花の色はただひとさかり濃けれども返す返すぞ露は染めける(古今和歌集)
は、
ひとさかり濃けれども、
で、
さがりごけ、
を詠みこんでいる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
さがりごけ、
は、
松蘿、
と当て、
さるおがせ、
ともいい、
山の木の枝から垂れ下がる地衣類、
とある(仝上)。「をがたまの木」で触れたように、
めどにけずりばな、
かわなぐさ、
さがりごけ、
と、古今伝授の三種の草、
三草、
の一つともされる(大言海)。
さがりごけ、
は、
下苔、
と当て、
キツネノモトユイ、
クモノアカ、
の別名を持ち(広辞苑)、
「さるおがせ」に同じ(大言海)、
サルオガセの異名(岩波古語辞典)、
サルオガセの異称(広辞苑)、
とする説が多いのに対して、
植物「ひかげのかずら(日陰蔓)」の異名。一説に植物「さるおがせ(猿麻蔓)」の異名とする(精選版日本国語大辞典)、
植物。ヒカゲノカズラ科の常緑多年草、薬用植物。ヒカゲノカズラの別称(動植物名よみかた辞典)、
と、
ヒゲノカヅラの異名、
とする説もある。漢名は、
松蘿(しょうら)、
なのだが、これ自体、
植物「さるおがせ(猿麻桛)」の漢名。また、一説にヒカゲノカズラなどの蔓草、
とある(精選版日本国語大辞典)。ただ、
松蘿、一名女蘿(本草)、
とあり、
蔦の一種、
とする(字源)が、
蔦與女蘿(小雅)、
女蘿在草、曰兔絲、在木曰松蘿(釋文)、
という、
女蘿(じょら)、
は、
女羅、
とも当て、
植物「さるおがせ(猿麻桛)」の漢名、
とある(精選版日本国語大辞典)。どうやら、
松蘿(しょうら)、
と同じとする、
さがりごけ、
は、
サルオガセ、
のように思えるが、如何であろうか。和名類聚抄(931~38年)には、
松蘿、一名女蘿、和名万豆乃古介一云佐流乎加世、
とあり、平安中期の能因による歌学書『能因歌枕』には、
ざかりごけとは、岸などに下がりたる苔をいう、
とある。
(サルオガセ 大辞林より)
サルオガセ(サルヲガセ)、
は、
サルオカセ、
サルノオガセ、
ともいい、
猿麻桛
猿尾枷、
猿麻蔓、
等々と当て(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%AA%E3%82%AC%E3%82%BB・広辞苑・精選版日本国語大辞典・動植物名よみかた辞典)、
樹皮に付着して懸垂する糸状の地衣、
で、
霧藻、
蘿衣、
ともいう(仝上)、
地衣類サルオガセ科の植物の総称、
で、日本に約四〇種あり、ふつうは、
長さ七メートルに達するナガサルオガセ、
と
長さ約三〇センチメートルのヨコワサルオガセ、
をいう(仝上)。
糸状によく分岐し淡黄緑色を帯び、いずれも、霧のよくかかる深山の樹木の幹や枝からたれ下がって生え、直角につきだした短枝をたくさんつけ、レース状の大群落をなすことが多い。地衣体は糸状で根もとで二叉(にさ)に分かれるが、その後はほとんど分枝せず、長さ50~100cm、時には3mを超える。断面は類円形、中心部に軸があり、外側から皮層、髄層、中軸の順に配列する、
とあり(仝上・世界大百科事典)、サルオガセ類は、ウスニン酸usnic acidを含み、漢方で、
松蘿(しようら)、
老君鬚(ろうくんしゆ)、
等々と称して、
利尿、解熱、去痰薬、
とする。民間薬では、
金線草、
と呼ばれる(仝上)。なお、
ヨコワサルオガセからリトマス色素がとれる、
とある(仝上)。
(ひかげのかずら 日本大百科全書より)
ヒカゲノカズラ、
は、
ヒカゲカズラ、
ともいい、
キツネノタスキ、
カミダスキ、
とも呼び、
日陰鬘、
日陰蔓、
蘿葛、
と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、
山葛蘿(ヤマカズラカゲ)、
の別名を持ち、
漢名は、
石松、
で(広辞苑)、
蘿(かげ)、
という別称もある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AB%E3%82%B2%E3%83%8E%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%A9)。
シダ類ヒカゲノカズラ科の常緑多年草、
で、各地の山麓に生える。高さ八~一五センチメートル。茎はひも状で地上をはい長さ二メートルに達する。葉はスギの葉に似てごく小さく輪生状またはらせん状に密生する。夏、茎から直立した枝先に淡黄色で長さ三~五センチメートルの円柱形の子嚢穂をつける、
とある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。茎は、正月の飾りにし、胞子は、
石松子、
という丸薬の衣に用い、また皮膚のただれに効くという(仝上)。ただ、
ヒカゲノカズラ、
には、
植物「さるおがせ(猿麻桛)」の異名、
とする面もあり(仝上)、となると、
サガリゴケ、
は、
サルオガセ、
に収斂していくことになる。
(ひげのかずら デジタル大辞泉むより)
なお、
ヒカゲノカズラ、
は、
践祚の大嘗祭、凡そ斎服には……親王以下女孺(にょじゅ、めのわらわ 下級女官)以上、皆蘿葛(延喜式)、
と、
新嘗(にいなめ)祭・大嘗(だいじょう)祭などの神事に、物忌のしるしとして冠の笄(こうがい)の左右に結んで垂れた青色または白色の組糸、
を呼ぶ(岩波古語辞典・広辞苑)。もと、
植物のヒカゲノカズラを用いた、
ための称である(仝上)。
「蘿」(ラ)は、
会意兼形声。「艸+音符羅(ラ あみ、あみの目)」で、網のようにはびこる草、
とあり、松蘿(ショウラ)、女蘿(ジョラ)等々、つた類の総称とある(漢字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95