2023年12月31日

わぶ


秋の夜は露こそことに寒からし草むらごとに虫のわぶれば(古今和歌集)、

の、

わぶ、

は、

虫がつらそうに鳴いている、

と注釈される(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

侘ぶ、

と当て、

うらわぶ(心佗)の略、

とあり(大言海)、「わぶ」に当てる字について、

四種に書すが、義自ら異なり、その別を辨へむ、

として、

詫は、『玉篇(ぎょくへん、ごくへん)』(南北朝時代に編纂された部首別漢字字典)「誇也」、『集韻(しゅういん)』(宋代の漢字を韻によって分類した韻書)「誑也」、
詑は、『玉篇』「輕也、欺罔也」、
託は、『増韻』(南宋代に増注した『増修互注礼部韻略』(『増韻』と略称)「委也、信任也」、『玉篇』「憑依也」、
侘は、「離騒」(楚の屈原の作と伝わる楚辞の代表作)注「侘、立也、傺、住也、言憂思失意、住立而不能前也」

と見える(仝上)とある。当てる漢字の差異はともかくとして、和語、

わぶ、

は、

失意・失望・困惑の情を態度・動作に表す意、

で(岩波古語辞典)、

吾(あれ)無しとなわびわが背子ほととぎす鳴かむ五月は玉を貫(ぬ)かさね(万葉集)、

と、

気落ちして切ない、
気が抜けるようである、

意や、冒頭の、

秋の夜はつゆこそことにさむからしくさむらごとに虫のわぶれば、

の、

思うようにならないでうらめしく思う、
つらがって嘆く、
心細く思う、

意や、

舟帰る。この間に雨降りぬ。いとわびし(土佐日記)、

と、

身にこたえる、
やりきれない、

意や、

童(わらはべ)の名は例のやうなるはわびしとて、虫の名をなむつけ給ひたりける(堤中納言物語)、

と、

おもしろくない、

意や、

上りて、つい居て休むほどに、奥の方より人來ちたる音す。あなわびし人の有りける所をと思ふに(今昔物語)、

と、

困ったことだ、
当惑する、

意や、

あるは、昨日(きのふ)は栄えおごりて、時を失ひ、世にわび、親しかりしも疎(うと)くなり(古今集・仮名序)、

と、

落ちぶれる、
貧乏になる、
まずしくなる、

意や、さらに、

身ひとつばかりわびしからで過ぐしけり(宇治拾遺物語)、

と、

貧乏である、

意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・学研国語大辞典)が、

詫ぶ、

と当て、

困惑する、

意の外延になるのか、

わび申す由聞かせ参らせよと宣ひければ(今鏡)、

と、

困惑した様子をして過失などの許しを求める、
あやまる、

意でも使う(仝上)。さらに、その延長で、

他の動詞の連用形に付いて、

やよやまて山郭公ことづてんわれ世の中にすみわびぬとよ(古今和歌集)、

と、

その動作や行為をなかなかしきれないで困る、

の意を表わし、

…しあぐむ。、

意で使う(仝上)。日葡辞書(1603~04)には、

ヒトヲ タヅネ vaburu(ワブル)、……Machivaburu(マチワブル)、

と載る。

なお、「わび」については「わび・さび」で触れた。

「侘」 漢字.gif

(「侘」 https://kakijun.jp/page/ta08200.htmlより)

「侘」(漢音タ、呉音チャ)は、

会意兼形声。「人+音符宅(タク じっととまる)」、

とある(漢字源)。「たちどまる」「がっかりしてたちつくす」意で、貧困のさまを表す言葉に使う、とある。我が国では、「わび・さび」の「わび」に当てて使う。

「詫」 漢字.gif


「詫」(漢音タ、呉音チャ)は、

形声。「言+音符宅」、

で、「いぶかる」「おどろきあやしむ」意で、「詑」(あざむく)は別字、とある。別に、

形声。「言」+音符「宅 /*TAK/」。「おごる」を意味する漢語{詫 /*thraaks/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A9%AB

形声文字です(言+宅)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつし(慎・謹)んで)言う」の意味)と「屋根・屋の象形と寛(くつろ)ぐ人の象形」(「人が伸びやかにして、寛(くつろ)ぐ家屋」の意味だが、ここでは「託」に通じ(「託」と同じ意味を持つようになって)、「頼む」の意味、「侘」に通じ、「寂しく思う」の意味)から「かこつ」、「わびる」を
意味する「詫」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2736.html

ともある。

「詑」 漢字.gif

(「詑」 https://kakijun.jp/page/da12200.htmlより)

「詑」(漢音タ、呉音ダ)は、

形声。「言+音符它(タ)」。「あざむく」意で、「詫」(いぶかる)は別字、とある(漢字源)。

「佗」 漢字.gif

(「佗」 https://kakijun.jp/page/ta07200.htmlより)

「佗」(漢音タ、呉音ダ)は、

会意兼形声。它(タ)は、蛇を描いた象形文字。蛇の害を受けるような変事の意から、見慣れない意となり、六朝時代からのち、よその人、他人、かれの意となる。佗は「人+音符它(タ)」。它で代用することが多い、

とある(漢字源)。「他」と同義で、「ほかの」「よその」の意で使う。別に、

会意兼形声文字です(人+也・它)。「横から見た人」の象形と「へび」の象形(「蛇(へび)、人類でない変わったもの」の意味)から、「見知らない人、たにん」を意味する「他」という漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji248.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:わぶ 侘ぶ 詫ぶ
posted by Toshi at 05:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする