花ごとにあかず散らしし風なればいくそばくわか憂しとかは思ふ(古今和歌集)、
の、
いくそばくわか憂し、
の、
いくそばく、
は、
どれほど多く、
の意、
いくそばくわか憂し、
に、
百和香、
を(かなり無理して)詠みこむ(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とあり、
はくわこう(百和香)、
は、
神仙世界にあるとされる伝説的な香、
とある(仝上)。
百和香、
は、
ひゃくわこう、
ひゃっかこう、
はくわごう、
とも訓ませ(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
種々の香を練り合わせて作った香。5月5日に百草を合わせて作ったという(広辞苑)、
種々の香料を合わせた薫物(タキモノ)(大辞林)、
薫物の名。種々の香料を合わせた練香(ねりこう)(精選版日本国語大辞典)、
練り香の一種。陰暦5月5日に百草を合わせて作ったという(デジタル大辞泉)、
等々としかなく、
種々の香料を合わせた薫物(たきもの)の名、
として、
伝説的なものか、
とある(岩波古語辞典)ので、その由来ははっきりしないが、
伝説的な神仙の名、
を借りているもののようである。いわれははっきりしないが、
五月五日に、百草を取り合わする香と云ふ、
とある(大言海)。
百和香、
を詠みこんだ、上述の、
花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ、
は、杜甫の即事詩、
雷聲忽送千峯雨、
花氣渾如百和香、
を踏まえている(大言海)。
(「香」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%99より)
「香」(漢音キョウ、呉音コウ)は、
会意文字。もとは、「黍(きび)+甘(うまい)」で、きびを煮たときに空気に乗ってただよいくるよいにおいをあらわす。空気の動きに乗って伝わる意を含む、
とあり(漢字源)、同趣旨で、
会意文字です(黍+甘)。「穂先が茎の先端にたれかかる穀物の象形と、流れる水の象形(「酒」の意味)」(酒の材料に適した「黍(きび)」の意味)と「口中に一線を引いて食物をはさむさまを表した文字」(「あまい・うまい」の意味)から、黍などから生じる「甘いかおり」を意味する「香」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1180.html)、
会意。黍(しよ)(禾は省略形。きび)と、甘(日は変わった形。うまい)とから成り、きびのうまそうなかおり、「かおり」の意を表す、
とも(角川新字源)あるが、この解釈のもとになっている、
『説文解字』では「黍」+「甘」と解釈されているが、これは誤った分析である。甲骨文字の形を見ればわかるように「甘」とは関係がない、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A6%99)、
会意。「黍」(芳しい物の代表)+羨符「口」(区別のための記号、楷書では「日」と書かれる)。「かおり」を意味する漢語{香 /*hang/}を表す字、
としている(仝上)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川新字源ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95