此こゝろ推せよ花に五器一具(芭蕉)
の、
五器一具、
は、
一組の御器で、修行僧が携行する蓋の付いた椀、
であり(松尾芭蕉(雲英末雄・佐藤勝明訳註)『芭蕉全句集』)、
支考が奥羽行脚をするに際して、風雅の旅の心得を示した餞別吟、
とあり、
「花」は風雅の象徴、
で、支考の、
酒さへ呑ば馬鹿尽し候(五月七日付去来宛書簡)、
という一面への忠告でもあろう(仝上)と注記がある。芭蕉自身、
つくしのかたにまかりし比、頭陀に入し五器一具、難波津の旅亭に捨しを破らず、七とせの後、湖上の粟津迄送りければ、是をさへ過しかたをおもひ出して哀なりしまゝに、翁へ此事物語し侍りければ、
という前書きの後、
これや世の煤にそまらぬ古合子(ふるごふし)、
の句がある。
合子(ごうす・ごうし)、
も、
盒子、
とも当て、
蓋付きの器、
をいう(仝上)。
身と蓋(ふた)とを合わせる、
の意で、多くは、
いみじう穢き物。なめくぢ、えせ板敷のははき(帚)のすゑ、殿上の合子(枕草子)、
と、
扁球形で材質は陶磁器、漆器、金属器などで、香合(こうごう)、化粧品入、薬味入、印肉入、
などとある(精選版日本国語大辞典)が、和名類聚抄(平安中期)に、「合子」について、
唐式云、尚食局、漆器三年一換、供毎節料朱合等五年一換、今案、朱合(しゅあい)、俗所謂朱漆合子也、
とある。「穢き物」とされるわけだ。
(合子 精選版日本国語大辞典より)
五器、
は、
御器、
合器、
とも当て(広辞苑・大言海)、
合子(がふし)の器、蓋つきの椀、
で(大言海)、
木製、陶製、金属製、
などがある(精選版日本国語大辞典)。
その由来は、
合器(がふき)の約(狭布(ケフフ)、むふ。納言(なふごん)、なごん)(大言海)、
ゴキ(盒器)の義(俗語考)、
とあり、いずれも、
蓋つき、
の意からきているようだが。
「ごうき(合器)」の変化したもの、
とするには、
「合器」という語は見えず、「器」に接頭辞「御」を加えたものかと思われる、
とある(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。
御器、
は、漢籍では、
御器不以度(新書・輔佐)、
と、
天子の道具を言い、日本でも、
直広貮已上者、特賜御器膳幷衣装、極樂而罷(続日本紀)、
と、
皇室関係の人物のための器に対して用いられている(仝上)。しかし、
殿の御(み)ごきをなむ、一具賜へる(落窪物語)、
と、
五器、
に更に敬語接頭辞を加えた、
御ごき、
の例があり、早く普通語と理解されたようである(仝上・大言海)。中世以降には、
呉器、
五器、
と書かれた例が見え、やがて「ごき」は庶民の食器にも用いられるようになり、近世以降は、
修行僧の食器、
や、
今の閭に、御器下げて心がらの、非人仇討(近松・淀鯉出世瀧徳)、
と、
乞食が食物を乞うために持っている椀(わん)、
をいう(仝上)。ただ、現代方言では、単に、
椀、
を意味し、
ゴキブリ(ゴキカブリ)、
の、「ゴキ」も椀である(日本語源大辞典)とある。
なお、高麗茶碗(こうらいぢゃわん)の一つに、
呉器(ごき)、
があるが、
五器、
とも当て、禅寺で使う漆器の、
御器、
に形が似ているところからよばれたという(精選版日本国語大辞典)。高台は高く張りぎみで、その形色などの特徴によって、
大徳寺呉器、
一文字呉器、
など種々の名称がある(仝上)。
(大徳寺呉器 https://turuta.jp/story/archives/19411より)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95