ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山の陰にぞありける(古今和歌集)、
の、
なへに、
は、
…するとともに、
…するにつれて、
の意で、歌は、
ひぐらしが鳴いたとともに、その名のとおり日が暮れたと思ったら、山の陰なのだった、
という意になる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。奥義抄(1135‐44頃)に、
なへ、からになと云ふ心也、
とある。この「からに」は、
「と」「たちまち」、
などの意をいうものであろう(精選版日本国語大辞典)とある。
なへに、
は、
接続助詞「なへ」に格助詞「に」の付いたもの、
で、
今朝の朝明(あさけ)雁(かり)が音(ね)寒く聞きし奈倍(ナヘ)野辺の浅茅そ色付きにける(万葉集)、
と、
なへ、
とも使い、
ナは連体助詞、ヘはウヘ(上)のウの脱落形、ウヘにはものに直接接触する意があるので、ナヘは、「……の上」の意から時間的に同時・連続の意を表すようになった、
と(岩波古語辞典)、
活用語の連体形を受け、ある事態と同時に、他の事態の存することを示す上代語、
で(精選版日本国語大辞典)、
…とともに、
…にあわせて、
…するちょうどその時に、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。『大言海』には、
なべ、
なべに、
と載るのは、この語は、万葉仮名で、
奈倍、
とか、
もみぢばのちりぬる奈倍爾に玉梓(たまづさ)の使を見れば會ひし日おもほゆ(万葉集)、
と、
奈倍爾、
と表記されていたためか、
長らくナベと訓まれてきちたが、万葉仮名の研究から、奈良時代にはナヘと清音であったとされるようになった、
ため(岩波古語辞典)である。
「なへ」の万葉仮名には「倍」「戸」が用いられているので、下二段活用動詞「並ぶ」または「並む」の連用形が語源で、したがって「なべ」と第二音節を濁音にみる、
説であった(精選版日本国語大辞典が、
葦邊なる萩の葉さやぎ秋風の吹來る苗爾鳫鳴きわたる(万葉集)、
と、「なへ」に、
苗、
の字が用いられているところから、第二音節は清音であると考えられるようになっている(仝上)とある。
柔田津に舟乗りせむと聞きし苗(なへ)なにかも君が見え来ざるらむ、
の例は、
その時にして、しかも、
…のに、
という語感が伴う(仝上)とあるが、「葦邊なる……」の歌も、そういう含意で読めなくもない。
上代には、
なへ、
とも、
なへに、
の形でも用いられたが、中古以後は、
なへに、
の形のみとなる(仝上)とある。
(「上」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Aより)
(「上」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Aより)
「上」(漢音ショウ。呉音ジョウ)は、
指事(形で表すことが難しい物事を点画の組み合わせによって表して作られた文字)。ものが下敷きの上にのっていることを示す。うえ、上にのる意を示す。下のの字の反対の形、
とある(漢字源)。別に、
指事。「下」の字とは逆に、高さの基準の横線の上に短い一線(のちに縦線となり、縦線と点とを合わせた形となる)を書いて、ものの上方、また「あげる」意を表す、
とも(角川新字源・https://okjiten.jp/kanji116.html)ある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95