2023年12月08日

命なりけり


春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり(古今集)、

の、

命なりけり、

は、

命があってのことだ、

と注釈する(高田祐彦訳注『古今和歌集』)。

年たけて又こゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山(西行)、
今ははや恋死なましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける(古今集)、
もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり(仝上)、
年をへてあひみる人の別には惜しき物こそいのちなりけれ(後撰集)、
あふと見てうつつのかひはなけれどもはかなき夢ぞいのちなりける(金葉集)、

等々、中古の和歌に詠み込まれた、

いのちなりけり、

という詠嘆表現は、

そのほとんどが恋歌、

である(佐藤雅代「命なりけり」の歌の系譜)とある。これは、

はかない命など恋の成就のためには惜しくない、あるいは逆に、恋しい人に逢うことを期待するから命が惜しくなる、

といった発想によるものである(仝上)。万葉集などでは、

たまきはる命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとそ思ふ、
君が家(いへ)に我が住坂(すみさか)の家道(いへぢ)をも我は忘れじ命死なずは、
朝霧の凡(おほ)に相見し人故に命死ぬべく恋ひ渡るかも、

等々、

命死なずは、
命死ぬべく、

というのが、

命がけの恋を表現する常套句、

であった(仝上)。

いのちなりけり、

が出てくるのは、古今集あたりのようだ。それでも、八大集(古今集・後撰集・拾遺集・後拾遺集・金葉集・詞花集・千載集・新古今集)でも、

八首、

しかない(仝上)、という。上述と重複するが、それを挙げると、

春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり(古今集)、
今ははや恋死なましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける(仝上)、
もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり(仝上)、
年をへてあひみる人の別には惜しき物こそいのちなりけれ(後撰集)、
あふと見てうつつのかひはなけれどもはかなき夢ぞいのちなりける(金葉集)、
さりともと思ふ心にはかされて死なれぬものはいのちなりけり(仝上)、
まどろみてさてもやみなばいかがせむ寝覚めぞあらぬ命なりける(千載集)、
としたけて又こゆべしとおもひきや命なりけりさやの中山(新古今集)
ながらへて世に住むかひはなけれどもうきにかへたる命なりけり(仝上)、

それが、『新古今集』成立後の勅撰集、『新勅撰集』から『新続古今集』までの十三代には、

三五首、

に増え、その二三首が「恋」の部に入れられている(仝上)という。

なりけり、

という表現は、

今初めてその事実に気づいたという詠嘆である(仝上)、

が、新古今以後定着したとするなら、あくまで表現のレトリックとして、

命と均衡、

するほどというメタファなのだろう。いわば、

命がけ、

を訴求していると言えるのだろう。別に、冒頭の、

春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり(古今集)、
年たけて又こゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山(西行)、
もみぢ葉を風にまかせて見るよちもはかなきものは命なりけり(古今集)、

などは、必ずしも恋の歌ではないので、

命があったればこそだの意。寿命を長らえたことに対しての詠嘆のことば、

という意味になる(精選版日本国語大辞典・広辞苑)が、

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同(劉希夷(「代悲白頭翁」)、

と似た、感慨と言ってもいいのかもしれない。

なお、「いのち」、清水博『〈いのち〉の普遍学』については触れた。

「命」 漢字.gif

(「命」 https://kakijun.jp/page/0844200.htmlより)


「命」 甲骨文字・殷.png

(「命」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%BDより)

「命」(漢音メイ、呉音ミョウ)は、「いのち」で触れたが、

会意。「あつめるしるし+人+口」。人々を集めて口で意向を表明し伝えるさまを示す。心意を口や音声で外にあらわす意を含む。特に神や君主が意向を表明すること。転じて命令の意となる、

とあり(漢字源)、「いのち」の意味はあるが、「天命」の意で、天からの使命、運命の意で、「命令」色が強い。

会意文字です(口+令)。「冠」の象形と「口」の象形と「ひざまずく人」の象形から神意を聞く人を表し、「いいつける」、「(神から与えられた)いのち」を意味する「命」という漢字が成り立ちました、

という説明https://okjiten.jp/kanji51.html、あるいは、

会意。「人」(集める)+「口」(神託)+「卩」(人)、人が集まって神託を受けるの意。又は、「令』(人が跪いて聞く)+「口(神器)」の意(白川静)、

という説明https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%BDが、その意味からみて、分かりやすい。

参考文献;
佐藤雅代『「命なりけり」の歌の系譜』https://www.jstage.jst.go.jp/article/sanyor/26/0/26_189/_pdf

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:57| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする