今日別れ明日はあふみと思へども夜やふけぬらむ袖の露けき(古今和歌集)、
の、前文にある、
むまのはなむけしける夜にめる、
とある、
むまのはなむけ、
の、
「むま」は馬、
で、
馬のはなむけ、
の意で、ここでは、
送別の宴、
を意味し、
もともと、旅立つ人の馬の鼻をその旅先の方へむけたことからいう、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
「餞(はなむけ)」で触れたが、
うまのはなむけ、
は、
はなむけ(餞)、
に同じで、平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)に、
餞、馬乃波奈牟介、
とあり、
はなむけ、
は、
馬のはなむけの略、
ともある(大言海)。下っては、室町時代の意義分類体の辞書『下學集』に、
餞別、はなむけ、
とあるので、
別れに際して贈る贈り物、
の意となる。
うまのはなむけ、
は、
馬鼻向、
馬餞、
馬贐、
餞、
等々と当て(大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、本来は、
いづみのくにまでと、たひらかに願たつ。ふじはらのときざね、ふなぢなれど、むまのはなむけす(土佐日記)、
と、
旅立つ人の前途の無事を祈って、出発にあたり旅行者と酒食をともにすること(精選版日本国語大辞典)、
古代、旅に出る人の安全を祈って、出発時にその人の乗馬の鼻を行き先の方に向けた習慣から、……送別の宴を行ったりすること(学研全訳古語辞典)、
という、いわゆる、
門出を祝う宴会、
壮行会、
送別会、
の意のようだ。そこから、
県(あがた)へゆく人に、むまのはなむけせむとて、よびて、うとき人にしあらざりければ、家刀自(いへとうじ)さかづきささせて、女の装束かづけんとす(伊勢物語)、
と、
旅立つ人に金品や詩歌などを贈ること。また、そのもの。餞別(精選版日本国語大辞典)、
旅立つ人を送り、其馬の鼻へ向けて物を贈ること、転じて、旅行く人に贈る凡ての品物、又は詩歌(大言海)、
旅立つ人に餞別(せんべつ)の金品を贈ったり……すること(学研全訳古語辞典)、
と、今日の、
餞別、
の意になっていく。
鼻向け、
は、
その方に鼻を向けること。匂いを嗅ぐために、その方向に鼻を向けること、
とあり(広辞苑・日本国語大辞典)
旅立つ人の馬の鼻を行くべき方へ向けて見送った習慣による、
とある(広辞苑・学研国語大辞典)。
馬の鼻を立て直す、
と言い方もあり、これは、
馬の鼻先をもと来た方へ向け変える、
意となる(日本国語大辞典)。
「馬のはなむけ」の由来は、文字通り、
旅に出る人の安全を祈って、出発時にその人の乗馬の鼻を行き先の方に向けた習慣(学研全訳古語辞典)、
旅に出る人を送る時馬の鼻を行き先に向けたことからという(岩波古語辞典)、
行くべき方向へ馬の鼻をむけてやる意(安斎随筆・俚言集覧)、
馬の鼻の向かう方の意(和句解)、
と、「馬の鼻を行き先へ向ける」意とする説と、
馬の鼻に向かって餞別する意(和句解・日本語源=賀茂百樹・大言海)、
と、「馬の鼻に餞別する」意とする説とに分かれるが、常識的には前者のような気がする。
なお、「うま」については触れた。
(「馬」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%ACより)
(「馬」甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%ACより)
「馬」(漢音バ、呉音メ、唐音マ)は、
象形。うまをえがいたもの。古代中国で馬の最も大切な用途は戦車を引くことであった。向う見ずに突き進む宿直を含む、
とある(漢字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95