作りなす庭をいさむるしぐれかな(芭蕉)、
の、
いさむ、
は、
戒める意の「諫む」から励ます意の「勇む」が派生した語、
とある(松尾芭蕉(雲英末雄・佐藤勝明訳註)『芭蕉全句集』)。この、
いさむ、
が、
勇む、
であるとは思うが、
諫む(諫める)、
と、
勇む、
と関連があるかどうかは、ちょっと疑問に思える。
勇む、
は、天治字鏡(平安中期)に、
勇、伊佐牟、
とあり、
勢いて進む(臆(おそ)るの反)、
勇気を振るう、
という(大言海)、
伊佐美(イサミ)たる猛き軍卒(いくさ)とねぎたまひまけ(任)のまにまに(万葉集)、
と、
(戦いや争いに臨んで)気持が奮い立つ、
意と共に、
過ぎぬる方よりはいさみさかえて、物をもよく食ひたりければ(今昔物語)、
と、
元気一杯になる、
意で使う(岩波古語辞典・大言海)。後年の、
勇み肌、
の、
勇み、
につながるのだろう。この「勇む」は、
息進(イキスサ)むの約なるべし(気噴(イキブ)く、いぶく。息含(イキクク)む、憤(イクク)む)(大言海・国語の語根とその分類=大島正健)、
イサナフ(率)の義(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
イは息、サはサユル心、ムは向う心(日本声母伝)、
イススム(勢進)の転(言元梯)、
「いさ」は、「いさ」(鯨(イサナ)、俗(クニヒト)、鯨を云ひて伊佐となす(壹岐風土記逸文))、「いさまし」(動詞勇むの形容詞形)の「いさ」と同語源(日本語源大辞典)、
等々の諸説があるが、どうやら、
勢い込む、
にその意味を見ようとしているらしい。この「勇む」の他動詞、
勇む、
は、
吹く風を神やいさめむ手向山折ればかつ散る端の錦に(『夫木(ふぼく)和歌抄(夫木集)』)、
と、
慰む、
と当て、
慰める、
意とする。
神をいさめると云ふも、勇よりでたり(和訓栞)、
とあり、
神楽(かぐら)を、神いさめとも云ふ、
ともある(大言海)。
主体を励ます、勇気づける、
意から、
客体(神)を励ます、勇気づける、
意に転じ、
父の敵を討ち首斬らんと言ひてこそ、多くの人をばいさめしか(曽我物語)、
と使われるに至ったと思える。しかし、
諫む、
は、もともと、
禁む、
と当て、
我が妻に人も言問へ此の山をうしはく神の昔よりいさめぬわざそ日のみはめぐしもな見そ(万葉集)、
と、
戒む、
抑え止む、
禁制する、
意で(大言海)、
強く言ひて止むる意ならむ、叱(いさ)ふと通ず、
とある(仝上)。これが、転じて、
諫む、
と当て、天治字鏡(平安中期)に、
諫、止人非也、伊佐牟、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
諫、イサム、アラソフ、タダス、イマシム、
とあり、
皇后聞悲、興感止之(イサメタマフ)(雄略紀)、
と、
「勇む」の戒め止める意より、改めシムルに移る(大言海)、
相手の行動を拒否し、抑制する意。類義語イマシムは、タブーに触れることを教えて、相手に行動を思いとどまらせるのが原義(岩波古語辞典)、
で、
其の非を告げて、改めしむ、
意見を加ふ、
諫言する、
意で使い、
あさむ、
とも訓ます(大言海)。この「禁む」の語源は、
言進(イヒスサ)むるの約略か(言逆(イヒサカ)ふ、いさかふ。おもひみる、おもみる)(大言海)、
イサ(不知 イサカフ・イサツ・イサフ・イサム(禁)と同根。相手に対する拒否・抑制の気持を表す感嘆詞)を活用させた語。相手の行動を拒否し、抑制する意(岩波古語辞典)、
イサは不知、メはその起こり始める処の意(国語本義)、
禁ずる意のイサフと関係がある語(日本釈名)、
イサム(勇)から転義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
イサム(率)から転義(和語私臆鈔・名言通)、
イは忌、サは然、メは活用語尾(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々と諸説あるが、「いさ」(不知)説は、
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香(か)ににほひける(紀貫之)、
の、
いさ、
で、
「人はいさ心も知らず」や、「いさかひ(諍ひ)」(=口論・喧嘩)に含まれる拒否・抑止系の語「いさ」に「む」を付けて動詞化し、相手の行動に対し否定的に作用する「禁止・忠告」の語義を持たせたもの、
ともあり(https://fusaugatari.com/sample/1500voca/isamu589/)、
禁む、
諫む、
は、
「いさ」の動詞化、
が妥当な気がする。
以上から考えてみると、「勇む」の、
励ます(主体)→励ます(客体)→慰める、
の流れはあり得るが、「禁む」の、
禁む→戒む→諫む、
から、「勇む」への流れは、語源を異にし、意味が異なり、少し考えにくい気がする。
(「諫」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AB%ABより)
「諫(諌)」(漢音カン、呉音ケン)は、
会意兼形声。「言+音符柬(カン よしあしをわける、おさえる)」、
とある(漢字源)。なお、白虎通(後漢、『白虎通義(びゃっこつうぎ』))には、
諫、是非相閒(マジル)、革更(アラタムル)其行也、
とある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95