2023年11月11日
浄飯王(じょうぼんのう)
釈迦牟尼佛は薩埵(さた)王子、彌勒文殊は十二の子、浄飯王(じゃうほん)王は最初の王、摩耶はむかしの夫人なり(梁塵秘抄)、
の、
浄飯王(じょうぼんおう・じょうぼんのう)、
は、梵語、
Śuddhodana(シュッドーダナ)、
の訳、
前6世紀ごろの中インドのヒマラヤ山麓にあった加毗羅衛 (かびらえ 迦毘羅かぴら) 国の城王、
で、
シャカ族の長、
であり、
釈迦牟尼 (しゃかむに) の父、
摩耶 (まや)、
は、その妃、つまり、
釈迦牟尼の生母、
で、
拘利 (くり) 族の王女、
である(広辞苑)。
さか仏、まやふ人と申ける、うみおきてうせたまひにけれは、てて上ほんわうと申す、ひとりやしなひて(「成尋母集(1073頃)」)、
とあるが、
摩耶夫人は釈迦を生んで7日後に亡くなったので、摩耶の妹である摩訶波闍波提をまた娶って、釈迦の乳母となった、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E9%A3%AF%E7%8E%8B)。
釈迦、
は、梵語、
Śākyamuni(シャーキャムニ)、
の音訳、
釈迦牟尼、
釈迦族の聖者、
の略である(世界大百科事典)。釈迦は、
一六歳頃に耶輸陀羅(ヤショーダラー梵語Yaśodhar)と結婚し、羅睺羅(ラーフラ梵語Rāhula)が生まれ、二九歳で出家し、三五歳で覚りを開き仏陀となり、その後、四五年間にわたり伝道の旅を続け、八〇歳で入滅した、
とされる(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%87%88%E5%B0%8A)。
なお、浄飯王般涅槃経には、
浄飯王が病み、仏に見(まみ)えんことを欲すると、仏はナンダ、ラーフラ、アーナンダを率いて来て見舞い、浄飯王は死して四天王がその棺を担いだ、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E9%A3%AF%E7%8E%8B)という。
今昔物語集巻2第1話 仏御父浄飯王死給時語に、その最後についての記述がある。
今昔、仏の御父、迦毗羅国の浄飯王、老に臨て、病を受て、日来を経る間、重く悩乱し給ふ事限無し。身を迫(せむ)る事、油を押すが如し。「今は限り」と思して、御子の釈迦仏・難陀・孫の羅睺羅・甥の阿難等を見ずして死なむ事を歎き給へり。
此の由を、仏の御許に告奉らむと為るに、仏の在ます所は舎衛国也。迦毗羅国より五十由旬の間なれば、使の行かむ程に、浄飯王は死給ぬべし。然れば、后・大臣等、此の事を思悩ぶ程に、仏は霊鷲山に在して、空に、父の大王の病に沈て、諸の人、此の事を歎き合へる事を知給て、難陀・阿難・羅睺羅等を引将て、浄飯王の宮に行き給ふ。
而る程に、浄飯王の宮、俄に朝日の光の差入たるが如く、金の光り隙無く照耀く。其の時に、浄飯王を始て若干の人、驚き怪しむ事限無し。大王も此の光に照されて、病の苦び忽ちに除て、身の楽び限無し。
暫く在て、仏、虚空より、難陀・阿難・羅睺羅等を引将て、来り給へり。先づ、大王、仏を見奉て、涙を流し給ふ事、雨の如し。合掌して喜給ふ事限無し。仏、父の御傍に在して、本経を説給ふに、大王、即ち阿那含果を得つ。大王、仏の御手を取て、我が御胸に曳寄せ給ふ時に、阿羅漢果を得給ぬ。其の後、暫く有て、大王の御命、絶畢(たえはて)給ひぬ。其の時に、城の内、上中下の人、皆哭き悲む事限無し。其の音、城を響かす。
其の後、忽ち七宝の棺(ひつぎ)を作て、大王の御身には香油を塗て、錦の衣を着せ奉りて、棺に入れ奉れり。失せ給ふ間には、御枕上に、仏・難陀、二人在します。御跡の方には、阿難・羅睺羅、二人候ひ給ふ。
かくて、葬送の時に、仏、末世の衆生の、父母の養育の恩を報いざらむ事を誡しめ給はむが為に、御棺を荷はむと為給ふ時に、大地震動し、世界安からず。然れば、諸の衆生、皆俄に踊り騒ぐ。水の上に有る船の、波に値へるが如し。其の時に、四天王、仏に申し請て、棺を荷ひ奉る。仏、此れを許して、荷はしめ給ふ。仏は香炉を取て、大王の前に歩み給ふ。
墓所は霊鷲山の上也。霊鷲山に入むと為るに、羅漢来て、海の辺りに流れ寄たる栴檀の木を拾ひ集めて、大王の御身を焼き奉る。空響かす。其の時に、仏、無常の文を説給て、焼き畢奉りつれば、舎利を拾ひ集めて、金の箱に入て、塔を立て、置き奉けりとなむ、語り伝へたるとや(https://yatanavi.org/text/k_konjaku/k_konjaku2-1)。
冒頭の、
彌勒文殊は十二の子、
は、調べたが、よく分からない。ただ、十二という數から、
十二菩薩、
の意かと思うが、該当する(と勝手に想定した)のは、偽経とされる、唐代の、
『円覚経』(えんがくきょう)、
正式名称、
『大方広円覚修多羅了義経』(だいほうこうえんがくしゅたらりょうぎぎょう)、
で、
文殊師利、普賢、普眼、金剛蔵、弥勒、清浄慧、威徳自在、弁音、浄諸業障、普覚、円覚、賢善首、
の十二菩薩の為に如来が大円覚の妙理を説いた、
とある(https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/47/1/47_1_38/_pdf/-char/ja)ところの、十二の菩薩だが、どうなのだろう。
参考文献;
鎌田茂雄「円覚十二菩薩の形成」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/47/1/47_1_38/_pdf/-char/ja)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95