あぢきなし嘆なつめそ憂きことにあひくる身をば捨てぬものから(古今和歌集)
では、
あぢきなし、
で、
なし、
なつめそ、
で、
なつめ(棗)、
あひくる身、
で、
くるみ(胡桃)、
を詠みこむ(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
ものから、
は、
今は來じと思ふものから忘れつつ待たるることのまだもやまぬか(古今和歌集)、
と、
逆接の意味になることが多いが、冒頭の歌は順接、
とある(仝上)。
ものから、
は、
接続助詞。形式名詞モノに格助詞カラの付いたもの(広辞苑)、
形式名詞「もの」に名詞「から(故)」が付いたものから。上代から見られるが、上代ではまだ二語としての意識が強く、中古に至り一語の接続助詞としての用法が成立した(大辞林)、
形式名詞「もの」+格助詞「から」、活用語の連体形に付く(大辞泉)、
名詞「もの」に名詞「から」の付いてできたもの。「から」を助詞とする説もある。しかし、上代・中古において、このような意に用いられた「から」は名詞である。(精選版日本国語大辞典)、
などとある(格助詞は、体言につき、その体言と他の語との格関係を示す)。
「から」を名詞とするのは、「から」で触れたように、この「から」の由来が、
うから、
やから、
ともがら、
はらから、
の「から」で、
族、
柄、
とあて(岩波古語辞典)、
上代では「はらから」「やから」など複合した例が多いが、血筋・素性という意味から発して、抽象的に出発点・成行き・原因などの意味にまで広がって用いられる、
とあり、
助詞「から」も、
語源は名詞「から」と考えられる。「国から」「山から」「川から」「神から」などの「から」である。この「から」は、国や山や川や神の本来の性質を意味するとともに、それらの社会的な格をも意味する。「やから」「はらから」なども血筋のつながりを共有する社会的な一つの集りをいう。この血族・血筋の意から、自然のつながり、自然の成り行きの意に発展し、そこから、原因・理由を表し、動作の出発点・経由地、動作の直接続く意、ある動作にすぐ続いていま一つの動作作用が生起する意、手段の意を表すに至ったと思われる、
とある(仝上)ことによる。で、
ものから、
は、
もの、
と、
から、
の複合した助詞で、活用語の連体形を承け、
から、
は、上述したように、
格助詞の「から」と起源的には同一で、「自然のつながり」の意から種々に発展し、原因・理由を示す用法を持っていた、
とあり(仝上)、ほぼ同義の、
ものゆゑ、
も、
もの、
と、
ゆゑ、
の複合した助詞で、
ゆゑ、
は、
もとづくところ、
の意である(仝上)。で、
から、
も、
ゆゑ、
も、
それだけで原因・理由を示す助詞になりうることは、上述した通りである。その上に加わる、
もの、
は、
(ものから)物ながらの略、みな(皆)からの「から」と同じ、
とする説(大言海)があるように、いわゆる、
物、
が原義で、
「もの」とは形があり、手にふれることのできる存在を示す語で、「こと」と対比して使われ、「こと」が時間の経過とともに変化し推移していく出来事・行為をいうに対して、「もの」は変化せず推移しない存在を指す語である。その、変動しない存在の意から、確固として定まっている既定の事実や、避けることのできない法則とか慣習とかを指すことがあった、
とあり(岩波古語辞典)、したがって、
ものから、
ものゆゑ、
と複合すれば、
……するにきまっているのだから、
必ず……とはすでに決まっていることだ、
当然……するにきまっているけれど、
というのが古い用法(仝上)とある。
から、
ゆゑ、
は、順接条件も逆接条件も示しうるので、
ものから、
ものゆゑ、
も、両方の例があるが、平安時代には、
ものゆゑ、
は古語となり、
ものから、
が歌などに使われ、
……ながら、
……だのに、
の意を表した(仝上)とする。なお、「もの」、「こと」については触れた。
見渡せば近き物可良(ものカラ)岩隠りかがよふ玉を取らずは止まじ(万葉集)、
待つ人にあらぬものから初雁のけさ鳴く声のめづらしきかな(古今和歌集)、
と、
既定の事柄を条件として示し、逆接的に下に続け(精選版日本国語大辞典)、
けれども、
ものの、
のに、
の意の使用は、平安時代に盛んに用いられたが、その後次第に衰え、擬古的な文以外にはあまり使われなくなり、中世には、
只乙(かなつる)手のさきさきに、目をかけつれば魂はありて見ゆるものからともの姿も見ゆるなり(「教訓抄(1233)」)、
さすがに辺土の遺風忘れざるものから、殊勝に覚えらる(奥の細道)、
と、理由を示す、
…だから、
…ので、
の意の順接用法が現われ、近世に至ってはこちらが一般的となる。これは、
接続助詞「から」の影響と考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
(「物」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9より)
「物」(漢音ブツ、呉音モツ・モチ)は、
会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは、いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また、水中に沈めて隠すさまもいう。はっきりと見分けられない意を含む。物は「牛+音符勿」で、色合いのさだかでない牛。いろいろなものを表す意となる。牛は、ものの代表として選んだに過ぎない、
とある(漢字源)。しかし、
会意兼形声文字です(牜(牛)+勿)。「角のある牛」の象形と「弓の両端にはる糸をはじく」象形(「悪い物を払い清める」の意味)から、清められたいけにえの牛を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「もの」を意味する「物」という漢字が成り立ちました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji537.html)、別に、
形声。「牛」+音符「勿 /*MƏT/」。「雑色の牛」を意味する漢語{物 /*mət/}を表す字。のち仮借して「もの」を意味する漢語{物 /*mət/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9)、
形声。牛と、音符勿(ブツ)とから成る。毛が雑色の牛の意から、転じて、さまざまのものの意を表す(角川新字源)、
と、形声文字とする説もある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川新字源ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:ものから