2024年03月15日

ものから


あぢきなし嘆なつめそ憂きことにあひくる身をば捨てぬものから(古今和歌集)

では、

あぢきなし、

で、

なし、

なつめそ、

で、

なつめ(棗)、

あひくる身、

で、

くるみ(胡桃)、

を詠みこむ(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

ものから、

は、

今は來じと思ふものから忘れつつ待たるることのまだもやまぬか(古今和歌集)、

と、

逆接の意味になることが多いが、冒頭の歌は順接、

とある(仝上)。

ものから、

は、

接続助詞。形式名詞モノに格助詞カラの付いたもの(広辞苑)、
形式名詞「もの」に名詞「から(故)」が付いたものから。上代から見られるが、上代ではまだ二語としての意識が強く、中古に至り一語の接続助詞としての用法が成立した(大辞林)、
形式名詞「もの」+格助詞「から」、活用語の連体形に付く(大辞泉)、
名詞「もの」に名詞「から」の付いてできたもの。「から」を助詞とする説もある。しかし、上代・中古において、このような意に用いられた「から」は名詞である。(精選版日本国語大辞典)、

などとある(格助詞は、体言につき、その体言と他の語との格関係を示す)。

「から」を名詞とするのは、「から」で触れたように、この「から」の由来が、

うから、
やから、
ともがら、
はらから、

の「から」で、

族、
柄、

とあて(岩波古語辞典)、

上代では「はらから」「やから」など複合した例が多いが、血筋・素性という意味から発して、抽象的に出発点・成行き・原因などの意味にまで広がって用いられる、

とあり、

助詞「から」も、

語源は名詞「から」と考えられる。「国から」「山から」「川から」「神から」などの「から」である。この「から」は、国や山や川や神の本来の性質を意味するとともに、それらの社会的な格をも意味する。「やから」「はらから」なども血筋のつながりを共有する社会的な一つの集りをいう。この血族・血筋の意から、自然のつながり、自然の成り行きの意に発展し、そこから、原因・理由を表し、動作の出発点・経由地、動作の直接続く意、ある動作にすぐ続いていま一つの動作作用が生起する意、手段の意を表すに至ったと思われる、

とある(仝上)ことによる。で、

ものから、

は、

もの、

と、

から、

の複合した助詞で、活用語の連体形を承け、

から、

は、上述したように、

格助詞の「から」と起源的には同一で、「自然のつながり」の意から種々に発展し、原因・理由を示す用法を持っていた、

とあり(仝上)、ほぼ同義の、

ものゆゑ、

も、

もの、

と、

ゆゑ、

の複合した助詞で、

ゆゑ、

は、

もとづくところ、

の意である(仝上)。で、

から、
も、
ゆゑ、
も、

それだけで原因・理由を示す助詞になりうることは、上述した通りである。その上に加わる、

もの、

は、

(ものから)物ながらの略、みな(皆)からの「から」と同じ、

とする説(大言海)があるように、いわゆる、

物、

が原義で、

「もの」とは形があり、手にふれることのできる存在を示す語で、「こと」と対比して使われ、「こと」が時間の経過とともに変化し推移していく出来事・行為をいうに対して、「もの」は変化せず推移しない存在を指す語である。その、変動しない存在の意から、確固として定まっている既定の事実や、避けることのできない法則とか慣習とかを指すことがあった、

とあり(岩波古語辞典)、したがって、

ものから、
ものゆゑ、

と複合すれば、

……するにきまっているのだから、
必ず……とはすでに決まっていることだ、
当然……するにきまっているけれど、

というのが古い用法(仝上)とある。

から、
ゆゑ、

は、順接条件も逆接条件も示しうるので、

ものから、
ものゆゑ、

も、両方の例があるが、平安時代には、

ものゆゑ、

は古語となり、

ものから、

が歌などに使われ、

……ながら、
……だのに、

の意を表した(仝上)とする。なお、「もの」、「と」については触れた。

見渡せば近き物可良(ものカラ)岩隠りかがよふ玉を取らずは止まじ(万葉集)、
待つ人にあらぬものから初雁のけさ鳴く声のめづらしきかな(古今和歌集)、

と、

既定の事柄を条件として示し、逆接的に下に続け(精選版日本国語大辞典)、

けれども、
ものの、
のに、

の意の使用は、平安時代に盛んに用いられたが、その後次第に衰え、擬古的な文以外にはあまり使われなくなり、中世には、

只乙(かなつる)手のさきさきに、目をかけつれば魂はありて見ゆるものからともの姿も見ゆるなり(「教訓抄(1233)」)、
さすがに辺土の遺風忘れざるものから、殊勝に覚えらる(奥の細道)、

と、理由を示す、

…だから、
…ので、

の意の順接用法が現われ、近世に至ってはこちらが一般的となる。これは、

接続助詞「から」の影響と考えられる、

とある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。

「物」.gif



「物」 甲骨文字・殷.png

(「物」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9より)

「物」(漢音ブツ、呉音モツ・モチ)は、

会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは、いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また、水中に沈めて隠すさまもいう。はっきりと見分けられない意を含む。物は「牛+音符勿」で、色合いのさだかでない牛。いろいろなものを表す意となる。牛は、ものの代表として選んだに過ぎない、

とある(漢字源)。しかし、

会意兼形声文字です(牜(牛)+勿)。「角のある牛」の象形と「弓の両端にはる糸をはじく」象形(「悪い物を払い清める」の意味)から、清められたいけにえの牛を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「もの」を意味する「物」という漢字が成り立ちました、

ともありhttps://okjiten.jp/kanji537.html、別に、

形声。「牛」+音符「勿 /*MƏT/」。「雑色の牛」を意味する漢語{物 /*mət/}を表す字。のち仮借して「もの」を意味する漢語{物 /*mət/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9

形声。牛と、音符勿(ブツ)とから成る。毛が雑色の牛の意から、転じて、さまざまのものの意を表す(角川新字源)、

と、形声文字とする説もある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川新字源ソフィア文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 04:06| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする