で、 阿弥陀如来、 無量光仏、 無量寿仏、 とも…

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三身礼(さんじんらい)

阿彌陀佛については触れたが、そこで、浄土系でいわれる、 三身礼(さんじんらい)、 が、 日常勤行式の中で「総仏偈」の前に称える「三身礼」、 とか(http://www.hounen.jp/blog-h3.html)、 日常勤行式の三宝礼と対応させたようなお経ですが、三法礼は「仏法僧」を敬うのに対し、三身礼は阿弥陀様の三種類のお姿を敬うお経です、 とか(ht…

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五智

忍辱衣(ころも)を身に着れば、戒香(かいこう)涼しく身に匂ひ、弘誓(ぐぜい)瓔珞(やうらく)かけつれば、五智の光ぞ輝ける(梁塵秘抄)、 の、 五智(ごち)、 は、密教で、 大日如来の智を五種に分けて説いたもの、 をいい、大日の智の総体の、 法界体性(ほっかいたいしょう)智(法界の本性を明らかにする智慧 宇宙に存在するすべての智慧)、 と、 大円…

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情と景の格闘

正岡子規(高浜虚子編)『子規句集』を読む。 本書は、 明治十八年~三十四年 の間の、 寒山落木(巻一~巻五)、 俳句稿(巻一~巻二)、 の七冊から、編者の高浜虚子が、 凡そ二万句足らずある中から見るものの便をはかって、二千三百六句を選んだ、 ものである。ただ、現在は、 判明している子規の俳句は二万三千を越す、 という(坪内稔典「…

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大日如来

もし大日如来をうちたてまつれる人をば蓮花の座にすゑて讚む(「観智院本三宝絵(984)」)、 とある、 大日如来(だいにちにょらい)、 は、「五智」でも触れたが、梵語、 Mahāvairocana、 の音写は、 摩訶毘盧遮那(まかびるしゃな)、 と音写し、 梵音、毘盧遮那者、是日之別名、即除暗遍明之義也(大日経疏)、 と、 大日、 …

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