ふたみの浦といふ所に泊まりて、夕さりのかれいひたうべけるに(古今和歌集)、
の、
かれいひ、
は、
乾飯、
と当て(学研全訳古語辞典)、
米を蒸してかためたもの、旅の携行食で、水や湯で戻して食べる、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
たうぶ、
は、
食ぶ、
と当て、
いただく、
意である(仝上)。
たうぶ、
は、
賜ぶ、
給ぶ、
食ぶ、
などと当て(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)、
賜ふの転、いただく意(岩波古語辞典)、
「たまふ」から変化した語で同じ系統に「たぶ」がある。「たうぶ」は、おもに中古に用いられた語で「たまふ」よりは敬意の度合いがやや低い。男性言葉である(学研全訳古語辞典)、
食ぶの延、食ぶは賜ぶの転、賜ぶは給ふに同じ(大言海)、
等々とあり、
給ふ→たうぶ→たんぶ→たぶ、
と変化した(https://hohoemashi.com/tabu/)ともある。
「たまふ」で触れたように、「たまふ」は、
目下の者の求める心と、目上の者の与えようとする心とが合わさって、目上の者が目下の者へ物を与えるという意が原義、転じて、目上の者の好意に対する目下の者の感謝・敬意を表す、
(目下の者に)お与えになる、
(慣用句として「いざ~賜へ」と命令形で)是非どうぞ、是非~してください(見給へ、来給へ)、
意の他動詞(岩波古語辞典)と、それが、
タマ(魂)アフ(合)の約か。(求める)心と(与えたいと思う)心とが合う意で、それが行為として具体的に実現する意。古語では、「恨み」「憎しみ」「思ひ」など情意に関する語は、心の内に思う意味が発展して、それを外に具体的行動として表す意味を持つ、
助動詞として、動詞の意味の外延を引きずって、
天皇が自己の動作につけて用いる。天皇は他人から常に敬語を使われる位置にあるので、自分の動作にも敬語を用いたもの、
として、
~してつかわす(「「労(ね)ぎたまふ」)、
意と、さらに、
~してくださる(「いざなひたまひ」)、
と、目上の者の行為に対する感謝・敬意をあらわし、また、
~なさる(「位につきたまふ」)、
と、広く動作に敬意を表す(仝上)使い方をする。助動詞「たまふ」は、
元来、ものを下賜する意で、それが動詞連用形(体言の資格をもつ)を承けるように用法が拡大されて、「選び玉ヒデ」「御心をしづめたまふ」などと用い、奈良時代以後ずっと使われた。そこから、相手の動作に対する尊敬の助動詞へと転用されていったものと考えられる。つまり相手の動作を相手が(自分などに対して)下賜するものとして把握し表現したのである。
平安時代になると、単独の「たまふ」よりも一層厚い敬意を表す表現として、……使役の「す」「さす」「しむ」と、「たまふ」とを組み合わせる形が発達した。「せ給ふ」「させ給ふ」「しめ給ふ」という形式…である。それは、「~おさせになる」という、人を使役する行為を貴人が下賜することを意味し、その意味で使われた例も多く存在する。しかし、貴人自身の行為であっても、それを侍者にさせるという表現を用いることによって単に「~し給ふ」と表現するよりも一層厚い敬意を表すこととになったものである、
とある(仝上)。さらに、「たまふ」には、
タマフの受動形。のちにタブ(食)に転じる語、
である下二段動詞として、
(飲み物などを)いただく、
主として自己の知覚を表す動詞「思ふ」「聞く」「知る」「見る」などの連用形について、思うこと、聞くこと、知ること、見ることを(相手から)いただく意を表し、謙譲語、
として、
伺う、
拝見する、
等々の意としても使う。尊敬語(下さる)の受け身なのだから、謙譲語(していただく)になるのは、当然かもしれない。
「食べる」で触れたように、「たまふ」と同義の、
たぶ(賜)、
たうぶ(賜)、
があり、「たぶ」は、
タマフの轉、
であり(岩波古語辞典)、「たうぶ」も、
「たまふ」あるいは「たぶ」の音変化で、主として平安時代に用いた、
とあり、「たぶ」も、
「たまふ」の訛ったもので、
tamafu→tamfu→tambu→tabu
という転訛と思われる(岩波古語辞典)。で、大言海は、「たうぶ」を、
たうぶ(賜) たぶ(賜、四段)の延、賜ふ意、
たうぶ(給) たぶ(給、四段)の延、他の動作に添えて云ふ語、
たうぶ(給) 上二段、仝上の意、
たうぶ(食) たぶ(食、下二段)の延、
と四項に分ける。それは、「たぶ」が、
たぶ(賜・給、自動四段) 君、親、又饗(あるじ)まうけする人より賜るに就きて、崇め云ふ語、音便にたうぶ、
たぶ(賜、他動四段) たまふに同じ、
たぶ(食、他動四段) 賜ぶの転、食ふ、
とある(仝上)のと対応する。もともと自動詞の「たぶ」自体に、
飲み食ふの敬語、
の用例があるので、その意味が、
謙譲語、
としての「食ぶ」の用法につながっていくとも見え、
下二段の活用の「たまふ(給)」と同じく、本来は「いただく」の意であるが、特に、「飲食物をいただく」場合に限定してもちいられる、
にいたる(日本語源大辞典)。
なお、「たぶ(賜・給、自動四段)」にある「饗(あるじ)まうけ」とは、「あるじ(主・主人)」は、
客人(まらうど)に対して云ふが元なり、饗応を、主設(あるじまうけ)と云ふ、
の意味である(大言海)。「たぶ」は、「たまふ」の、
たまふ(賜、他動四段) 授ける、与えるの敬語、
たまふ(給、自動四段) 他の動作の助詞に、敬語として言ひ添ふる、
たまふ(自動下ニ) 己れが動作の動詞に、敬語として言ひ添ふる語、
と対応して(大言海)、
賜ぶ→食ぶ→食べる、
という転訛になる。
なお、「食う」については触れた。
(「食」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9F)
「食」(①漢音ショク、呉音ジキ、②漢音シ、呉音ジ、③漢・呉音イ)は、「食う」で触れたように、
会意。「あつめて、ふたをするしるし+穀物を盛ったさま」をあわせたもの。容器に入れて手を加え、柔らかくして食べることを意味する、
とある(漢字源)。「飲食」「食糧」「断食」「配食」「日食」などが、①の音、「飲之食之(コレニ飲マセコレニ食ラハス)(詩経)、「一簞食、一瓢飲」(論語)等々は、②の音、「審食其(シンイキ)」は、③の音、人名に用いる、とある(仝上)。別に、
象形文字です。「食器に食べ物を盛り、それに蓋(ふた)をした象形」から「たべる」を意味する「食・飠・𩙿」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji346.html)、
象形。容器に食物を盛り(=㿝)、上からふたをしたさま(=亼)にかたどり、食物、ひいて「くう」意を表す、
とも(角川新字源)あるが、
「亼」を食器の蓋を象ったものと解釈する説もあるが、甲骨文字において食器の蓋は「亼」とは描かれない、また「亼」は「口」を上下反転させたもので、「食器の蓋」は誤った解釈である、
として、
会意。「亼 (口)」+「皀 (たべものを盛った食器)」。食べ物を食べるさまを象る。「たべる」を意味する漢語{食 /*mlək/}を表す字、
としている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9F)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95