2024年04月08日

刈菰


刈菰(かりこも)の思ひ乱れて我恋ふと妹(いも)知るらめや人し告げずは(古今和歌集)、

の、

刈菰、

は、

刈り取った菰、

の意で、

思ひ乱れての枕詞、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。枕詞としての、

刈菰の(刈薦の)、

は、上記のように、

刈り取ったこもの乱れやすいところから、「みだる」にかかる、

ほか、

刈ったこもがしおれやすいところから、

夏麻(なつそ)引く命かたまけ借薦之(かりこもの)心もしのに人知れずもとなそ恋ふる息の緒にして(万葉集)、

と、「心もしのに」にかかる(一説に、「篠(しの)」の意をかけるともいう)し、

沼水に君は生ひねどかるこものめに見す見すも生ひまさるかな(「平中(へいちゆう)(965頃)」)、

と、刈った菰から芽が出るところから、

「芽」と同音の「目」にもかかる(精選版日本国語大辞典)。

真菰(大辞林).jpg

(真菰 大辞林より)

刈菰、

は、

刈薦、

とも当て、後世は、

かりごも、

とも訓ませた(仝上)が、

刈薦の一重(ひとへ)を敷きてさ寝(ぬ)れども君とし寝(ぬ)れば寒さむけくもなしか(万葉集)、

と、

刈り取った真菰、

または、

それで作ったむしろ、

である(仝上・大言海・岩波古語辞典)。

真菰刈る淀の沢水雨降ればつねよりことにまさるわが恋(古今和歌集)、

とある、

真菰、

は、

真薦、

とも当て、「ま」は、

接頭語(岩波古語辞典)、
まは発語と云ふ(大言海)、
マは美称の接頭語(角川古語大辞典・小学館古語大辞典)、

とあり、色葉字類抄(1177~81)に、

菰、マコモ、コモ、

とあり、

こも(薦・菰)、

のことで、

かつみ、
はなかつみ、
まこもぐさ
かすみぐさ、
伏柴(ふししば)、

ともよぶがイネとは異なる(広辞苑・大言海)。

真菰、

は、古くから、

神が宿る草。

として大切に扱われ、しめ縄としても使われてきたhttps://www.biople.jp/articles/detail/2071

こも」は、

薦、
菰、

と当て、

まこも(真菰)の古名、

とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。

イネ科の大形多年草。各地の水辺に生える。高さ一~二メートル。地下茎は太く横にはう。葉は線形で長さ〇・五~一メートル。秋、茎頂に円錐形の大きな花穂を伸ばし、上部に淡緑色で芒(のぎ)のある雌小穂を、下部に赤紫色で披針形の雄小穂をつける。黒穂病にかかった幼苗をこもづのといい、食用にし、また油を加えて眉墨をつくる。葉でむしろを編み、ちまきを巻く、

とあり、漢名、

菰、

という(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。

マコモの種子、

は米に先だつ在来の穀粒で、縄文中期の遺跡である千葉県高根木戸貝塚や海老が作り貝塚の、食糧を蓄えたとみられる小竪穴(たてあな)や土器の中から種子が検出されている、

とある(日本大百科全書)。江戸時代にも、『殖産略説』に、

美濃国(みののくに)多芸(たぎ)郡有尾村の戸長による菰米飯炊方(こもまいめしのたきかた)、菰米団子製法などの「菰米取調書」の記録がある、

という。中国では、マコモの種子を、

菰米、

と呼び、古く『周礼(しゅらい)』(春秋時代)のなかに、

供御五飯の一つ、

とされているし、『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(6世紀)には、菰飯の作り方の記述がある(仝上)。なお、茎頂にマコモ黒穂菌が寄生すると、伸長が阻害され、根ぎわでたけのこ(筍)のように太く肥大する。これを、

マコモタケ、

という。内部は純白で皮をむいて輪切りにし、油いためなど中国料理にする。根と種子は漢方薬として消化不良、止渇、心臓病、利尿の処方に用いられる(マイペディア)。

真菰.jpg


こも、

の由来は、

クミ・クム(組)の転か(碩鼠漫筆・大言海)、
キモ(着裳)の転呼、被服に用いた編物から、さらにその材料となる植物をいうようになった(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コモ(薦)に用いるところから(和訓栞)、
もと、茂る意の動詞カムから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、

