2023年12月23日

五器一具


此こゝろ推せよ花に五器一具(芭蕉)

の、

五器一具、

は、

一組の御器で、修行僧が携行する蓋の付いた椀、

であり(松尾芭蕉(雲英末雄・佐藤勝明訳註)『芭蕉全句集』)、

支考が奥羽行脚をするに際して、風雅の旅の心得を示した餞別吟、

とあり、

「花」は風雅の象徴、

で、支考の、

酒さへ呑ば馬鹿尽し候(五月七日付去来宛書簡)、

という一面への忠告でもあろう(仝上)と注記がある。芭蕉自身、

つくしのかたにまかりし比、頭陀に入し五器一具、難波津の旅亭に捨しを破らず、七とせの後、湖上の粟津迄送りければ、是をさへ過しかたをおもひ出して哀なりしまゝに、翁へ此事物語し侍りければ、

という前書きの後、

これや世の煤にそまらぬ古合子(ふるごふし)、

の句がある。

合子(ごうす・ごうし)、

も、

盒子、

とも当て、

蓋付きの器、

をいう(仝上)。

身と蓋(ふた)とを合わせる、

の意で、多くは、

いみじう穢き物。なめくぢ、えせ板敷のははき(帚)のすゑ、殿上の合子(枕草子)、

と、

扁球形で材質は陶磁器、漆器、金属器などで、香合(こうごう)、化粧品入、薬味入、印肉入、

などとある(精選版日本国語大辞典)が、和名類聚抄(平安中期)に、「合子」について、

唐式云、尚食局、漆器三年一換、供毎節料朱合等五年一換、今案、朱合(しゅあい)、俗所謂朱漆合子也、

とある。「穢き物」とされるわけだ。

合子.bmp

(合子 精選版日本国語大辞典より)

五器、

は、

御器、
合器、

とも当て(広辞苑・大言海)、

合子(がふし)の器、蓋つきの椀、

で(大言海)、

木製、陶製、金属製、

などがある(精選版日本国語大辞典)。

五器.jpg


その由来は、

合器(がふき)の約(狭布(ケフフ)、むふ。納言(なふごん)、なごん)(大言海)、
ゴキ(盒器)の義(俗語考)、

とあり、いずれも、

蓋つき、

の意からきているようだが。

「ごうき(合器)」の変化したもの、

とするには、

「合器」という語は見えず、「器」に接頭辞「御」を加えたものかと思われる、

とある(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。

御器、

は、漢籍では、

御器不以度(新書・輔佐)、

と、

天子の道具を言い、日本でも、

直広貮已上者、特賜御器膳幷衣装、極樂而罷(続日本紀)、

と、

皇室関係の人物のための器に対して用いられている(仝上)。しかし、

殿の御(み)ごきをなむ、一具賜へる(落窪物語)、

と、

五器、

に更に敬語接頭辞を加えた、

御ごき、

の例があり、早く普通語と理解されたようである(仝上・大言海)。中世以降には、

呉器、
五器、

と書かれた例が見え、やがて「ごき」は庶民の食器にも用いられるようになり、近世以降は、

修行僧の食器、

や、

今の閭に、御器下げて心がらの、非人仇討(近松・淀鯉出世瀧徳)、

と、

乞食が食物を乞うために持っている椀(わん)、

をいう(仝上)。ただ、現代方言では、単に、

椀、

を意味し、

ゴキブリ(ゴキカブリ)、

の、「ゴキ」も椀である(日本語源大辞典)とある。

なお、高麗茶碗(こうらいぢゃわん)の一つに、

呉器(ごき)、

があるが、

五器、

とも当て、禅寺で使う漆器の、

御器、

に形が似ているところからよばれたという(精選版日本国語大辞典)。高台は高く張りぎみで、その形色などの特徴によって、

大徳寺呉器、
一文字呉器、

など種々の名称がある(仝上)。

大徳寺呉器茶碗.jpg

(大徳寺呉器 https://turuta.jp/story/archives/19411より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする