2024年04月22日
下紐
思ふとも恋ふともあはむものなれやゆふ手もたゆくとくる下紐(古今和歌集)、
の、
とくる下紐、
は、
下紐が解けるのは、思いを寄せる相手と逢える前兆と信じられていた、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
下紐(したひも)、
は、
装束の下、肌着の上に結ぶ帯、したおび、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
下裳(したも)などのひも(岩波古語辞典・大言海)、
下裳(したも)・下袴(したばかま)などの紐、下結(したゆう)紐(デジタル大辞泉)、
腰から下に着用する裳(も)や袴(はかま)などの紐(学研全訳古語辞典)、
等々とあり、
人に恋ひらるる時は、下紐、解くることありと言ひならはして、歌にむ多く其意に云へり、
とある(大言海)。また、
我妹子し吾(あ)を偲ふらし草枕旅之丸寝(たびのまろね)に下紐解けぬ(万葉集)、
と、
下紐が自然に解けるのは、相手から思われているか、恋人に会える前兆とする俗信があった、
が、また、
男女が共寝した後、互いに相手の下紐を結び合って、再び会うまで解かない約束をする習慣があった、
ともある(学研全訳古語辞典)。万葉時代には、
紐の結び、
の伝統があって、
恋人同士が別れる前に互いの魂を分け与えるという意味で、「下紐」を結び交わした。その結び目は再会するまで解けることなく維持されるのが原則であった。その「結び目」が解けたり切れたりするのは互いの魂の遊離を意味し、不吉なものであった、
といい、他方、
下紐解く、
ことを、
離れている二人が相手を思い、その強い思いが魂の片鱗である下紐の結び目に作用して自然に解けるという考え方をも有していた、
とある(https://www.earticle.net/Article/A280071)。これが、平安時代には、
思ふ心のしるし、
としての「下紐」信仰のみが影響力を持った、
とあり、不吉な意味はなくなり、「下紐」の表現は多様化して、
夜半の下紐(男女の間柄が親密なってうちとける様子)、
花の下紐(女性が男性に身をまかせる表現から花のつぼみが開く様子を表す表現として定着)、
下紐の関(片想いの障害物か、男女が逢ってはいるがそれにも関わらず存在する障害物の象徴)、
等々といった慣用句を産み出した(仝上)とある。
下紐(したひも)、
は、
日本書紀では、
遂(つひ)に美麗(うるは)しき小蛇(こをろち)有り。其(そ)の長(なか)さ大(おをき)さ衣紉(シタヒモ)の如(こと)し、
と清音だが、万葉集では、
うるはしと思ひし思はば之多婢毛(シタビモ)に結ひつけ持ちて止まず偲(しの)はせ、
と、
したびも、
と濁音である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
下紐、
の意は、下ると、日葡辞書(1603~04)では、
ふんどし、
の意、江戸時代には、
いつ見ならひけるつまなげ出しの居ずまひ、白羽二重の下紐(シタヒモ)を態と見せるはさもし(好色一代女(1686)、
と、
腰巻、
をいい(仝上)。
二布(ふたの)、
したへぼ、
ともいった(仝上)とある。
なお、
下紐の、
は、
物思(ものも)ふと人には見えじ下紐(したびも)の下(した)ゆ恋ふるに月そ経にける(万葉集)、
と、
「下紐」の「下」と同音の繰り返しで「下ゆ恋ふる」にかかり、また、下紐を解く意で、「解(と)く」と同音の地名「土岐(とき)」に、下紐を結う意で、「結(ゆ)ふ」と同音の「夕」にかかる、
枕詞として使われ、
男女が別れる時に互いに下紐を結び合い、再会して解き合うまでその紐を解かないという習慣、また信仰があったので、その恋の心を含ませて用いる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
「紐」(慣用チュウ、漢音ジュウ、呉音ニュウ)は、
会意兼形声。「糸+音符丑(チウ ねじる、ひねって曲げる)」で、柔らかい寝(い)を寝(ぬ)含む、
とあり(漢字源)、
会意兼形声文字です(糸+丑)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と「手指に堅く力を入れてひねる」象形(「ひねる」の意味)から、ひねって堅く結ぶ「ひも」を意味する「紐」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2650.html)が、
形声。糸と、音符丑(チウ)→(ヂウ)とから成る(角川新字源)、
と、形声文字とする説もある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95