等々あるが、

こも、

には、

「まこも(真菰)」の古名、

の意の他に、「まこも」で作った、

あらく織ったむしろ、

の意がある。今は藁を用いるが、もとはマコモを材料とした(精選版日本国語大辞典)。で、

コモムシロ(菰蓆)の下略(大言海)、
コモで編んだところから(東雅・松屋筆記)、
コアミ(小編)の義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、

等々「こも」から「蓆」のプロセスを意識した由来説になる。

ただ、「こも」で触れたように、『大言海』は、

菰・蒋、

の字を当てる「こも」と、

菰、

を当てる「こも」と、

藺、

を当てる「こも」と、

海蓴、

を当てる「こも」を項を分けている。由来はこの区別の中で明らかになるように思える。

「菰・蒋」の「こも」は、

クミの轉か(拱(コマヌ)クもクミヌクの転なるべし。黄泉(よみ)、よもつ)。組草などと云ふが、成語なるべく、葉を組み作る草の意。即ち、薦(こも)となる。菰(かつみ)の籠(かつま)に移れるが如きか(藺(ゐ)をコモクサと云ふも、組草、即ち、薦草(こもくさ)ならむ)。マコモと云ふやうになりしは、海蓴(コモ)と別ちて、真菰(まこも)と云ふにか。物類称呼(安永)三「菰、海藻にコモと云ふあり、因りて、マコモと云ふ」、

と注記がある。「薦」と当てる「こも」は、

菰席(こもむしろ)の下略(祝詞(のりとごと)、のりと。辛夷(こぶしはじかみ)、こぶし)。菰の葉にて作れるが、元なり。神事に用ゐる清薦(すごも)、即ち、菰席(こもむしろ)なり、

とある。「藺」の字を当てる「こも」は、

こもくさ、

を指し、「こもくさ」は、

薦に組み作る草の意。藺の一名、

とあり、「こもくさ」の下を略して、「こも」である。「海蓴」の字を当てる「こも」は、

小藻か、籠藻か、

とあり、やはり、細く切って、羹(あつもの)にすべし、とあるので、食用だったと見なされる。「蓴」は、「ぬなわ」で、「じゅんさい(蓴菜)」である。

この説に依れば、「こも」を組んで、神事に用ゐる、

清薦(すごも)、

即ち、

菰席(こもむしろ)、

を作ったが、

海蓴(コモ)、

と区別するために、

真菰、

としたということになる。それだけでなく、大事なものだったからこそ、区別するために、美称の、

マ、

をつけたに違いない。

神事で、用いていたところを見ると、「菰」は、大切なものだったに違いない。しかし、稲作とともに、藁が潤沢となり、「菰席(こもむしろ)」は、蓆に堕ちた、という感じだろうか。「薦被り」も「おこもさん」まで、堕ちるということか。

薦の上から、

という言い方は、お産のとき、こもむしろを敷いたところから、

生まれたときから、

の意で使い、

薦を被(かぶ)る(被(かず)く)、

というと、

こもをかぶる身となる、

意で、

身躰残らずうち込み菰をかぶるより外はなし(好色二代男)、

と、

乞食(こじき)になり下がる。

「菰」.gif

(「菰」 https://kakijun.jp/page/ko11200.htmlより)

「菰」(漢音コ、呉音ク)は、

会意兼形声。「艸+音符孤(コ 丸くて小さい、小粒)」、

とあり、「まこも」の意である(漢字源)。別に、

形声。「艸」+音符「孤 /*WA/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%B0

とある。

「薦」.gif

(「薦」 https://kakijun.jp/page/1614200.htmlより)

「薦」 金文・西周.png

(「薦」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%96%A6より)

「薦」(セン)は、

会意。「艸+牛に似ていて角が一本の獣のかたち」で、その獸が食うというきちんとそろった草を示す、

とある(漢字源)が、別に、

形声。「艸」+音符「廌 /*TSƏN/」。「むしろ」を意味する漢語{薦 /*tsəəns/}を表す字、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%96%A6

会意。艸と、廌(ち)(しかに似たけもの)とから成り、廌が食う細かい草の意を表す。借りて「すすめる」意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意文字です(艸+廌)。「並び生えた草」の象形と「一本角の獣」の象形から、「一本角の獣が食べる草」を意味する「薦」という漢字が成り立ちました。また、「饌(せん)」に通じ(同じ読みを持つ「饌」と同じ意味を持つようになって)、「すすめる」、「供える」の意味も表すようになりました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1962.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:48| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする