月やその鉢木(はちのき)の日のした面(おもて)(芭蕉)、
の、
した面(おもて)、
は、
シテが面を付けず素顔で演じること、
をいう、
直面(ひたおもて)、
の訛言とされる(松尾芭蕉(雲英末雄・佐藤勝明訳註)『芭蕉全句集』)とある。
ひたおもて、
は、
ひためん、
の意である。
直面、
は、
ちょくめん、
と訓ませると、
困難に直面する、
というような、
接に物事に対すること、
避けられないような状態で物事に出会うこと、
の意になるし、
じきめん、
と訓ませると、
御自身に御出なされませい、直面(ヂキメン)におわたしませふ(浮世草子「傾城仕送大臣(1703)」)、
と、
直接に面会すること、
の意となり、
ひたおもて、
と訓ませると、
ただかう殿上人のひたおもてにさしむかひ(「紫式部日記(1010頃)」)、
と、
ひたおもてなり、
という形容動詞で、
直接、顔を合わせてさし向かうこと、
覆いかくすところなく直接的であること、またそのさま、
の意で使う(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、
ひたおもて、
には、
ひためん(直面)、
の意があり、昔は、
直面(ひためん)、
は、
ひたおもて、
と訓ませ、
顔を隠さないでいること、
とされていた(https://nohmask21.com/hitamen.html)とある。世阿弥は、
ひためんこれ又、大事也(「風姿花伝(1400~02頃)」)、
と、
能を演ずるシテ、またはシテツレが、面をつけないこと、また、その役柄、
をいい(仝上)、
面をかけない場合でもかけた時と同じ心持で役を勤める
ことをいう(https://db2.the-noh.com/jdic/2009/02/post_83.html)。このため、
素顔の状態でも喜怒哀楽の表情を露骨に出すことはなく、面をかけた役との調和が図られている、
とある(仝上)。
(翁面(白色尉(白式尉)) https://www.nohgaku.or.jp/guide/%E8%83%BD%E3%81%AE%E9%9D%A2より)
素顔もまた面、
という考え方(http://www.kamekawa-d.com/AON/article/%E7%9B%B4%E9%9D%A2%E3%81%A8%E3%81%AF/)のようで、
文字通りの素顔で、歌舞伎役者のように厚化粧や隈取りを施すこともありませんし、顔や筋肉や目玉を派手に使う事も無く、全く能面そのものの如く、表情を動かさずに演技する事を要求されます、
とある(仝上)。直面を使用するのは、
およそ70歳にならないと難しい、
とされ、
その顔に刻まれた豊かな人生の経験、品格が積み重なってこそ、「直面」として使える、
とある(https://nohmask21.com/hitamen.html)。
直面物(ひためんもの)、
というと、
神や幽霊でない現実の男性の役、すなわち面を用いない役を主人公とする能、
で、
「鉢木」「安宅」など現在物に限られる、
とある(広辞苑・大辞林)。
(「直」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4より)
(「直」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4より)
「直」(漢音チョク、呉音ジキ)は、
会意。原字は「―(まっすぐ)+目」で、まっすぐ目を向けること、
とある(漢字源)。『中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)では、
「十」+「目」+「𠃊」から構成される会意文字、
と説明されているが、これは誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)とし、
会意。「|」(直線)+「目」から構成され、まっすぐな視線を象る。「まっすぐな」を意味する漢語{直 /*drək/}を表す字、
とある(仝上)。
なお、「面」(漢音ベン、呉音メン)は、「面(おも)なし」で触れたように、
会意。「首(あたま)+外側をかこむ線」。頭の外側を線でかこんだその平面を表す、
とあり(漢字源)、
指事。𦣻(しゆ=首。あたま)と、それを包む線とにより、顔の意を表す(角川新字源)、
指事文字です。「人の頭部」の象形と「顔の輪郭をあらわす囲い」から、人の「かお・おもて」を意味する「面」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji541.html)、
も、漢字の造字法は、指事文字としているが、字源の解釈は同趣旨。別に、
仮面から目がのぞいている様を象る(白川静)、
との説(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%A2)もある。
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95