2023年12月27日

まだし


五月来ば鳴きもふりなむほととぎすまだしきほどの声を聞かばや(古今和歌集)、

の、

まだしきほど、

は、

ほととぎすが本格的に鳴き始めないうちのまだ幼い声、

と注記がある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

まだし、

は、

未だし、

と当て、

まだその期に達しない、

意から、転じて、

なからまではあそばしたなるを末なんまだしきと宣(のたま)ふなる(蜻蛉日記)、

と、

まだ整わない、
まだ十分でない、

意で使い(広辞苑)、

琴・笛など習ふ、またさこそは、まだしきほどは、これがやうにいつしかとおぼゆらめ(枕草子)、

と、

未熟である、

意や(学研全訳古語辞典)、

この君はまだしきに、世の覚えいと過ぎて(源氏物語)、

と、

年齢などが十分でない、
幼い、

意となる(岩波古語辞典)。こうした用例から見ると、この由来は、

いまだし(未)の上略、待たしきの義(大言海)、
副詞まだ(未)の形容詞形(岩波古語辞典・角川古語辞典)、
副詞「いまだ」の形容詞化(デジタル大辞泉)、

などとあり、

未だ→まだ→まだし、

と転化した(日本語の語源)と見ていいのではないか。

いまだ(未)、

は、

事態が予想される段階に達しない意、

で(岩波古語辞典)、

妹(いも)が見し楝(あふち)の花は散りぬべしわが泣く涙いまだ乾(ひ)なくに(山上憶良)、

と、多く打消しを伴って、

まだ、

の意や、

妹(いも)が門(かど)入(い)り泉川(いづみがは)の常滑(とこなめ)にみ雪の残れりいまだ冬かも(柿本人麻呂)、

と、

依然として、
いまなお、

の意で使う(仝上)。

今、だにの略(大言海)、
今まだの約、或は、マダに接頭語のイのついたものか(日本古語大辞典=松岡静雄)、
イは発語、マツ(待)から出た語(日本釈名)、
イマト(今間所)の転(言元梯)、
イマナ(今無)の転(和語私臆鈔)、
イマタ(今無)の義(日本語源=賀茂百樹)、
今ナラヌ(名言通)、

などと諸説あり、

接頭語「い」と、名詞「間(ま)」と「だに」と同根の「だに」というが複合したもので、ほんのわずかの間でさえも、の意を表した、

とする説もある(日本語源大辞典)とするが、

それなら、

今、だに(大言海)、

と、

道だに、
夕だに、
声だに、

の助詞「だに」のついたものとする説の方がすっきりする。「だに」の意味は、

「~だけでも」の意で、否定の語と呼応する場合は「せめて…だけでもと願う。それも…ない」の意、

とある(岩波古語辞典)。

ただにと云ふを略したるなり(安斎随筆)、

を挙げ、

軽きを挙げて、餘の重きを言外に引証する意の語(サヘは、多きにつきて、それが上に添ふるもの、ダニは少なきをを挙げて示すもの)、

とする説(大言海)が説得力がある。

でも、
なりとも、

の意である。

いまだ、

は、平安時代に、「いまだ」から変化した、

まだ、

という語が和文専用語として用いられるようになり、

いまだ、

は、漢文訓読にもっぱら使われ、

否定との呼応が強く意識されるようになった、

とある(日本語源大辞典)。「いまだ」から転じた、

まだ、

は、

まだ帰らない、

というように、否定語を伴って、

一つの事態がその時点までになお実現していないさま、

を表し、

いままで……したことがない、
その時はなお……していない、

という意や、肯定表現に用いて、

未だ雨が降っている、

というように、

一つの状態がその時点において、猶継続するさま、

を表わし、

いまなお、……している、

意で使う(日本語源大辞典)。

まだし、

は、この、

まだ、

の、

(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、

と活用する形容詞形(岩波古語辞典・角川古語辞典)となる。

「未」 漢字.gif

(「未」 https://kakijun.jp/page/0577200.htmlより)

「未」(漢音ミ、呉音ビ)は、

象形。木のまだ伸びきらない部分を描いたもので、まだ……していないの意を表す、

とある(漢字源)、同趣で、

象形。梢の若芽。「いまだ」の意は、音を仮借したものともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%AA

象形。木の枝がしげっているさまにかたどる。借りて「いまだ」の意に、また、十二支の第八位に用いる(角川新字源)、

象形文字です。「大地を覆う木に若い枝が生えた」象形から「若い」・「小さい」・「いまだ」・「まだ」を意味する「未」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji709.html

とある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:02| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする