一人寝る床は草葉にあらねども秋来る宵はつゆけかりけり(古今和歌集)、
の、
つゆけし、
は、
露に濡れることから転じて多く涙に濡れることをいう、
と注記がある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
つゆけし、
は、
露けし、
と当て、
けし、
は、
のどけし、
さやけし、
あきらけし、
等々と、
体言などに付いてク活用の形容詞を作り、その性質や状態を表わす接尾語、
で(精選版日本国語大辞典)、文字通り、
露にぬれてしっとりしている、
露に濡れて湿気が多い、
意(大辞林・デジタル大辞泉)だが、それをメタファに、
若宮の、いとおぼつかなく、つゆけき中に過ぐし給(たま)ふも(源氏物語)、
と、
涙がちである、
意を込めて使う(学研全訳古語辞典・広辞苑)。
(葉の上の露 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2より)
つゆ(露)、
は、
秋の野に都由(ツユ)負へる萩を手折らずてあたら盛りを過ぐしてむとか(万葉集)、
と、
大気中の水蒸気が冷えた物体に触れて凝結付着した水滴。夜間の放射冷却によって気温が氷点以上、露点以下になったとき生じる。また、雨の後に木草の葉などの上に残っている水滴、
をいう(精選版日本国語大辞典)が、それをメタファに、
わが袖は草の庵にあらねども暮るればつゆのやどりなりけり(伊勢物語)、
と、
涙、
の比喩に用い、また、「露」のはかなさから、
つゆの癖なき。かたち・心・ありさまにすぐれ、世に経る程、いささかのきずなき(枕草子)、
と、
はかないもの、わずかなこと、
の比喩に用い(仝上)、
つゆばかりの、
つゆほど、
等々と使う。その垂れるメタファからか、
狩衣、水干などの袖をくくる緒の垂れた端、
を言い、
狩衣、水干、直垂などの袖括(そでぐくり)の端の、袖の端に余りて垂るるもの、
即ち、
袖の下、三四寸下ぐ、略して、袖先ばかりにもつく、
とあり(大言海)、その使用には、
その露を結びて肩にかく、
とある(仝上)。また、一般には、
留め紐や緒の先端の垂れ下った部分、
をもいう(仝上)。
さらに、太刀の、
頭に下ぐる、金銀の錘、
にもいい(大言海)、
豆板銀(まめいたぎん)、
小玉銀(こだまぎん)、
とも呼ばれる、江戸時代に丁銀に対する少額貨幣として流通した銀塊、
小粒銀(こつぶぎん)、
も(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%86%E6%9D%BF%E9%8A%80)、
豆のような形、
から、「つゆ」と呼ばれた(大言海・岩波古語辞典)。
和名類聚抄(平安中期)に、
露、豆由、
とある、この「つゆ」の語源は、
つゆ、
と訓ませる、
汁、
つまり、
しる、
や
煮出し汁、
と同じとする(大言海)説や、
粒齋(ツブユ)の義(大言海・箋注和名抄・名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子・日本語源=賀茂百樹)、
ツは丸い意、ユはただよわしの意(槙のいた屋)、
ツイエルの意(和句解・和語私臆鈔)、
等々あるが、「つぶら」で触れたように、「つぶら」は、
粒、
と関わるとされ、「ツブ」は、
ツブラ(円)の義、
とされ、「粒」は、
円いもの、
とほぼ同じと見なしたらしいのである。そして、その「つぶ」は、
丸、
粒、
とあて(岩波古語辞典)、
ツブシ(腿)・ツブリ・ツブラ(円)・ツブサニと同根、
とある。「くるぶし」で触れたように、「くるぶし」は、
つぶふし、
で載り、
ツブ(粒)フシ(節)の意、
とある(仝上)。和名類聚抄(平安中期)は、
「踝、豆不奈岐(つぶなぎ)、俗云豆布布之(つぶふし)」
とあるので、
つぶふし、
つぶなぎ、
が古称で、その箇所(くるぶし)を、「粒」という外見ではなく、回転する「くるる」(樞)の機能に着目した名づけに転じて、「くるぶし」となった。
こうした流れをみると、
粒、
は、
丸いもの、
の意だと考えられ、この音韻変化が可能かどうかはわからないが、
つぶ(tubu)→つゆ(tuyu)、
とストレートに転訛したと思いたいのだが。
「まどか」、「まる(丸・円)」、「つぶら」については触れた。
(「露」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9C%B2より)
「露」(漢音ロ、呉音ル、慣用ロウ)は、
形声。「雨+音符路」で、透明の意を含む。転じて、透明に透けて見えること、
とある(漢字源)。別に、
形声文字です(雨+路)。「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「胴体の象形と立ち止まる足の象形と上から下へ向かう足の象形と口の象形」(人が歩き至る時の「みち」の意味だが、ここでは、「落」に通じ、「おちる」の意味から、落ちてきた雨を意味し、そこから、「つゆ(晴れた朝に草の上などに見られる水滴)」を意味する「露」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji340.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95