2024年03月18日

行矣


自當逢雨露(自ずから当(まさ)に雨露に遭うべし)
行矣愼風波(行(ゆ)けや 風波を慎め)(高適・送鄭侍御謫)

の、

行矣(コウイ)、

は、

旅立つ人におくる言葉。さようなら、お大事にという意味、

とある(前野直彬注解『唐詩選』)。

行矣(さきくませ)」で触れたように、

宜(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)(日本書紀)、

と、

さきくませ、

と訓ませ、

お幸せに、
とか、
お元気で、

という意味らしいが、

さきく(幸く)、

は、

「さき(幸)」に、「けだしく」などの「く」と同じ副詞語尾「く」の付いたもの、

で、

御船(みふね)は泊てむ恙(つつみ)無く佐伎久(サキク)いまして早帰りませ(万葉集)、
楽浪(ささなみ)の志賀の辛崎さきくあれど大宮人の船待ちかねつ(仝上)、

などと、

さいわいに、
平穏無事に、
変わりなく、
つつがなく、
繫栄して、

等々、

旅立つ人の無事を祈っていう例が多い(日本国語大辞典)。

さきくませ、

の、

ませ、

は、助動詞、

まし、

の未然形、

動詞・助動詞の未然形を承け。奈良時代は、

未然形ませ、
終止形まし、
連体形まし、

しかなかったが、平安時代に入って、

已然形ましか、

が発達し、未然形に転用され(岩波古語辞典)、

ませ(ましか)・〇・まし・まし・ましか・〇、

と活用する(精選版日本国語大辞典)、

用言・助動詞の未然形に付く。推量の助動詞、

で(仝上)、その由来は、

将(ム)より轉ず(大言海)、
助動詞「む」の形容詞的な派生(精選版日本国語大辞典)、
推量の「む」から転成(mu+asi→asi)した(岩波古語辞典)、

とあり、中世以降の擬古文や歌で、

「む」とほぼ同じ推量や意志を表わすのに用いる、

とある(仝上)。

む、

は、

行かむ、
落ちむ、
受けめ、

と、

動作を未来に云ふ助動詞、

とある。漢語の、

行矣(こうい)、

は、まさしく、

行(ゆ)け、
いざゆけ、

人を励ますことば(学研漢和大辞典)とある。

矣、

は、

漢文の助字、

で、

語の終る意、

を示し(字源)、

句の最後につけて断定・推量・詠嘆などを表し、

…である、
…だなあ、
…だろう、

という意味になるhttps://www.kanjipedia.jp/kanji/0000130100。たとえば、下について、

懿矣(よいかな)・蔚矣(うつたり)・鬱矣(うつたり)・往矣(ゆけや)・久矣(ひさしいかな)・休矣(よきかな)・行矣(ゆけや)・皇矣(おおいなり)・尚矣(ひさしいかな)・甚矣(はなはだし)・壮矣(さかんなり)・逖矣(はるかなり)・悲矣(かなしいかな)・勉矣(つとめよや)・耄矣(おいたり)・老矣(おいたり)、

等々という使い方になる(字通)。

語の中に置く助辞、

哉、

反問の辞、

乎、

と通ず(字源)とあるが、文末で用いる語気詞として類義になる、

也、
哉、
焉、
矣、

を比較して、

也、哉>焉>矣、

の順で、すっぱりと言い切った語気から、屈折した語気になり、

也、哉が「!」、

とすると、

矣、

は、

……(!)、

という感じとある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14139270194・加藤徹『漢文法ひとりまなび』)が、ニュアンスが、

行矣、

の、

ゆけ、

の語感からは、わかりにくい。

いざゆけ、

という語感は、断定というよりは、希望的な願望が入るからだろうか。

「矣」.gif


「矣」(イ)は、

象形。「ム+矢」と書くが、実は、「匕+矢」が正しく、人が後ろを向いてとまったさまをえがいたもの。疑の左側の部分と同じ。文末につく、「あい」という嘆声であり、断定や慨嘆の気持を表す。息が仕えてとまるの意を含む、

とあり(漢字源)、

断定や推定の語気を表わすことば、

で、

……するぞ、
……となるぞ、

の意(仝上)とする。別に、

象形文字。「𠤗」(「疑」の原字)の略体、

とするものhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9F%A3

会意。厶(し)+矢。厶の初形は(し)で耜(すき)の初文。耜に矢を加えて清め祓う意。その声を矣・唉・欸、その動作を挨という。詩「小雅」十月之交に謀(ばい)・萊(らい)と韻している。「説文」五下に「語已(をは)るの詞なり」とし、以声の字とするが、もとは矢で厶(すき)を祓う儀礼で、その声をいう。語句を強く結ぶとき、その声を加えたのであろう、

とするもの(字通)がある。

疑、

の原字、

𠤗、
は、象形文字、

杖をついた人が道に惑うさまを象る。のち「子」を加えて「疑」の字体となる、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%91

「𠤗」 甲骨文字・殷.png

(「𠤗」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%91より)

参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:59| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする