2024年03月29日
ほだし
あはれてふことこそうたて世の中を思ひ離(か)れぬほだしなりけれ(古今和歌集)、
の、
ほだし、
は、もともと、
馬などの足かせで、行動を束縛するもの、
で、そこから、
「束縛」「妨げ」などの抽象的な意味に広がる、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、ここでは、
「あはれ」ということばが、まるで「物」のように、我身をこの世に縛り付けている、というイメージ、
と注釈する(仝上)。
ほだし、
は、
絆し、
と当て、
馬の足などをつなぐこと、
つまり、
馬の足になわをからませて歩けないようにすること、
をいい、それに用いる、
なわ、
の意もある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。和名類聚抄(931~38年)鞍馬具の項に、
絆、保太之、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
絆、ホダシ、キヅナ、ナハ、カケナハ、
天治字鏡(平安中期)に、
絆、馬前足波志利、保太之、
字鏡(平安後期)に、
覊、保太之、
とある。どうやら、
馬の脚を縄でからめること、
のようであるが、そこから、
夜中独り坐して経を誦す。鏁(ホタシ)忽ちに自ら解けて地に落ちぬ(「冥報記長治二年点(1105)」)、
と、
自由に動けないように人の手足にかける鎖や枠(わく)など、手かせ、足かせ、
の意となり、類聚名義抄(11~12世紀)に、
桎、ホダシ、
とあるように、意味が広がり、
ほだせ、
ほだ、
ともいい、さらに、上記の歌のように、
人の心や行動の自由を束縛すること、
人情にひかれて、自由に行動することの障害となること、
また、そのようなもの、
の意と、抽象度が上がって、
きずな、
と意味が重なっていく(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。この由来は、
フモダシ(踏黙)の約(大言海・万葉代匠記・俗語考・日本語源=賀茂百樹)、
ホタシ(鋜為)の義(言元梯)、
等々ある。この、
ふもだし、
も、
絆、
と当て(精選版日本国語大辞典)、
馬にこそ布毛太志(フモダシ)懸くもの牛にこそ鼻縄(はななは)はぐれ(万葉集)、
とある(「鼻縄」は、牛の鼻につける縄。はなづな)、
馬の足をつなぐ綱、
をいい(日本語源大辞典)、
ほだし、
ともいい(岩波古語辞典)、
踏黙(フミモダシ)の約にて、蹈むことを止む意かと云ふ、
とあり(大言海)、
ほだし、
は、
さらに約めたるなりと云ふ、
とある(仝上)。この動詞が、
ほだす、
で、
馬などを繋いで離れないようにする、
意から、やはり、転じて、
政務にほだされ、……当来の昇沈を顧みず(平家物語)、
と、
自由に動けないようにつなぎ止める、
人の自由を束縛する、
意や、
宿世つたなきかなしきこと、この男にほだされて(伊勢物語)、
と、
逃げようにも逃げられない気持ちになる、この、
ほだす、
の受動形、
ほだされる、
は、
自由を束縛される、
意で、
情にほだされる、
は、
人情にひかれて自由に行動できないこと、
をいい、
心がほだされる、
気持がほだされる、
と、癒される意味に誤用されることがある。これは、
ほぐされる、
からの連想かもしれない(日本語源大辞典)とある。
「絆」(漢音呉音ハン、慣用バン)は、
形声、「糸+音符半(ハン)」。ひもをぐるぐる巻いてからめること、
とある(漢字源)。別に、
形声。糸と、音符(ハン)とから成る。「きずな」の意を表す(角川新字源)、
形声文字です。「より糸」の象形(「糸」の意味)と「2つに分かれている物の象形と角のある牛の象形」(「牛のような大きな物を2つに分ける」の意味だが、ここでは、「攀(はん)」に通じ、「引き繋ぐ」の意味)から、「きずな」を
意味する「絆」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji46.html)、
などともある。
なお、冒頭の歌の、
うたて、
は、「うたたね」で触れたように、
うたた、
が、
うたてと同根、
とあり(広辞苑)、
ウタテの転(大言海)、
とも、
うたて、
が、
ウタタの転、
と、
平安時代には多くは「うたてあり」の形で使われ、事態のひどい進行を諦めの気持で眺めている意、
とし(岩波古語辞典)、
ウタタの転。物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま。それに対していやだと思いながら、諦めて眺めている意を含む、
とあり(仝上)、「うたた」と「うたて」は、
うたた→うたて、
か
うたて→うたた、
かの、両説あるが、
うたて、
は、
物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま、それに対して嫌だと思いながら、諦めて眺めている意、
であり(岩波古語辞典)、
度合いがとどめようもないさま、ますます、いよいよ激しく(万葉集「いつはなも戀ひずりありとはあらねどもうたてこころ戀ししげしも」)、
普通でなく、異様に(古事記「うたて物云ふ王子(みこ)ぞ。故(かれ)慎み給ふべし」)、
(こちらの気持にかまわずにどんどん進行していく事態に出会って)いたたまれないさま、なんともしょうがないさま(土佐日記「このあるじの、またあるじのよきを見るに、うたて思ほゆ」)、
いやで気に染まないさま、なじめず不快に(枕草子「鷺はいとみめも見苦し。まなこゐなどもうたてよろづになつかしからねど」)、
嘆かわしく、なさけなく(平家物語「あれ程不覚なる者共を合戦の庭に指しつかはす事うたてありや、うたてありやと言って」)、
(「あな~」「~やな」の形で軽く詠嘆的に)いやだ(宇津保「あなうたて、さる心やは見えし」)、
等々の意があり(仝上)、
片腹痛く、笑止、
の意味すらもつ(大言海)。ある意味、意に染まぬ進行に、
不愉快、
いたたまれない、
嫌で気に染まない、
なげかわしい、
といった気持を言外に表している。不快感から、
嫌悪感、
そして、
蔑み、
へと意味が変わっていく感じである。
どんどん、
とか、
甚だしい、
という副詞的な背後にも、
どうにもならない、
という気持ちがある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95