2024年02月23日

うつせみ


ありと見てたのむぞかたき空蝉の世をばなしとや思ひなしてむ(古今和歌集む)

は、

世をばなしとや、

で、

をばな、

を詠みこんでいる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。この、

空蝉(うつせみ)、

は、

世の枕詞、

として使われている。

うつせみ、

は、

ウツシ(現)オミ(臣)の約ウツソミが更に転じたもの。「空蝉」は当て字、

とあり、

打蝉(うつせみ)と思ひし妹がたまかぎるほのかにだにも見えなく思へば(万葉集)、

と、

この世に生きている人、
生存している人間、

の意で、

うつしおみ、
うつそみ、

ともいい、また、

香具山は畝火(うねび)雄々(をを)しと耳成(みみなし)と相(あひ)争ひき神代よりかくにあるらし古(いにしえ)もしかにあれこそうつせみも妻を争ふらしき(万葉集)、

と、

この世、
現世、

また、
世間の人、
世人、

の意で、

うつそみ、

ともいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。

セミの抜け殻.jpg

(セミの抜け殻 学研国語辞典より)

空蝉、

は、

「現人(うつせみ)」に「空蝉」の字を当てた結果、平安時代以降にできた語、

とあり(広辞苑)、万葉集では「この世」、「この世の人」という意味で使われ、

虚しいもの、

というニュアンスはない(日本語源大辞典)が、

空蝉、
虚蝉、
打蟬、

等々と表記して、

うつ‐せみ、

と、

はかないもの、

を意識して、

空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへをみぬぞかなしき(古今和歌集)、

と、

蝉のぬけがら、

さらに、

うつせみの声きくからに物ぞ思ふ我も空しき世にしすまへば(後撰和歌集)、

と、

蝉、

の意で使い、そこから、

その音が蝉の声に似るところから、

と、

説法しける道場に鳥の形なりけるこゑをうつせみの聴聞の人の中にいひける(菟玖波集)、

と、

楽器の一種「けい(磬)」の異称、

ともなり、その「抜け殻」のイメージをメタファに、

わがこいはもぬけの衣(きぬ)のうつせみの一夜(ひとよ)きてこそ猶(なほ)(狂言「鳴子」)、

と、

魂が抜け去ったさま、
気ぬけ、
虚脱状態、

の意や、

御台所は忙然と歎に心空蝉(ウツセミ)のもぬけのごとくにおはせしが(浄瑠璃「神霊矢口渡」)、

と、

蛻(もぬけ)の殻の形容、
からっぽ、

の意へと広がり、

うつ蝉(セミ)とて用をかなへに行ふりで、かふろを雪隠(せっちん)の口につけ置、我みはあひにゆきます(評判記「難波鉦(1680)」)、

と、

遊里の語。客に揚げられた遊女が手洗いに立ったふりをして、他のなじみ客の所に行って逢うこと、

また、

それによる空床、

の意や、形は島田髷に似て、蝉のぬけがらを連想させるところからの名づけなのか、安永(1772~81)頃の、

遊女の髷(まげ)の名、

等々にまで意味が広がる(精選版日本国語大辞典)。

うつせみ 遊女の髷(まげ)の名.bmp

(うつせみ(遊女の髷(まげ)の名) 精選版日本国語大辞典より)

空蝉の、

という枕詞は、「空蝉」「虚蝉」という表記から「むなしい」という意が生じて、

うつせみの命を惜しみ波にぬれ伊良虞(いらご)の島の玉藻刈りをす(万葉集)、

と、

命、身、人、空(むな)し、かれる身、

などにかかる(仝上・大辞林)。で、

空蝉の世(よ)、

というと、

この世、
現世、

の意で、やはり「空蝉」という表記から、仏教の無常感と結び付いて、

うつせみの世にもにたるか花ざくらさくとみしまにかつちりにけり(古今和歌集)、

と、

はかないこの世、

という含意になる(仝上)。

さて、この「空蝉」と当てる前の、

うつせみ、

の語源は、

ウツシ(現)オミ(臣)の約ウツソミが更に転じたもの(広辞苑)、
「うつしおみ(現人)」の転。「うつそみ」とも(大辞林)、
「うつしおみ」が「うつそみ」を経て音変化したもの(大辞泉)、
ウツソミの転、ウツソミは、ウツシ(現)オミの約、ウツセミの古形(岩波古語辞典)、

とするのが大勢で、

「現実に生きているこの身」という意味でウツシミ(現し身)といったのが、ウツセミ(空蝉)になり、さらにウツソミ(現身・顕身)に母交[i][e][o]をとげた(日本語の語源)、
現身(ウツシミ)の転と云ふ(さしもぐさ、させもぐさ)、空蝉は借字なり、死して見えぬに対して云ふ、ウツソミは、再転なり(れせはせはし、そはそはし)(大言海)、

と、

うつしみ(現身)の転、

とする説は、

「現身」と解する説は誤り、ミ(身)は、上代ではmï(乙音)の音、ウツソミのミはmi(甲音)の音(岩波古語辞典)、
「み」は万葉仮名の甲類の文字で書かれているから「身(乙類)」ではなく、「現身」とすることはできない。「うつしおみ(現臣)」が「うつそみ」となり、さらに変化した語という(精選版日本国語大辞典)
ミが甲乙別音である(日本語源広辞典)、

と上代特殊仮名遣から否定されていて、

現身(うつしみ)、

は、

ウツシ(現世の・現実の)+ミ(身)、

が、

ウツセミ、

と転訛した別語とある(日本語の語源)。

ただ、大勢となっている、

うつしおみ→うつそみ→うつせみ、

の語形変化が正しいとは言えず、

「うつしおみ」を、「現実の臣」と解釈すると、このつながりは説明できない、
乙類のソが甲類のセに転じるという変化は考えにくい、
「うつそみ」が「うつせみ」より古いという確証がない、

等々から、

ウツソミ→ウツセミ、

の変化を想定するのは妥当ではなく、

ウツソミ、

は、

擬古的にもちられたもの、

ではないかとしている(日本語源大辞典)。結局、語源はわからないのだが、意味的に言えば、音韻的な妥当性を欠くにしても、

ウツシミ(現身)→ウツセミ(現人)→ウツセミ(空蝉)、

が通りがいい。万葉集の時代、

ウツセミ、

は、萬葉集時代には、

ウツセミ(現人)、

の意味であったのだから。

なお、「もぬけ」、「セミ」については触れた。

「蝉」.gif

(「蝉(蟬)」 https://kakijun.jp/page/semi15200.htmlより)


「蝉(蟬)」 金文・西周.png

(「蝉(蟬)」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9F%ACより)

「蝉(蟬)」(漢音セン、呉音ゼン)の字は、「セミ」で触れたが、

会意兼形声。「虫+音符單(薄く平ら)」。うすく平らな羽根をびりびり震わせて鳴く虫、

で(漢字源)、「せみ」を指す。「蟬」の字は、「嬋」に通ずというので「うつくし」という意味もある(字源)。別に、

会意兼形声文字です(虫+單)。「頭が大きくてグロテスクな、まむし」の象形(「虫」の意味)と「先端が両股(また)になっている弾(はじ)き弓」の象形(「弾く」の意味)から羽を振るわせて鳴く虫「せみ」を意味する「蝉」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2723.html。ただ、

形声。「虫」+音符「單 /*TAN/」。「セミ」を意味する漢語{蟬 /*dan/}を表す字。なお、音符を変更して「蟺」とも書かれるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%9F%AC
形声。虫と、音符單(タン)→(セン)とから成る。「せみ」の意を表す(角川新字源)、

と、形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)とする説もある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする