刈菰(かりこも)の思ひ乱れて我恋ふと妹(いも)知るらめや人し告げずは(古今和歌集)、
の、
刈菰、
は、
刈り取った菰、
の意で、
思ひ乱れての枕詞、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。枕詞としての、
刈菰の(刈薦の)、
は、上記のように、
刈り取ったこもの乱れやすいところから、「みだる」にかかる、
ほか、
刈ったこもがしおれやすいところから、
夏麻(なつそ)引く命かたまけ借薦之(かりこもの)心もしのに人知れずもとなそ恋ふる息の緒にして(万葉集)、
と、「心もしのに」にかかる(一説に、「篠(しの)」の意をかけるともいう)し、
沼水に君は生ひねどかるこものめに見す見すも生ひまさるかな(「平中(へいちゆう)(965頃)」)、
と、刈った菰から芽が出るところから、
「芽」と同音の「目」にもかかる(精選版日本国語大辞典)。
(真菰 大辞林より)
刈菰、
は、
刈薦、
とも当て、後世は、
かりごも、
とも訓ませた(仝上)が、
刈薦の一重(ひとへ)を敷きてさ寝(ぬ)れども君とし寝(ぬ)れば寒さむけくもなしか(万葉集)、
と、
刈り取った真菰、
または、
それで作ったむしろ、
である(仝上・大言海・岩波古語辞典)。
真菰刈る淀の沢水雨降ればつねよりことにまさるわが恋(古今和歌集)、
とある、
真菰、
は、
真薦、
とも当て、「ま」は、
接頭語(岩波古語辞典)、
まは発語と云ふ(大言海)、
マは美称の接頭語(角川古語大辞典・小学館古語大辞典)、
とあり、色葉字類抄(1177~81)に、
菰、マコモ、コモ、
とあり、
こも(薦・菰)、
のことで、
かつみ、
はなかつみ、
まこもぐさ
かすみぐさ、
伏柴(ふししば)、
ともよぶがイネとは異なる(広辞苑・大言海)。
真菰、
は、古くから、
神が宿る草。
として大切に扱われ、しめ縄としても使われてきた(https://www.biople.jp/articles/detail/2071)。
「こも」は、
薦、
菰、
と当て、
まこも(真菰)の古名、
とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。
イネ科の大形多年草。各地の水辺に生える。高さ一~二メートル。地下茎は太く横にはう。葉は線形で長さ〇・五~一メートル。秋、茎頂に円錐形の大きな花穂を伸ばし、上部に淡緑色で芒(のぎ)のある雌小穂を、下部に赤紫色で披針形の雄小穂をつける。黒穂病にかかった幼苗をこもづのといい、食用にし、また油を加えて眉墨をつくる。葉でむしろを編み、ちまきを巻く、
とあり、漢名、
菰、
という(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。
マコモの種子、
は米に先だつ在来の穀粒で、縄文中期の遺跡である千葉県高根木戸貝塚や海老が作り貝塚の、食糧を蓄えたとみられる小竪穴(たてあな)や土器の中から種子が検出されている、
とある(日本大百科全書)。江戸時代にも、『殖産略説』に、
美濃国(みののくに)多芸(たぎ)郡有尾村の戸長による菰米飯炊方(こもまいめしのたきかた)、菰米団子製法などの「菰米取調書」の記録がある、
という。中国では、マコモの種子を、
菰米、
と呼び、古く『周礼(しゅらい)』(春秋時代)のなかに、
供御五飯の一つ、
とされているし、『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(6世紀)には、菰飯の作り方の記述がある(仝上)。なお、茎頂にマコモ黒穂菌が寄生すると、伸長が阻害され、根ぎわでたけのこ(筍)のように太く肥大する。これを、
マコモタケ、
という。内部は純白で皮をむいて輪切りにし、油いためなど中国料理にする。根と種子は漢方薬として消化不良、止渇、心臓病、利尿の処方に用いられる(マイペディア)。
こも、
の由来は、
クミ・クム(組)の転か(碩鼠漫筆・大言海)、
キモ(着裳)の転呼、被服に用いた編物から、さらにその材料となる植物をいうようになった(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コモ(薦)に用いるところから(和訓栞)、
もと、茂る意の動詞カムから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々あるが、
こも、
には、
「まこも(真菰)」の古名、
の意の他に、「まこも」で作った、
あらく織ったむしろ、
