2024年02月08日

くもゐ


山高み雲ゐに見ゆる櫻花心の行きて折らぬ日ぞなき(古今和歌集)、

の、

雲ゐ、

は、

雲居、
雲井、

などと当て、

雲のあるあたり、

の意で、上記歌では、

櫻を雲に見立てたものではないが、通じるものがある、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

雲居」で触れたように、「雲居(くもゐ)」は、

ヰは、坐っているところの意(岩波古語辞典)、
「居」はすわる意(広辞苑)、
「居」はすわるの意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
雲の集(ヰ)るところの義(仙覚抄)、即ち中空(なかぞら)の意、萬葉集、三船の山に居雲の(滝(たぎ)の上(うへ)の三船(みふね)の山に居(ゐ)る雲の常(つね)にあらむとわが思はなくに)、或は雲揺(くもゆり)の約(地震を、なゐと云ふも、根揺(ねゆり)の約)、雲の漂うところの意(大言海)、
イはイル(居)の名詞形(万葉代匠記)、

等々とあるか、いわば、

雲の居座っているさま、

を言っている。だから、

「井」は当て字、

となる(広辞苑)。

「雲居」は、当然、

はしけやし我家(わぎへ)の方よ久毛韋(クモヰ)立ち来も(古事記)、

と、

雲、

そのものを指し、

雲居隠り、
雲居路、

という言い方の、「雲居」は、ほぼ「雲」の意であるが、その、

雲が居るほど高いところ、

の意から、すなわち、

空の高い所、

で、

人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな(古今和歌集)、

と、

大空、
天上、

の意であり、それが比喩的に、

名ぐはしき吉野の山は影面(かげとも)の大き御門ゆ雲居にそ遠くありける(万葉集)、

と、

中心となるべき所からはるかに隔たった場所、
遠くまたは高くてはるかに離れているところ、

の意となり、

雲の上、

の意で、

雲井にてよをふるころは五月雨のあめのしたにぞ生けるかひなき(大和物語)、

と、

宮中、皇居、

をいい、

天皇、皇室、

をもいう。そこから敷衍して、

潔く討死し、屍は野外に埋み名をばくもゐにしらせんと(浄瑠璃「頼光跡目論」)、

と、

皇居のある所、

すなわち、

都、

を意味する(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

「雲居」の言い回しには多様なものがあり、

雲居の空(そら)、

は、

雲の浮かんでいる空、大空の高み、

で、それをメタファに、

遠く離れた場所・世界、また宮中、

の謂いであり、

雲居の庭(にわ)、

は、

宮中の庭、

雲居の雪(ゆき)、

は、

高い山の上に積もっている雪、

だが、

皇居に積もった雪、

にもいい、

雲居の橋(はし)、

は、

かささぎの雲井の橋の遠ければ渡らぬ中に行く月日哉(続古今集)、

と、

雲のかなたにかかっている橋、

で、

七夕(たなばた)の夜、天の川にかけられるという鵲(かささぎ)の橋、

を指し、そこから、

宮中の階段、

をもいう。

雲居の余所(よそ)、

は、

かぎりなき雲井のよそにわかるとも人を心におくらさむやは(古今和歌集)、

と、

遠く離れたところ、
非常な遠方、

の謂い、

雲居遥(はる)か、

は、

ちはやぶる神にもあらぬ我が仲の雲居遥かになりもゆくかな(後撰和歌集)、

と、

遠く離れるさま、

の意で、それをメタファに、

逢ふことは雲居遥かになるかみの音に聞きつつ恋ひわたるかな(古今和歌集)、

と、

及びもつかないさま、
手も届かないさま、

の意でも使う。

雲居路(くもいじ)、

は、

雲路(くもじ)、

の意だと、

是に、火の瓊瓊杵尊、天関(あまのいはくら)を闢(ひきひらき)て、雲路(クモチ)を披(おしわ)け、仙蹕(みさきはらひ)駈(をひ)て戻止(いたりま)す(日本書紀、)、

と、

鳥、月などが通るとされる空の中のみち、

つまり、

雲の中の路、

の意や、それをメタファに、

昔は胡塞(こさい)万里の雲路(クモヂ)に鏡の影をかこちわび(保元物語)、

と、

はるか遠い道のり、

の意となり、

雲居路、

も、

雲井地の遙けき程のそら事はいかなる風の吹きてつづけむ(後撰和歌集)、

の、

雲の道、

の意や、それをメタファにして、

欠落(かけおち)して走るあれば、雲井路(クモヰヂ)のみちくさくふ遊山(ゆさん)旅ののろつくあり (東海道中膝栗毛)、

と、

遠い路、
長い旅路、

の意となる。

雲居隠る(くもいがくる・くもいかくる)、

は、文字通り、

二上の山飛び越えて久母我久理(クモガクリ)翔(かけ)り去(い)にきと(万葉集)、

と、

雲隠(くもがくる)、

と同義で、

雲の中に隠れる、

意だが、同じように、隠喩として、

大皇の命恐(みことかしこ)み大荒城(おほあらき)の時にはあらねど雲隠(くもがくり)ます(万葉集)、

と、「死ぬ」というのを避けて、間接に、

死去する、

意で使い、特に、貴人の死去についていう。枕詞としての、

雲居なす、

は、

隼人(はやひと)の薩摩の瀬戸を雲居奈須(くもゐナス)遠くも我は今日見つるかも(万葉集)、

と、「雲のかかっている遠方のように」の意で、

遠く、

にかかり、

夕されば雲居(くもい)たなびき雲居なす心もしのに立つ霧の思ひ過ぐさず行く水の音もさやけく(万葉集)、

と、「雲があてもなくただよっているように」の意で、

心いさよふ、
心もしのに、

にかかる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。

なお「雲」については、「くもる」で触れた。

「雲」 漢字.gif



「雲」・漢.png

(「雲」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2より)

「雲」(ウン)は、

会意兼形声。云(ウン)は、立ち上る湯気が一印につかえて、もやもやとこもったさまを描いた象形文字。雲は、「雨+音符云」で、もやもやたちこめる水蒸気、

とある(『漢字源』)。「云」の後にできた字(角川新字源)ともある。別に、

会意兼形声文字です(雨+云)。「天の雲から雨水が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する様子を表した」象形から「くも」を意味する「雲」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji102.html

形声。「雨」(天候)+音符「云 /*WƏN/」。「くも」を意味する漢語{雲 /*wən/}を表す字。もと「云」が{雲}を表す字であったが、「雨」を加えた、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2ある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:くもゐ 雲居 雲井
posted by Toshi at 05:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする