2024年04月15日
寝(い)を寝(ぬ)
いもやすく寝られざりけり春の夜は花の散るのみ夢に見えつつ(新古今和歌集)、
の、
いもやすく、
は、
眠りも安らかに、
の意とあり、
「い」は「寝」、
で、
眠ること、
を、
寝(い)を寝(ぬ)、
といったとある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
寝を寝(いをぬ)、
は、
名詞「い(寝)」+動詞「ぬ(寝)」(デジタル大辞泉)、
つまり、
い(寝)を動詞ぬ(寝)の義(大言海)、
で、
イは睡眠、ヌは横になる、
意で(岩波古語辞典)、
家思ふと伊乎禰(イヲネ)ずをれば鶴(たづ)が鳴く葦辺も見えず春の霞に(万葉集)、
と、
横になって眠る、
つまり、
寝る、
眠りにつく、
意である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。名詞、
い(寝)、
は、
人間の生理的な睡眠、類義語寝(ぬ)は、体を横たえること、ネブリ(眠)は時・所・形にかまわずする居眠り、
とあり(岩波古語辞典)、ふつう、
助詞「の」「を」「も」などを介して次に動詞「ぬ(寝)」がくる形をとる、
とあり、古くから独立性が弱く、
いを寝(ぬ)、
いの寝(ね)らえぬ、
など、助詞を介して、
玉手(たまで)さし枕(ま)き股長(ももなが)に伊(イ)は寝(な)さむを(古事記)、
と、
い…ぬ、
の形で用いられる。なお、「い」と「ぬ」とが直接結合した、
「いぬ」は、上記万葉集の表記から考えて、すでに一語化していたとみられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
寝の寝らえぬ(いのねらえぬ)、
は、
妹を思ひ伊能禰良延奴(イノネラエヌ)に暁(あかとき)の朝霧ごもり雁がねそ鳴く(万葉集)、
と、
眠りにつくことができない、
熟睡することができない、
意で、
「らえ」は上代の可能の助動詞「らゆ」の未然形。「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。準体句を構成している、
とある(精選版日本国語大辞典)。
い(寝)、
は、
い(寝)をぬ(寝)、
の他、
い(寝)も寝(ね)ず、
などの句として使い(岩波古語辞典)、また、
熟寝(うまい)、
安寝(やすい)、
朝寝(あさい)、
など複合語を作る(仝上・岩波古語辞典)。
ぬ(寝)、
は、ナ行下二段活用で、
ね/ね/ぬ/ぬる/ぬれ/ねよ、
と活用するが、
寝(ね)る、
の文語形になり、
門(かど)に立ち夕占(ゆふけ)問いつつ吾(あ)を待つと寝(な)すらむ妹(いも)を逢(あ)いて早見む(万葉集)、
の、
動詞「ぬ(寝)」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いて音変化した「ぬ(寝)」の尊敬語、
寝ていらっしゃる、
意の(デジタル大辞泉)、
な(寝)し、
の
「な」と同根、
とあり(岩波古語辞典)、
今造る久迩(くに)の都に秋の夜(よ)の長きにひとり寝(ぬ)るが苦しさ(万葉集)、
と、
横になる、
臥す、
という意になる。
「寝(寢)」(シン)は、
会意兼形声。侵は、次第に奥深く入る意を含む。寝は、それに宀(いえ)を加えた字の略体を音符とし、爿(しんだい)を加えた字で、寝床で奥深い眠りに入ること、
とある。同趣旨で、
会意兼形声文字です(宀+爿+侵の省略形)。「屋根・家屋」の象形と「寝台を立てて横にした」象形と「ほうき」の象形(「侵」の略字で、人がほうきを手にして、次第にはき進む事から、「入り込む」の意味)から、家の奥にあるベッドのある部屋を意味し、そこから、「部屋でねる」を意味する「寝」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1262.html)が、別に、
形声。意符㝱(ぼう、む)(〈夢〉の本字。ゆめ。は省略形)と、音符𡩠(シム)(𠬶は省略形)とから成る。清浄な神殿・神室の意を表したが、古代には貴人の病者は神室に寝たことから、ねやの意に転じた。常用漢字は省略形による、
ともある(角川新字源)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95