獨往路難盡(獨往、路、盡き難く)
窮陰人易傷(窮陰、人、傷み易し)(崔曙・早発交崖山還太室作)
の、
窮陰(きゅういん)、
は、
おしつまった陰気、
の意、
一年は陰気と陽気の交替と考えられた。春に陽が発生して夏に極点に達し、秋に陰が生じて冬に極点に達するわけである。したがって(この詩の)12月は陰の一番最後に当たる、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。
窮陰、
は、文字通り、
陰気の窮極、
の意で、それをメタファに、
冬の末、
つまり、
陰暦一二月、
を指し、
窮冬、
ともいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
陰(漢音イン、呉音オン)、
は、易学で、
陽、
に対置され、
陰、蔭也、気在内、奥蔭也、陽、揚也、気在外、發揚也(「釋名」)、
と、
陰陽(いんよう・おんよう・おんみょう)、
合わせて宇宙の根元となる気をいう(精選版日本国語大辞典・大言海)。
日・春・夏・東・南・火・男・奇数・強・動・軽・剛・熱・明、
等々積極的、能動的性質を持つ、
陽、
に対して、
月・秋・冬・西・北・水・女・偶数・弱・静・重・柔・冷・暗、
等々、受動的、消極的性質を有するものを、
陰、
とし、
男(なん)は陽、女(にょ)は陰也……南は陽、北は陰、女を北方(きたのかた)といへり(「雑談集(1305)」)、
夜は又陰なれば、いかにも浮々と、やがてよき能をして人の心花めくは陽也(「風姿花伝(1400~02)」)、
などと使い(仝上・世界大百科事典)、それをメタファに、
陽気が衰え、陰気の盛んなとき、
をいい、転じて、盛りを過ぎた、
四〇歳以上の年齢、
にもいう(仝上)とある。
(陰陽を表す太極図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BDより)
生生、之れを易と謂ひ、象を成す、之れを乾と謂ひ、法を效(いた)す、之れを坤と謂ふ。數を極め來を知る、之れを占と謂ひ、變に通ずる、之れを事と謂ひ、陰陽測られざる、之れを神と謂ふ、
とある(「易経」繋辞伝上)、
森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から、
陽(よう)と陰(いん)、
の二つのカテゴリに分類する思想を、
陰陽道、
といい、
天地間にあって互いに反する性質を持った二種の気。両者の相互作用によって、万物が造り出され、その消長によって四季が形成される、
とし(仝上)、両者は、
対立する二元であるが敵対するものではなく、太極(たいきよく)または道と呼ばれるものによって統合されており、たがいに引きあい補いあう。また、一方が進むと一方が退き、一方の動きが極点にまで達すると他の一方に位置をゆずって、循環と交代を無限にくりかえす、
とした(仝上)。この発想は、中国人が事物を認識する際、
対(つい)でとらえる、
というけ性向にあり、それが陰陽論に由来しており、
文学表現における対句、建築などにおけるシンメトリーの愛好も陰陽論と切りはなすことができない、
ともある(仝上)。
「窮」(漢音キュウ、呉音グ・グウ)は、「窮子」で触れたように。
会意兼形声。「穴(あな)+音符躬(キウ かがむ、曲げる)」で、曲がりくねって先がつかえた穴、
とあり(漢字源)、「困窮」の「きわまる」、「貧窮」の「行き詰まる」、「窮理」「窮尽」の「きわめる」、「究極」の「行き詰まり」「果て」等々の意である。別に、
会意。「穴+躬(きゅう)」。穴中に躬(み)をおく形で、進退に窮する意。〔説文〕七下に「極まるなり」と訓し、……究・穹と声義近く、「究は窮なり」「穹は窮なり」のように互訓する。極は上下両木の間に人を入れて、これを窮極する意で、罪状を責め糾す意。窮にもその意があり、罪状を糾問することを窮治という、
とあり(白川静『字通』)、また、
会意兼形声文字です(穴+身+呂)。「穴居生活の住居」の象形と「人が身ごもった象形と背骨の象形」(「体」の意味)から、「人の体が穴に押し込められる」、「きわまる」を意味する「窮」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1691.html)。類似の「窮」「極」「究」の違いは、
窮は、行き詰まる意。をはる、盡く。稗編「史記上起黄帝、下窮漢武」、転じて困窮と連用す、
極は、至極の義、行き届きて、もはやその先なきを言ふ、
究は、推尋也、竟也、深也、窮尽也と註す。考究・研究と連用す。困窮の義はなし、
とある(字源)。
「陰」(漢音イン、呉音オン)は、「中陰」で触れたように、
会意兼形声。侌(イム くらい)は、「云(くも)+音符今(含 とじこもる、かくれる)」の会意兼形声文字。湿気がこもってうっとおしいこと。陰はそれを音符とし、阜を加えた字で、陽(日の当たる丘)の反対、つまり日の当たらないかげ地のこと。中にとじこめてふさぐ意を含む、
とあり(漢字源・角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%B0)、
丘の日陰側が原義、
となる(仝上)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
高田真治・後藤基巳訳注『易経』(岩波文庫)
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95