2023年12月26日
からくれない
ちはやぶる神代もきかず竜田川から紅に水くくるとは(業平)、
の、
から紅、
は、
唐紅、
韓紅、
と当て、
朝鮮半島から渡来した紅の色、
と注記がある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
(韓からの)舶来の紅、
の意で、
濃い紅色、
深紅色、
であるが、この言葉の由来については、
韓からきた紅花の意。カラ(韓)紅の義(和訓栞)、
韓は借字か、カラは、赤(アカラ)の略にて、呉藍(ごあゐ)の鮮明なるを云ふならむ(大言海)、
カラクレナヰ(辛紅)の意(言元梯)、
と異説もある。
唐紅の鮮やかで濃い赤色を出すには、エジプト原産の「紅花(べにばな)」という花が使われます。外国から日本に入ってきた製法のため、外から渡来した意味をもつ「唐」をあて、「唐紅」になった、
ようであり(https://biz.trans-suite.jp/89280)、
紅花には赤と黄色の色素が存在していますが、赤い色素だけを抽出し、それを用いて染めたもの、
が「韓紅」とあり(https://pex.jp/point_news/036b4d26fe05035c842e488311be28b2)、
何度も赤い染め液に浸すことによって、あざやかで濃い紅色(くれないいろ)になる、
とある(仝上)。日本に5世紀頃で、「呉(ご)」から伝わったため、当初は、
呉藍(くれのあい)、
と呼ばれていた(仝上)。だから、奈良時代には、
紅の八塩(くれないのやしお)、
とも呼ばれていた(仝上)。「八塩(やしほ)」は、
八入、
とも当て、
何回も染汁に浸してよく染めること、
濃くよく染まること、
の意で、
やしほぞめ、
とも言う(広辞苑・仝上)。「八入」で触れたように、
や(八)、
は、
ヨ(四)と母音交替による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、
とあり(岩波古語辞典)、「八」という数の意の他に、
無限の数量・程度を表す語(「八雲立つ出雲八重垣」)、
で、
もと、「大八洲(おほやしま)」「八岐大蛇(やまたのおろち)」などと使い、日本民族の神聖数であった、
とする(仝上)。ただ、
此語彌(いや)の約と云ふ人あれど、十の七八と云ふ意にて、「七重の膝を八重に折る」「七浦」「七瀬」「五百代小田」など、皆數多きを云ふ。八が彌ならば、是等の七、五百は、何の略とかせむ、
と(大言海)、「彌」説への反対説があり、
副詞の「いや」(縮約形の「や」もある)と同源との説も近世には見られるが、荻生徂徠は「随筆・南留別志(なるべし)」において、「ふたつはひとつの音の転ぜるなり、むつはみつの転ぜるなり。やつはよつの転ぜるなる、
としている(日本語源大辞典)ので、
ひとつ→ふたつ、
みつ→むつ、
よつ→やつ、
と、倍数と見るなら、語源を、
ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、
とするのは意味がなくなるのではないか。また、「七」との関係では、
古い伝承においては、好んで用いられる数(聖数)とそうでない数とがあり、日本神話、特に出雲系の神話では、
夜久毛(やくも)立つ出雲夜幣賀岐(ヤヘガキ)妻籠みに 夜幣賀岐作る 其の夜幣賀岐を(古事記)、
の「夜(ヤ)」のように「八」がしきりに用いられる。また、五や七も用いられるが、六や九はほとんどみられない、
とあり(日本語源大辞典)、「聖数」としての「八」の意がはっきりしてくる。「八入」には、そう見ると、ただ、多数回という以上の含意が込められているのかもしれない。
正確な回数を示すというのではなく、古代に聖数とされていた八に結びつけて、回数を多く重ねることに重点がある、
とある(岩波古語辞典)のはその意味だろう。
また、「しほ(入)」は、
一入再入(ひとしおふたしお)の紅よりもなほ深し(太平記)、
と使うが、その語源は、
潮合の意にて、染むる浅深の程合いに寄せて云ふ語かと云ふ、或は、しほる意にて、酒を造り、色に染むる汁の義かと云ふ、
としかない(大言海)。
潮合ひ、
とは、
潮水の差し引きの程、
つまり、
潮時、
の意である。染の「程合い」から来たというのは、真偽は別に、面白い気がする。ただ、
八潮をり(折)、
と、
幾度も繰り返して醸造した強烈な酒、
の意でも使われるので、それが「八入」の染からきたのかの、先後は判別がつかない。さらに、
八鹽折之紐小刀(古事記)、
と、
幾度も繰り返して、練り鍛ふ、
意でも使う(大言海)のは、メタファとして使われているとみていいのかもしれないが。
さて、「八入」は、染の回数の意から、やがて、
竹敷のうへかた山は紅(くれなゐ)の八入の色になりにけるかも(万葉集)、
と、
色が濃いこと、
程度が深く、濃厚であること、
また、その濃い色や深い程度、
の意でも使われ、さらに、
露霜染めし紅の八入の岡の下紅葉(太平記)、
と、
八塩岡、
と、紅葉の名所の意として使われ、「八入」は、
紅の八しほの岡の紅葉をばいかに染めよとなほしぐるらん(新勅撰和歌集)、
と、
紅葉、
の代名詞ともなり、さらに「八入」は、
見わたしの岡のやしほは散りすぎて長谷山にあらし吹くなり(新六帖)、
と、
紅葉の品種、
の名となり、
春の若葉、甚だ紅なれば名とし、多く庭際に植えて賞す。夏は葉青く変ず、樹大ならず、
とある(大言海)。
「唐」(漢音トウ、呉音ドウ)は、
会意。「口+庚(ぴんとはる)」で、もと、口を張って大言すること。その原義は「荒唐」という熟語に保存されたが、単独ではもっぱら国名に用いられる。「大きな国」の意を含めた国名である、
とあり(漢字源)、別に、
会意文字です(もと、庚+口)。「きねを両手で持ち上げつき固める」象形と「場所を表す」象形から、「つき固めた堤(堤防)」を意味する「唐」という漢字が成り立ちました。「塘(とう)」の原字である。また、「蕩(トウ)」に通じ(同じ読みを持つ「蕩」と同じ意味を持つようになって)、「大きな事を言う」という意味も表します、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1413.html)が、
形声。「口」+音符「庚 /*LANG/」、
とし、
会意文字と解釈する説があるが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%94%90)、
形声。口と、音符庚(カウ)→(タウ)(は省略形)とから成る。大言する意を表す。転じて、おおきい意に用いる、
とある(角川新字源)。
「韓」(漢音カン、呉音ガン)は、
会意兼形声。「韋(なめしがわ)+音符乾(カン 強い、大きいの略体)」
とある(漢字源)。別に、
形声。「韋」+音符「倝 /*KAN/」。「いげた」を意味する漢語{韓 /*gaan/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9F%93)、
形声。韋と、音符倝(カン、ケン)(𠦝は省略形)とから成る。もと、国名を表した(角川新字源)、
会意兼形声文字です(倝+韋)。「長い旗ざお」の象形(「上に出るもの」の意味)と「ステップの方向が違う足の象形と場所を示す象形」(「群を抜いて優れている、取り囲む」の意味)から、「いげた(井戸の上に井の字形に組んだ木の囲い)」、群を抜いて優れているもの「かんこく(国名)」を意味する「韓」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2116.html)、
等々ともある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95