の意がある。今は藁を用いるが、もとはマコモを材料とした(精選版日本国語大辞典)。で、
コモムシロ(菰蓆)の下略(大言海)、
コモで編んだところから(東雅・松屋筆記)、
コアミ(小編)の義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
等々「こも」から「蓆」のプロセスを意識した由来説になる。
ただ、「こも」で触れたように、『大言海』は、
菰・蒋、
の字を当てる「こも」と、
菰、
を当てる「こも」と、
藺、
を当てる「こも」と、
海蓴、
を当てる「こも」を項を分けている。由来はこの区別の中で明らかになるように思える。
「菰・蒋」の「こも」は、
クミの轉か(拱(コマヌ)クもクミヌクの転なるべし。黄泉(よみ)、よもつ)。組草などと云ふが、成語なるべく、葉を組み作る草の意。即ち、薦(こも)となる。菰(かつみ)の籠(かつま)に移れるが如きか(藺(ゐ)をコモクサと云ふも、組草、即ち、薦草(こもくさ)ならむ)。マコモと云ふやうになりしは、海蓴(コモ)と別ちて、真菰(まこも)と云ふにか。物類称呼(安永)三「菰、海藻にコモと云ふあり、因りて、マコモと云ふ」、
と注記がある。「薦」と当てる「こも」は、
菰席(こもむしろ)の下略(祝詞(のりとごと)、のりと。辛夷(こぶしはじかみ)、こぶし)。菰の葉にて作れるが、元なり。神事に用ゐる清薦(すごも)、即ち、菰席(こもむしろ)なり、
とある。「藺」の字を当てる「こも」は、
こもくさ、
を指し、「こもくさ」は、
薦に組み作る草の意。藺の一名、
とあり、「こもくさ」の下を略して、「こも」である。「海蓴」の字を当てる「こも」は、
小藻か、籠藻か、
とあり、やはり、細く切って、羹(あつもの)にすべし、とあるので、食用だったと見なされる。「蓴」は、「ぬなわ」で、「じゅんさい(蓴菜)」である。
この説に依れば、「こも」を組んで、神事に用ゐる、
清薦(すごも)、
即ち、
菰席(こもむしろ)、
を作ったが、
海蓴(コモ)、
と区別するために、
真菰、
としたということになる。それだけでなく、大事なものだったからこそ、区別するために、美称の、
マ、
をつけたに違いない。
神事で、用いていたところを見ると、「菰」は、大切なものだったに違いない。しかし、稲作とともに、藁が潤沢となり、「菰席(こもむしろ)」は、蓆に堕ちた、という感じだろうか。「薦被り」も「おこもさん」まで、堕ちるということか。
薦の上から、
という言い方は、お産のとき、こもむしろを敷いたところから、
生まれたときから、
の意で使い、
薦を被(かぶ)る(被(かず)く)、
というと、
こもをかぶる身となる、
意で、
身躰残らずうち込み菰をかぶるより外はなし(好色二代男)、
と、
乞食(こじき)になり下がる。
「菰」(漢音コ、呉音ク)は、
会意兼形声。「艸+音符孤(コ 丸くて小さい、小粒)」、
とあり、「まこも」の意である(漢字源)。別に、
形声。「艸」+音符「孤 /*WA/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%B0)、
とある。
(「薦」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%96%A6より)
「薦」(セン)は、
会意。「艸+牛に似ていて角が一本の獣のかたち」で、その獸が食うというきちんとそろった草を示す、
とある(漢字源)が、別に、
形声。「艸」+音符「廌 /*TSƏN/」。「むしろ」を意味する漢語{薦 /*tsəəns/}を表す字、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%96%A6)、
会意。艸と、廌(ち)(しかに似たけもの)とから成り、廌が食う細かい草の意を表す。借りて「すすめる」意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意文字です(艸+廌)。「並び生えた草」の象形と「一本角の獣」の象形から、「一本角の獣が食べる草」を意味する「薦」という漢字が成り立ちました。また、「饌(せん)」に通じ(同じ読みを持つ「饌」と同じ意味を持つようになって)、「すすめる」、「供える」の意味も表すようになりました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1962.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95